日記・コラム・つぶやき

2009/12/25

H・P・ラヴクラフト著『文学における超自然の恐怖』を読む

 H・P・ラヴクラフト著の『文学における超自然の恐怖』(大瀧 啓裕【訳】 学習研究社 (2009/09/18 出版))を読んでいる。
 間もなく読了できると思うが、ラヴクラフトの異名は聞き及んでいて、彼には期待していただけに、ちょっとガッカリの本。

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← H・P・ラヴクラフト著『文学における超自然の恐怖』(原書名:Supernatural Horror in Literature 大瀧 啓裕【訳】 学習研究社 (2009/09/18 出版))

 本の謳い文句には、「人類の最も古く最も強烈な感情は恐怖である!怪奇幻想文学の系譜を解析した代表的論考」とあるし、「「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」などと呼ばれるSF的なホラー小説で有名」な作家とあって、それなりの論考なのだろうと期待して読んだのだが、論考もだが、本人の創作も、文章の緊密度が低いように感じられて、読むのが苦痛だったりした。

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2009/12/22

久世光彦・著『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』の周辺

 久世光彦・著の『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』(文春文庫)を読んだ。
 読んだ、というより、口ずさんだ、と言ったほうがいいかもしれない。

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← 久世光彦・著『ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング』(文春文庫)

 数多くの歌が収録されているのだが、その大半を口ずさめるというのは、ちょっと驚き。
 多くが大衆的な歌であり、その時代その時代においてヒットした曲だから、当たり前…?

 とも言いきれないはずで、文部唱歌や童謡なら教科書に載っていて、古い曲でも学校で歌ったり、あるいはテレビやラジオから流れるのを耳にすることも折々はあるだろうが、本書で紹介されているのは必ずしもそんな曲ばかりではない。

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2009/12/20

ニック・レーン著『ミトコンドリアが進化を決めた』に絶句

 高校時代、生物の授業で、細胞(など)について勉強した。
 何処まで理解したかは別儀として、ただ肉眼では見極められない微細な世界で生きる細胞という存在、生き物への畏敬の念だけは抱かされた。

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← ニック・レーン著『ミトコンドリアが進化を決めた POWER, SEX, SUICIDE』(訳者斉藤隆央 解説田中雅嗣 みすず書房)

 真核細胞の細胞壁や細胞膜の中の、液胞やミトコンドリアや小胞体、葉緑体、ゴルジ体などの器官に驚異の感を覚えるばかりだった。

 

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2009/12/14

ヒラマン・P・ファーガソン 数学を彫刻する

 問いが立てられてから解決まで四百年を要した、ケプラー予想が1998年、ミシガン大学の数学者トマス・ヘールズによって、コンピューターを大々的に利用する方法でだが、証明が成し遂げられた。

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← Helaman Ferguson「Figureight Knot Complement」 (画像は、「helaman ferguson sculpture」より。以下、同様)

 その過程でのドラマやエピソードを綴ったジョージ・G・スピーロ/著『ケプラー予想  四百年の難問が解けるまで』(青木薫/訳 新潮社)について、感想文めいた日記を既に書いている:
スピーロ著『ケプラー予想  四百年の難問が解けるまで』を読む

 そのトマス・ヘールズの偉業を助けた数学者にサミュエル・リーハイ・ファーガソンなる人物が居る。
 その人物も優れた方なのだが、ここでは、彼の父親であるヒラマン・P・ファーガソンを紹介する。

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2009/12/13

スピーロ著『ケプラー予想  四百年の難問が解けるまで』を読む

 ジョージ・G・スピーロ/著『ケプラー予想  四百年の難問が解けるまで』(青木薫/訳 新潮社)を読了した。
 数学界では、近年、フェルマー予想を含め、大きな話題があった。
 このケプラー予想も、いろいろな意味で話題になった。

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← ジョージ・G・スピーロ/著『ケプラー予想  四百年の難問が解けるまで』(青木薫/訳 新潮社) 「四百年にわたる幾多の天才、無名人たちの生涯を賭けた挑戦を描く、感動の数学ノンフィクション」といった本。


 四百年の難問がついに解かれたという意味で…よりも、コンピューターを使った力技の解決ということで、従前のスマートな解き方を良しとする向きには、随分と不評でもあった。
 かの「イギリスの数学者イアン・スチュアートは、「ワイルズによるフェルマー予想の証明がトルストイの『戦争と平和』なら、ヘールズによるケプラー予想の証明は電話帳のようなもの」だと喩えていたとか。

 まずは、ケプラー予想とはどんなものかから説明しておくべきだろう(関心のある方には常識に属するのだろうが)。

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2009/12/11

やっと「斎藤真一」に出会う

 もう、5年と半年余り前、「古川通泰のこと」なる記事を書いたことがある(昨年、「「古川通泰のこと」再掲」としてブログにアップした)。
 この小文に関連して、ほぼ同じ頃、「斎藤真一のこと」と題した一文をも書いた。

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← 斎藤真一「紅い陽の山脈」(油彩) (画像は、「斎藤真一(斉藤真一) 作品一覧 | 銀座画廊おいだ美術 絵画販売・絵画買取」より)

 その冒頭に、「古川通泰の油彩を見て、ある画家の絵をふと思い浮かべたのだが、すぐには名前を思い出せなかった。昨日一日、仕事をしながら、誰だったろうと、折に触れて脳裏を巡らしていた。やっと分かった。そうだ、斎藤真一だ(以下、略)」と書いている。

 この「斎藤真一のこと」なる記事を書いて以来、いつかは画集などの形ではなく、実物の斎藤真一作品を見たいと思いつつ、果たせないできた。

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2009/12/09

マルケス著『生きて、語り伝える』を読んだ

 G・ガルシア=マルケス/著『生きて、語り伝える』(旦敬介/訳 新潮社)を読んだ。

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← G・ガルシア=マルケス/著『生きて、語り伝える』(旦敬介/訳 新潮社)

 ガルシア=マルケスでこれまで読んだものというと、G・ガルシア=マルケス著『百年の孤独』(鼓 直訳、新潮社)と『わが悲しき娼婦たちの思い出』(木村榮一訳、新潮社)との二冊だけ。
 但し、『百年の孤独』は二度も読んだ。

 一度目は随分と以前に若さに任せて読み倒したもの。
 が、密林の深みに迷い込んでしまって味読も何も、ただ中央突破したという印象しか残っていない。 
 それこそ、メルヴィルの『白鯨』ムージルの『特性のない男』など、力任せに読んで、ただ、読了したという征服感もどきだけしか読後感にないような本は何冊もある。

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2009/11/29

木版画家・鈴木敦子展へ

 日曜日だった今日、午後、五月の中旬だったか、咲き終えたチューリップの球根を前の庭に植えた。
 昨年はここだけではなく、他に二箇所にもチューリップ畑を造成したのだが、来年は、今の所、この一箇所だけ。
 ちょっと畑や庭仕事の余裕がありそうにない。
 でも、せめてあるだけの球根は活かしたくて、慌しく植えたのである。

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→ 初めて足を運んだ「Gallery NOW」のエントランス付近の佇まい。

 そのうち、ふと、忙しいと言っているばかりじゃ、悪循環となってしまうだけ。
 思い切って外出しようと、車で今日で終了する展覧会へ出かけた。

 目当ての画家の作品に、実物に出会えるのだ。
 

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2009/11/27

『ブラックホール戦争』は決着したのか

 日々、あくせくするだけの生活。
 今日などは、父母ともにそれぞれデイサービスへ。
 なので、二人が帰ってくる四時頃までは、幾分はゆったりできる…はず。
 が、さにあらず、連日のように送られてくる督促状の支払いに銀行その外へ奔走。
 その前に、父母の分やら自分の分の洗濯に案外と時間が取られる。

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→ レオナルド・サスキンド著『ブラックホール戦争  スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』(林田陽子/訳 日経BP社)

 二人がいない間に、父母の寝室を掃除。
 寝室だけじゃなく、廊下や玄関も、いつも以上に。
 さぼっていたわけではないが、この数日、表の通りの落葉掃除をやっていなかったので、落葉掃き、今日は燃えるゴミ出しの日なので、数日分のゴミを掻き集めて出す、などなど。


 

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2009/11/05

『快楽の本棚』未満

 今日(11月2日)、津島 佑子【著】の『快楽の本棚―言葉から自由になるための読書案内』(中央公論新社 (2003/01/25 出版))を読んだ。
 図書館で借りる本を物色していたら、「芸術の秋」特集コーナーがあって、二十冊ほどの本が並べられていた。
 その中から二冊を選んだうちの一冊である。

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← 津島 佑子【著】『快楽の本棚―言葉から自由になるための読書案内』(中央公論新社 (2003/01/25 出版))

 多分だが、小説家である津島佑子の肝心の作品のほうは、一つも読んでいないはず。
 まあ、彼女の世界への糸口になれば、という思いもあって手に取った。
(この拙稿を書き上げてから思い出したのだが、学生時代、女性作家の作品を読み漁った時期があって、その際、津島佑子の作品も読んでいた! (09/11/05 追記))


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