写真日記

2012/01/07

ルネ・マグリット「オランピア」返還!

 夕方、夕食の準備をしながら、横目でテレビを見たら、なんと、若い女性のヌードが映し出された。
 別にAVを見ていたわけじゃない。
 我輩は我が目を疑った。

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→ 返還されたルネ・マグリットの作品「オランピア」

 チャンネルは、NHKさんだし、番組も夕方七時のニュースである。
 我輩は、テレビでは、ニュース番組が好き。
 とにかく、ニュース番組は見逃さない。
 特に土日の夕方七時は小郷知子さんがメインキャスターだから、尚更、必見(必聴)である。

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2011/11/19

前田普羅のこと(後編)

 上掲のサイトによると、「全国を踏破し、日本の自然の特徴とその美観を説いた志賀重昴(しげたか)の『日本風景論』(明)は、少年時代の普羅に強い印象を残した」ことが、【わずか5分で来富決断】に預かって大きかったという。

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 また、「少年の頃(ころ)から普羅は自然科学に強い関心を持っていた」とのことで、「横浜の記者時代、胴乱を下げ毎月の植物野外採集の会に参加しては、牧野富太郎博士等の指導を受けることが楽しみだった」という興味深い記述も見受けられる。

 かなりの読書家らしかったが、「そのうちの多くは科学書・科学雑誌であったようだ」という。

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前田普羅のこと(前編)

 恥ずかしながら富山出身の身でありながら、前田普羅の存在を知ったのは、つい最近のことである。
 奥野達夫氏から、『青花堂(しょうげどう)』という小冊子(非売品)を贈呈していただいた。その直前に我がサイトが5万ヒットしたばかりだったので、そのお祝いに戴いたような、勝手な受け止め方をつい、したものだった。

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 小生が、前田普羅の存在を認識したのは、実にこの冊子を読んでのことだったのである。

 さて、この「青花堂」という名称だが、これは、版画家の棟方志功が恩義を受けた石崎俊彦氏に呈した堂号である。この小冊子には棟方志功が俳句の雑誌『古志』(昭和22年3月1日発行)に寄せた一文「青花堂先生」が冒頭に載せてある。

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2010/02/27

瓜南直子twitter展覧会

Twitter(ツイッター)」にて見つけた強烈な個性を感じさせる画家・瓜南直子(かなん・なおこ)。
 思わず、我がブログにて掲載したいとお願いしたところ、快諾していただけました。
 瓜南ワールドを堪能してください。

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← 雨上がりの今日のお昼、玄関の戸を開けたら、庭先に白っぽいものが。梅の木が開花! 思わず庭に出て撮影。開花したのも多いけど、芽吹きつつある花の可憐さに見惚れてしまった。今年も梅酒ができるかも。


 付した言葉は、絵を引き立たせる背景、壁紙です。決して瓜南直子の言葉ではありません。
 絵に付いても門外漢の小生が何を語ることもありません。
 ただ、感じるのは、瓜南直子ワールドの大らかさ。異質なもの、異世界のものもそのままに受け入れてしまうような度量の大きさ、です。

 やや不明な言葉については、末尾に註を施しました。
(例によって敬愛の念を籠め、敢えて敬称は略させてもらっています。)

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2009/11/29

木版画家・鈴木敦子展へ

 日曜日だった今日、午後、五月の中旬だったか、咲き終えたチューリップの球根を前の庭に植えた。
 昨年はここだけではなく、他に二箇所にもチューリップ畑を造成したのだが、来年は、今の所、この一箇所だけ。
 ちょっと畑や庭仕事の余裕がありそうにない。
 でも、せめてあるだけの球根は活かしたくて、慌しく植えたのである。

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→ 初めて足を運んだ「Gallery NOW」のエントランス付近の佇まい。

 そのうち、ふと、忙しいと言っているばかりじゃ、悪循環となってしまうだけ。
 思い切って外出しようと、車で今日で終了する展覧会へ出かけた。

 目当ての画家の作品に、実物に出会えるのだ。
 
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2009/09/23

小泉八雲『神々の国の首都』を読む

 小泉八雲著の『神々の国の首都』(編者: 平川祐弘 講談社学術文庫)を読了した。
 小泉八雲は、高校時代からの好きな書き手。
 彼の著作集は、二度も揃えようとしたものだ(途中で息切れしたが)。

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→ あれほどに元気の良かったゴーヤも、最近は少し、疲れ気味。段々、涸れた葉っぱが目立ってきた。実の育ち方も遅々としている。今朝、ほぼ最後となるだろう、ゴーヤの実を収穫。親戚筋のものに強制的に(?)提供。一方、ヘチマの葉っぱは、元気そのもの。いよいよヘチマの天下か。

 出版社側の説明によると、「「人も物もみな、神秘をたたえた、小さな妖精の国」と日本を初めて訪れた八雲は、感嘆の声をあげた。出雲の松江という「神々の国の首都」での彼の見聞記は、人々の日常生活の中に分け入って、深くその心を汲みとろうという姿勢で貫かれ、みずみずしい感動と相まって、見事な文学作品にまで昇華されている。旧(ふる)い日本と新しい日本が交錯する明治20年代の風物や風習、人々の姿を鮮やかに描いた名著」といったもの。


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2009/09/21

バシュラール『水と夢』の周辺

 ガストン・バシュラール/著『水と夢 物質的想像力試論』(及川馥/訳 叢書・ウニベルシタス 898  法政大学出版局)を昨日、読了した。

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→ ジョン・エヴァレット・ミレー 『オフィーリア』 (1851-52 テート・ギャラリー(ロンドン)蔵) (画像は、「ジョン・エヴァレット・ミレー - Wikipedia」より) 拙稿「ハムレットとスミレとオフィーリアと」参照。水とオフィーリアとの関連付けも本書でされている。

 以前、読んだことがあるはずなのだが、印象が薄れている。
 昨年末、刊行されて間もない本書を図書館の新刊本コーナーで見つけ、慌てて手に取り、借り出したものだった。

 その前には、ずっと昔、三十年ほども過去のこと、学生時代か、卒業して間もないアルバイト生活時代だったか、『水と夢  副題 物質の想像力についての試論』(著者 ガストン・バシュラール  訳者 小浜俊郎、桜木泰行 国文社)版にて、読んだというより、眺めたかすかな記憶がある。
 読んでも、さっぱり理解が及ばなかった、情けない記憶だけは残っている。

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2009/09/12

ポオ 詩と音楽そして無限の快楽

ポオ評論集』(八木 敏雄【編訳】 岩波文庫)を読了した。

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→ 夕食前のひと時、茶の間からちょっと外の様子をうかがったら、なんだか世の中、ピンク色。淡い紫色。小生が昨日の日記で、「我が家の庭に咲く花は、今の時期だけなのか、それとも偶然なのか、ほとんどみんな淡い紫か、紫色気味である。ヤブランにしてもナスの花にしても、「クレオメ(西洋風蝶草)」にしても、夏萩(今や秋萩?)にしても、紫露草にしても」なんてことを書いたから、空の神様ったら、気を利かせてくれて、世の中を淡い紫色に染めてくれたのだろうか。

 ポオに関する本なら手当たり次第に読みたくなる小生、新刊本を図書館で見つけ、即、手に取った。
 ポオの評論や書評なども面白いが、本書では『詩の原理』などの詩論が興味深い。
 といって、小生、人並みはずれて詩的センスの乏しい奴。

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2009/06/13

県展会場をウロウロしてきました!

 今日は、父母が共にデイサービスに行く日。
 二人を送り出した後、庭掃除や家の中の掃除をするが、昨日、せっせと洗濯したし、父母の部屋を覗いたところ、特に目立った汚れ物は見当たらなかったので、本日は(午前中の)洗濯はなしとなった。
 とにかく午後四時まではフリー!

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← 自転車を駆っての県民会館への途上、富山市の人間には有名な町角にて信号待ち。昭和三十年代(?)の映画のポスターが十枚ほど、掲げてある。

 ひょんなことからネット上で見つけた画家さんが展覧会(富山県美術展)に出品されているという情報はブログで得ていた。

 それが今日までの会期だということも。
 午後になるとまた、どんな用事が出来するか分からないので、午前中に、展覧会鑑賞と図書館へ行くことにした。
 会場は富山県民会館美術館。

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2009/05/23

久世光彦『時を呼ぶ声』から三好達治「土」へ

 過日、ブライアン・グリーン著の『宇宙を織りなすもの 上・下』(青木 薫 訳 草思社)の上巻を読了した。
 次は当然、下巻…のはずだが、予約していた図書館が下巻が準備できました、などと連絡してきたため、やむなく下巻を先に読み、上巻を今になって読み終えた次第。

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← 三日ほど前の日記「庭の植物たちの息吹」で、冒頭にキウイの写真を掲げている。その際、「木に実ったキウイフルーツだろうか? 実はまだ、とっても小さい」などと書いているが、とんでもない勘違いだった。実と思ったのは、実は花の芽だった。小生のコメントを嘲笑うかのように、この日記を書いた翌日、庭掃除していて、キウイが開花していたのだ!

 普通、上下巻を予約している場合、待たせることになっても、上巻が先で、下巻の準備はあとのはず。
 図書館の方は、親切でとりあえず確保できた下巻の準備を連絡してきたのだろうか。
 あるいは、単なる流れ作業?

 まあ、でも、大部の、読み応えのある本を読了した満腹感は味わえた。

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