グリューネヴァルト…絵の奥に息衝く真(まこと)美か醜か
それでも、今日は、グリューネヴァルトを話題に採り上げようかなとも、一瞬、思ったことは事実。
けれど、小生如きに今更、彼に付いて何か知見があるわけではない。新たな情報を入手したわけでもない。
ただ、グリューネヴァルトというと、ハンス・ホルバインと並んで、キリスト像(絵画に限るが)というと思い浮かぶ人物の筆頭なのである。
突然、グリューネヴァルトの話題というのも、唐突かもしれないが、先ごろより読みかけている、鶴岡 真弓著『「装飾」の美術文明史―ヨーロッパ・ケルト、イスラームから日本へ』(日本放送出版協会)の中で、ゴシックやケルト文化との絡みでグリューネヴァルトのことが触れられていたので、おお、こんなところにもグリューネヴァルトが登場するのかと、改めて彼に注目したくなったわけである。
俗に彼の名前として知られている、マティアス・グリューネヴァルトというのは、実は、「はこの画家の本名ではなく、後世の著述家が誤って名付けたものであ」り、「本名はマティス・ゴートハルト・ナイトハルト」だという(但し、この名前も異説があるようだ)。
しかも、「「マティアス・グリューネヴァルト」は17世紀の著述家が誤って名付けたもので、これが誤りであることが証明されたのは20世紀に入ってからである」という。
それほどに、グリューネヴァルトは謎の人物であり、忘れられた(あるいは歴史の闇に葬られかけた?)画家なのである。
グリューネヴァルトの代表作というと、何と言っても、「イーゼンハイム祭壇画」であろう。
というか、小生は彼というとこの絵以外に何も思い浮かばない。
→ イーゼンハイム祭壇画(Isenheimer Alter)1512-1515年頃
269×143cm | Oil on panel | Musee d'Unterlinden, Colmar
深い精神性、宗教性に満ちているが、一方、見方によっては凄惨で生々しく、救いの可能性を疑わせるようなリアリティがある。
一体、何ゆえ、このような絵が描かれ像が作られたのか。
それは、ヨーロッパでは古来より、麦角菌による麦角中毒(食中毒症状)に苦しめられてきて、中世に流行した「死の舞踏」も、「セイラム魔女裁判」も、この病気の深甚な結果であり恐怖の故だったとも言われているほどなのである。
後者は、「若い女性が麦角菌汚染されたライ麦を食べたことから始まったのではないかともいう」。
← イーゼンハイム祭壇画『キリストの磔刑』。「凄惨で生々しい描写」!
そして、「中世ヨーロッパでは麦角菌汚染されたライ麦パンによる麦角中毒がしばしば起きている。聖アントニウス会の修道士が麦角中毒の治療術に優れるとされたことから、ヨーロッパでは麦角中毒は聖アントニウスの火(St. Anthony's fire)とも呼ばれてきた」という。
「イーゼンハイム祭壇画」は、実は上掲の「これらの絵に挟まれた中央は聖者の彫像を安置する厨子になっており、中央に聖アントニウスの座像、向かって左に聖アウグスティヌスの立像、右に聖ヒエロニムスの立像がある」という構造になっているわけである。
「イーゼンハイム祭壇画」や「聖アントニウス会修道院」については、この頁が興味深い:
「Hindemith:画家マティス Grünewald:イーゼンハイム祭壇画」
(13/01/09)
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