2025年10月の読書メーター
先月もまずますの読書ができたかな。ただ、今回の読書内容はちょっと変わってる。それは、12冊読んだうち、9冊は再読だったこと。再読が悪いわけじゃない…というか意図的なんだが、あまりに再読が多い。新刊や未知の本も読みたいよね。
10月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:4981
ナイス数:4360
先月もまずますの読書ができたかな。ただ、今回の読書内容はちょっと変わってる。それは、12冊読んだうち、9冊は再読だったこと。再読が悪いわけじゃない…というか意図的なんだが、あまりに再読が多い。新刊や未知の本も読みたいよね。
10月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:4981
ナイス数:4360
この八月も猛暑の中、仕事に庭仕事にと頑張ってきた。読書もあれこれ楽しんだ。新刊も読みたいけど、古典も不可欠。もっと読みたいけど、きりがないよね。
8月の読書メーター
読んだ本の数:15
読んだページ数:4449
ナイス数:5157
春の憂鬱。それは草木も眠る…じゃなく目覚める頃だから。休日は草むしりや枝葉落としなどの庭仕事に追われる。数年ぶりに畑にナスやキュウリ、ミニトマトなどを植えたし。それでも休日の夜は読書を楽しんでる。仕事の車中での待機中にも読書を楽しみたいのだが、この頃は忙しいわけじゃないのに、本はなかなか読めない。
昨秋から数か月に渡って続いて来た再読シリーズ(?)も四月で終わらせた。
4月の読書メーター
読んだ本の数:14
読んだページ数:4795
ナイス数:4691
早くも11月。あと2ヶ月で来年。何やってたんだ? 昼行燈シリーズも途絶えがち。まずい。読書だけはボチボチ楽しんでるけど。庭仕事も頑張ってる。週に二回は負担が大きいので、週に一回に留める。16日になって懸案だった玄関の戸を交換した…けど、料金が目論見の二倍以上…三倍ほどだった。当分、今以上に生活を切り詰めていかないと。…余談だが、スーパーを別店舗に切り替えつつある。品揃えもだが、商品自体が違っているように感じる。店舗が大きいから? あと、店内のBGMもセンスの違いを感じる。片や、若者向きのアップテンポで煩い曲。片や大人向き。客層が中高年だということを考えれば後者だろう。前者は、店員が若手が多いから選曲も若者向けになってるのだろう。 (11/17 14:08)
10月の読書メーター
読んだ本の数:14
読んだページ数:5096
ナイス数:4834
猛暑の夏にしては読めたかな。それなりに多様に。八月の休日はほぼ常に庭(畑)仕事に汗を流したし。外仕事のあとは入浴。週に一度の入浴は数年ぶり! 外仕事がなければもっと読める?
2024年8月8月の読書メーター
読んだ本の数:13冊読んだページ数:4111ページ
ナイス数:4311ナイス
← 清水 幾太郎【著】『倫理学ノート』(講談社学術文庫)(小生は岩波書店版で読んだ。)
雑感(8)で、小生は、以下のように記述している:
この無責任と無自覚は、東京大学、そしてその総長である南原繁も同じだった。一九四六年三月、戦没した東京大学の学生と職員のための慰霊祭が行われ、そこで南原が総長として述べた追討の辞の全文が、「戦没学徒に告ぐ」と題されて『文藝春秋』に掲載されている。
この中で、国民的罪悪に対する贖罪の犠牲者と戦没した学徒を呼んだ。正義に負けたのではなく、「理性の審判」に負けたのだというのだ。
南原は、「日本による侵略の犠牲になった者たちについて語らなかったし、アジアのほかの民族にもいっさい言及しなかった。今こうして糾弾している軍国主義、超国家主義の推進にこの大学が積極的に加担していたことについても立入らなかった」(p.319)
南原(に限らないが)の「転向の基盤にあったのは、彼が語りかけ悼んだ、真実を追究した学徒ともども、日本の指導者たちに欺き導かれたのだ、という確信だった」(p.320)のである。なんという、強弁だろう。なんという、ご都合主義なのだろう。これが日本の最高学府の総長の姿勢なのだ。
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5月1日付け朝日新聞夕刊に評論家(で漫画の原作者でもある!)大塚英志氏による "「戦後史」すら与えられた国で "と題された一文が掲載されていた。どうやら憲法記念日を前にということでの小文のようだが、副題として「理念に忠実でなかった僕たち せめて国際仲介役できないか」とある。この副題は誰が付けたのか、分からない。新聞社の編集部のほうで付されたのだろうか。
小生は大塚英志氏のことは、あまり知らない。昨年、ひょんなことから『「彼女たち」の連合赤軍』を読んだことがあるだけである。
彼は朝日での一文の冒頭、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』が話題になった時、書評を求められたが、結局書かなかった、それは「一読して感じた生理的ともいえる不快さを払拭できなかったからだ」と記している。
その不快さを彼は次のように説明している:
ぼくが感じた嫌悪はだから同書の欠点に対してではなく、戦後史さえも「彼ら」に書かれてしまった自分たち自身への深い忸怩に他ならない。(大塚氏)
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今、俗に「太平洋戦争」などと呼び習わしている、日本が関わった戦争の名称。小生は、いつも、どう呼べばいいのか、迷ってしまう。「第二次世界大戦」というと、どこか世界史っぽいし、どこか欧州での戦争に焦点が絞られているようで、日本が関わったという印象が薄れてしまう。まさに、世界の歴史の中に埋没してしまいそうに感じてしまうのだ。
もちろん、日本が世界の歴史の流れの中にあって、余儀なく戦争への道をひた走った面もないわけじゃない。が、今は、その点には触れない。
さて、ほかに「大東亜戦争」とか、「十五年戦争」とか、いろいろありそうである。
ところで、戦争に関するSCAPによる検閲政策のなかに、用語の変更に至るものもあったようである。
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日本国憲法がアメリカ当局の強い意志によって成立した面があることは、否めないだろう。当初は、日本の政治家達も、明治憲法の手直しで乗り切れるという目論見があったことは、確かだとしても。
かの天皇機関説の主張で迫害された美濃部達吉、降伏前の日本で「自由主義」憲法の理論家としてもっとも有名だった美濃部にしても、憲法改正論争に加わる機会を与えられた際、憲法の改正には消極的な所見を発表した。
「明治憲法の改正を急ぐ必要はない。どんなことがあっても、国が外国の占領下に置かれている時期に、憲法改正を行うことは不適切である、と。近年の諸問題が生じたのは、明治憲法の欠陥によるものではなく、憲法の真意が曲解されたことによるというのが、美濃部の考えであった。(美濃部は、明治憲法下の天皇の地位を問題視することはなかった。西洋の憲法でも「神聖な」とか「不可侵の」君主という言葉を使っていると指摘した)」(p.122)
それでもアメリカ当局の新憲法制定の意志が断固たるものと分かり、やがて日本の当局も、日本の意志を加味するよう戦略を立てたわけである。
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