社会一般

2024/09/04

2024年8月の読書メーター

 猛暑の夏にしては読めたかな。それなりに多様に。八月の休日はほぼ常に庭(畑)仕事に汗を流したし。外仕事のあとは入浴。週に一度の入浴は数年ぶり! 外仕事がなければもっと読める? 

2024年8月8月の読書メーター


読んだ本の数:13冊 

読んだページ数:4111ページ 

ナイス数:4311ナイス 

続きを読む "2024年8月の読書メーター"

| | コメント (0)

2010/05/11

『悲しみのダルフール』のこと

 ハリマ・バシール/ダミアン・ルイス著『悲しみのダルフール』を読了した。素晴らしい本だった。期待を遥かに上回る。
 副題に「大量虐殺(ジェノサイド)の惨禍を生き延びた女性医師の記録」とあるが、本書の内容は副題で想像されるよりずっと豊か。

Isbn9784569777801

← ハリマ・バシール/ダミアン・ルイス著『悲しみのダルフール』(真喜志順子訳 PHP研究所)

 とにかく語り手の女性(ハリマ)の木目細かで愛情溢れる観察力に基づく記憶力で語られ、情景が鮮やかに浮かんでくる。
 ハリマの語り口が実にいい。

続きを読む "『悲しみのダルフール』のこと"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/03/27

『敗北を抱きしめて』雑感(余談)

4061594370_2

← 清水 幾太郎【著】『倫理学ノート』(講談社学術文庫)(小生は岩波書店版で読んだ。)

 雑感(8)で、小生は、以下のように記述している:

 この無責任と無自覚は、東京大学、そしてその総長である南原繁も同じだった。一九四六年三月、戦没した東京大学の学生と職員のための慰霊祭が行われ、そこで南原が総長として述べた追討の辞の全文が、「戦没学徒に告ぐ」と題されて『文藝春秋』に掲載されている。
 この中で、国民的罪悪に対する贖罪の犠牲者と戦没した学徒を呼んだ。正義に負けたのではなく、「理性の審判」に負けたのだというのだ。
 南原は、「日本による侵略の犠牲になった者たちについて語らなかったし、アジアのほかの民族にもいっさい言及しなかった。今こうして糾弾している軍国主義、超国家主義の推進にこの大学が積極的に加担していたことについても立入らなかった」(p.319)
 南原(に限らないが)の「転向の基盤にあったのは、彼が語りかけ悼んだ、真実を追究した学徒ともども、日本の指導者たちに欺き導かれたのだ、という確信だった」(p.320)のである。なんという、強弁だろう。なんという、ご都合主義なのだろう。これが日本の最高学府の総長の姿勢なのだ。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(余談)"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(9)

 5月1日付け朝日新聞夕刊に評論家(で漫画の原作者でもある!)大塚英志氏による "「戦後史」すら与えられた国で "と題された一文が掲載されていた。どうやら憲法記念日を前にということでの小文のようだが、副題として「理念に忠実でなかった僕たち せめて国際仲介役できないか」とある。この副題は誰が付けたのか、分からない。新聞社の編集部のほうで付されたのだろうか。

 小生は大塚英志氏のことは、あまり知らない。昨年、ひょんなことから『「彼女たち」の連合赤軍』を読んだことがあるだけである。
 彼は朝日での一文の冒頭、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』が話題になった時、書評を求められたが、結局書かなかった、それは「一読して感じた生理的ともいえる不快さを払拭できなかったからだ」と記している。
 その不快さを彼は次のように説明している:

 ぼくが感じた嫌悪はだから同書の欠点に対してではなく、戦後史さえも「彼ら」に書かれてしまった自分たち自身への深い忸怩に他ならない。(大塚氏)

 悲しいことだが、この点、小生も同感なのである。別に戦中・戦後史について細かくフォローしてきたわけではないが、纏まった形での「敗戦」前後を展望した分析の書は、ついに現れていないように思われるのだ。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(9)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(8)

 今、俗に「太平洋戦争」などと呼び習わしている、日本が関わった戦争の名称。小生は、いつも、どう呼べばいいのか、迷ってしまう。「第二次世界大戦」というと、どこか世界史っぽいし、どこか欧州での戦争に焦点が絞られているようで、日本が関わったという印象が薄れてしまう。まさに、世界の歴史の中に埋没してしまいそうに感じてしまうのだ。

 もちろん、日本が世界の歴史の流れの中にあって、余儀なく戦争への道をひた走った面もないわけじゃない。が、今は、その点には触れない。
 さて、ほかに「大東亜戦争」とか、「十五年戦争」とか、いろいろありそうである。
 ところで、戦争に関するSCAPによる検閲政策のなかに、用語の変更に至るものもあったようである。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(8)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(7)

 日本国憲法がアメリカ当局の強い意志によって成立した面があることは、否めないだろう。当初は、日本の政治家達も、明治憲法の手直しで乗り切れるという目論見があったことは、確かだとしても。

 かの天皇機関説の主張で迫害された美濃部達吉、降伏前の日本で「自由主義」憲法の理論家としてもっとも有名だった美濃部にしても、憲法改正論争に加わる機会を与えられた際、憲法の改正には消極的な所見を発表した。
「明治憲法の改正を急ぐ必要はない。どんなことがあっても、国が外国の占領下に置かれている時期に、憲法改正を行うことは不適切である、と。近年の諸問題が生じたのは、明治憲法の欠陥によるものではなく、憲法の真意が曲解されたことによるというのが、美濃部の考えであった。(美濃部は、明治憲法下の天皇の地位を問題視することはなかった。西洋の憲法でも「神聖な」とか「不可侵の」君主という言葉を使っていると指摘した)」(p.122)

 それでもアメリカ当局の新憲法制定の意志が断固たるものと分かり、やがて日本の当局も、日本の意志を加味するよう戦略を立てたわけである。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(7)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(6)

 今回からジョン・ダワー著『敗北を抱き締めて』の下巻に入る。
 従って以降の引用頁数は、特に断らない限り下巻であることを予め明記しておく。

 さて、マッカーサーの占領政策が終戦直後は勿論、中には今に至るも影響力を持つに至ったことはもっと知られていいだろう。中には今では空気のように当たり前になっていて、その歴史的経緯などすっかり忘れられているものもある。

 ところで、マッカーサーの占領政策が、我々誰しもが予想されるように、戦中、そして終戦直後の日本の状況を見て決定されているのではないことは、興味深い。マッカーサーの占領政策を決定する上で大きなウエイトを占めたのは、「マッカーサーの軍事秘書官であり、心理戦の責任者であったボナー・F・フェラーズ准将」だったという。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(6)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(5)

 終戦直後に限らないのだろうが、大概の左翼のエリート意識というのは、胡散臭くてならなかったものだ。しかもそのエリート意識というのは指導層の連中が持っているだけではなく、大組織の末端構成員でさえ、組織外の連中に対して持っていた。組織内の階層構造が、奇妙に歪んだ形で外部に投影されたのだろうと、察するに難くない。

 前衛という意識。そういう名称の雑誌さえある。ある種の教条があって、その枠組みからは髪の毛一本ほどの乱れも許されなかった(きっと、今とは実情が違うのだろうけれど)。「左翼あるいは共産主義者が考える前衛という発想自体が、まさに、大衆は後ろ向きで、上からの指導が必要であるという前提に立っていた。この点において、左翼のエリート意識は、天皇の庇護と威光の下で権力を保持しようとした保守主義者や占領軍と大きな違いはなかった」(p.318)

「マッカーサーの指導下にあるGHQと、改革の課題に不本意ながら従っていた保守派の有力者たちと、日本の「進歩的文化人」や日本共産党は、それぞれ形は異なっていたものの、ともに天皇制民主主義の実践者であった」(p.318-319)

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(5)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(4)

「A級戦犯の裁判も終わりに近づいた一九四八年、犠牲者意識の問題をまるで万華鏡のようにさまざまに追求した三冊の本がベストセラー入りした。一冊は太宰治の『斜陽』であり、もう一冊はドストエフスキーの『罪と罰』の翻訳であった。そして三冊目は永井隆の『この子を残して』である」

 最後の『この子を残して』というのは、「占領軍が許可した原爆投下に関連する書籍の最初期のものであった」。
 また、「放射線病で死の床にあった長崎の若い科学者・永井は、核による破壊とその後の救いに関する深い考察をつづって、日本中を魅了した」という。
 彼は、長崎に多数居るキリスト教徒の一人だったが、一九五一年に四三歳で死亡した。

 占領下にあった日本において、原爆の投下や核に関する話題はタブーであり、出版や言論も許されていなかった。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(4)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『敗北を抱きしめて』雑感(3)

 前回は、「悲しいかな日本の指導層は、軍部官僚も実業家も右翼も保守層の政治指導家も末端の役人にいたるまで、ほとんど誰も戦争責任など考えなかった」と、戦後の日本の中枢部の無責任ぶりを指摘した。
 今回は、それをさらに具体的に指摘する本書の記述を、以下に引用しておこう(頁数はすべて上巻である)。

続きを読む "『敗北を抱きしめて』雑感(3)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)