思い出話

2011/06/05

『ドイツ・ロマン主義の風景素描』を巡って

               (前略)

 小生がフリードリッヒに惹かれ始めたのは、学生時代のことだった。このことは別の機会に書いたので省略する(関連拙稿参照)。
 小生が上京した78年に、まさしくこの国立西洋美術館において、『フリードリッヒとその周辺』展が開催されていたのだった。
 フリードリッヒを巡るその展覧会は、まるで東京にやってきた小生を歓迎するかのようだった。4月の下旬だったと思われるが、確かその日も、シトシト雨いが降っていて、美術館の休憩所で一休みし余韻を楽しみながら、雨の中庭の風景などを眺めていたことを覚えている。

 その後も、何かの企画展に扱われる画家の一人として、フリードリッヒの作品に遭遇したことは二度ほどあったように記憶する。今度の展覧会も、副題は「ユリウス・シュノルの「風景画帳」、フリードリッヒ、コッホ、オリヴィエなど」となっている。
 しかし、とにかくフリードリッヒの作品に会える!

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2010/03/15

千住真理子とアインシュタインのヴァイオリン演奏と

 先週、本の返却と借り出しに図書館へ行った。
 受付カウンターの手前に新入荷本のコーナーがあり、返却の前にザッと眺めたら、寺田寅彦という名前が目に飛び込んできた。
 彼の著書ではなく、彼に付いての本。
 借りるかどうかは別にして、とりあえず、ゲット(…じゃなく確保に過ぎないが)し、カウンターへ。
 寺田寅彦(の随筆)のファンである小生、長年住み暮らした東京から帰郷のため引越しをした際にも、寺田寅彦の全随筆(全部で六巻)だけは死守したものである。

 さて借りた本とは、下記である。

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← 末延 芳晴 著の『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』(平凡社)

 内容説明によると、「欧化の明治・大正・昭和になって、日本が誇る「知性」とは何か?地球物理学者としての独創的な業績によって名を轟かせ、漱石門下、その文才を謳われた巨星・寺田寅彦。今も魅了してやまない、このマルチな創造的精神の核心の秘密に、「音」「音楽」という視覚から迫る画期的論考」といった本。

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2010/02/19

シートン著の『オオカミ王 ロボ』を読み直す(後篇)

 小生は、西部開拓時代の、白人によるインディアン…先住民族の大虐殺を重ね合わせて読まざるを得なかったのだ

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→ Ernest Thompson Seton (drawing from 「100 Years of Illustration Ernest Thompson Seton 1860-1946」)

 先住民族の地の利を生かした戦いも、白人の側の狡猾さと約束をことごとく破る卑劣さの故に、リーダーらも含め、大量虐殺の憂き目に遭ってしまう
(同時に、都の貴族達に騙まし討ちに遭った、先住民族のリーダー阿弖流爲(あてるい)の悲劇をも重ね合わせて読んでいたのだった。北米大陸には、ロボに匹敵するような知恵のある優れたオオカミが複数居たらしいが、先住民族のリーダーも何人もの名前が史書に載っている。彼らもことごとく殺されていった。)

 まさかこんな読み方、感じ方をするとは思いもよらなかった。

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2010/02/18

シートン著の『オオカミ王 ロボ』を読み直す(前篇)

 ひょんなことから、とても懐かしい物語、シートン著の『オオカミ王 ロボ』を読む機会を得た。
 昨夜半近くに読了した、ジョージ・エリオット著の『ミドルマーチ』を借り出し期間内に読みきれず、延長の手続きに行った際、隣りの児童図書の新入荷本のコーナーに本書を見い出したのだ。

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← アーネスト・T・シートン 文・絵『オオカミ王 ロボ』(今泉吉晴 訳・解説 童心社) 「シートンがアメリカ・ニューメキシコのクルンパを支配するオオカミのロボに挑んだ壮絶な物語。シートンは、メスのオオカミ・ブランカに対するロボの深い愛情に感動と後悔を抱く。新しいシートン動物記第1弾!」だって。

 手続きが順番待ちで手間取ったので、ぶらりと覗きに行ったら、そこにこの本があった、というわけである。
 子供の頃、この物語を読んで、悲劇のヒーロー像に胸焦がれる思いをした、そんな遠い記憶がある。
 憧れというわけではないが、孤高の、しかし心優しいヒーローのあまりに哀れな末路に思い入れを強くしてしまって、本の挿絵をせっせと真似て描いたものだった。
 その絵は一つくらいは今も残っているはずである。
 
 だから、読むというより、絵への懐かしみという気まぐれでついでのつもりで借り出したのだ。

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2010/01/30

「とめはねっ !」の代わり(?)の石川九楊著『書』

 テレビでは、河合克敏による書道を題材とした日本の漫画作品を原作としたテレビドラマ作品『とめはねっ ! 鈴里高校書道部』(書道監修は武田双雲)が1月7日からNHKで放映されている。
 原作の漫画は読んでいないし、NHKのドラマは話題になっているようで、気になるのだが、生憎時間帯が小生には悪く、テレビを見ることのできる環境にない。

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← 石川九楊著『近代書史』(名古屋大学出版会) さすがにこの本を手にすることは当分、なさそう。

 だからというわけではないし、テレビドラマの「とめはねっ !」を予感したわけではないが、まあ、正月だからだろうか、たまたま年初に図書館に寄って、美術書のコーナーを物色していたら、本書を発見。

 但し、手にしたのは、第36回大佛次郎賞を受賞した、「日本の近代の書表現の歴史を、大きなスケールと具体的な作品分析で解説する石川九楊氏の評論『近代書史』(名古屋大学出版会)ではなく、同じく石川九楊氏の著書である『書―筆蝕の宇宙を読み解く』(中央公論新社 (2005/09/10 出版))だった。

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2010/01/25

『光琳カルタで読む百人一首ハンドブック』で正月気分

 正月だから、だろうか、今月上旬、図書館に寄ったら、新入荷本のカウンターに久保田 淳【監修】『光琳カルタで読む百人一首ハンドブック』(小学館)があった。
 うむ。確かに正月である。元旦とは言いかねる日と相成っていたが、正月には違いない。
 たまには、床しい和歌を詠んでみるのもいい。

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← 久保田 淳【監修】『光琳カルタで読む百人一首ハンドブック』(本文執筆:鈴木宏子/谷知子  写真協力:太田真三/片山虎之介/中田昭/フォトオリジナル/宮地工 小学館 (2009/12/19 出版)) (画像は、「紀伊國屋書店BookWeb」より)

 俳句もだが、和歌はもっと苦手なジャンル。
 だけど、詠むのは嫌いじゃない。
 というか、折々、和歌に関係する本も読むし、関連の日記(記事)を仕立てたりもする。
 

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2010/01/19

加藤文元著『物語 数学の歴史』から数学の凄みを知る

 加藤文元著の『物語 数学の歴史』(中公新書)を読んだ。
 物語と銘打ってあるが、随所に出てくる数式などを読解するには大学の数学科に在籍する学生でもちょっと無理で、大学院レベルの素養と訓練などが必要だろう。
 それを高校三年の夏に理系への進学を断念した小生が読むのは無理がある。
 でも、雰囲気は楽しめる。

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→ 加藤文元著『物語 数学の歴史』(中公新書)

 所詮は、外野…どころか球場の外で歓声を聞いている程度の数学の力もない小生だ、何となく臨場しているという雰囲気さえ味わえたら十分なのである。
 ガキの頃は漫画家、やがて中学生の一時期、数学に魅入られた小生、数学への決して満たされることのない渇望、数学のセンスを持つ人間への羨望、もっと言うと、数学(的思考)でしか表現も想像も存在も考えられない世界があることに、ただただ驚異の念を抱き続けている。

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2010/01/08

保苅瑞穂著『ヴォルテールの世紀』に感激

 年初より、保苅瑞穂【著】の『ヴォルテールの世紀―精神の自由への軌跡』(岩波書店 (2009/11/19 出版))を読んでいる。

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→ 保苅瑞穂【著】『ヴォルテールの世紀―精神の自由への軌跡』(岩波書店 (2009/11/19 出版))

 本書は実に面白くて、時間が許せば一気に読みきってしまいたくなる本。
 家庭の事情で、生憎、そういうわけにはいかない。

 その代わり、この大部の本を一週間以上を費やして読むことで、ヴォルテールという偉大な人物の一生に立会い、深く付き合えたような静かな、しかし熱い感動を覚えることができている。

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2009/12/22

久世光彦・著『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』の周辺

 久世光彦・著の『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』(文春文庫)を読んだ。
 読んだ、というより、口ずさんだ、と言ったほうがいいかもしれない。

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← 久世光彦・著『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』(文春文庫)

 数多くの歌が収録されているのだが、その大半を口ずさめるというのは、ちょっと驚き。
 多くが大衆的な歌であり、その時代その時代においてヒットした曲だから、当たり前…?

 とも言いきれないはずで、文部唱歌や童謡なら教科書に載っていて、古い曲でも学校で歌ったり、あるいはテレビやラジオから流れるのを耳にすることも折々はあるだろうが、本書で紹介されているのは必ずしもそんな曲ばかりではない。

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2009/12/11

やっと「斎藤真一」に出会う

 もう、5年と半年余り前、「古川通泰のこと」なる記事を書いたことがある(昨年、「「古川通泰のこと」再掲」としてブログにアップした)。
 この小文に関連して、ほぼ同じ頃、「斎藤真一のこと」と題した一文をも書いた。

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← 斎藤真一「紅い陽の山脈」(油彩) (画像は、「斎藤真一(斉藤真一) 作品一覧 | 銀座画廊おいだ美術 絵画販売・絵画買取」より)

 その冒頭に、「古川通泰の油彩を見て、ある画家の絵をふと思い浮かべたのだが、すぐには名前を思い出せなかった。昨日一日、仕事をしながら、誰だったろうと、折に触れて脳裏を巡らしていた。やっと分かった。そうだ、斎藤真一だ(以下、略)」と書いている。

 この「斎藤真一のこと」なる記事を書いて以来、いつかは画集などの形ではなく、実物の斎藤真一作品を見たいと思いつつ、果たせないできた。

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