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2010/03/15

千住真理子とアインシュタインのヴァイオリン演奏と

 先週、本の返却と借り出しに図書館へ行った。
 受付カウンターの手前に新入荷本のコーナーがあり、返却の前にザッと眺めたら、寺田寅彦という名前が目に飛び込んできた。
 彼の著書ではなく、彼に付いての本。
 借りるかどうかは別にして、とりあえず、ゲット(…じゃなく確保に過ぎないが)し、カウンターへ。
 寺田寅彦(の随筆)のファンである小生、長年住み暮らした東京から帰郷のため引越しをした際にも、寺田寅彦の全随筆(全部で六巻)だけは死守したものである。

 さて借りた本とは、下記である。

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← 末延 芳晴 著の『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』(平凡社)

 内容説明によると、「欧化の明治・大正・昭和になって、日本が誇る「知性」とは何か?地球物理学者としての独創的な業績によって名を轟かせ、漱石門下、その文才を謳われた巨星・寺田寅彦。今も魅了してやまない、このマルチな創造的精神の核心の秘密に、「音」「音楽」という視覚から迫る画期的論考」といった本。

 小生は好きな作家の著作はともかく、作家についての評伝(評論)の類いは、基本的に敬遠する。
 たださえ、限られた能力の制約もあり、読める本の数が限られているのに、周辺を巡る本を読むのは、時間的にも勿体無い気がするのだ。
 が、本書は着眼点がユニークだし、やはり、寺田寅彦を巡る、となると手のほうが先に出てしまうようである。

 数学にしろ物理学にしろ、宇宙論の本にしろ、手に余ると分かっていても、好きな題材を扱う本となるとやや見境なくなってしまう小生、音楽についても、何のセンスも素養もないにもかかわらず、読む本を物色する際には、音楽に関連する書架も素通りはできない。
 まして、本書は、音楽・寺田寅彦・夏目漱石・アインシュタインなどなど、気を惹く題材(人物)が凝縮されている。

 バイオリンの演奏曲を聴くのも好きだし、思い返すと、小生がクラシック音楽を初めて心底から感動したのも、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」だった。
 西欧の大作曲家を一冊ごとに特集し、その巻末にSPが一枚、付録となっている、そんなシリーズ本(冊子)を定期購読していたが、その何冊目かにメンデルスゾーンの特集の巻があり、当然ながら付録のSPレコードを聴いたわけで、自分でも驚くほどにその演奏(曲)に魅入られ引きずり込まれた。
 聴き終わった瞬間、同じ下宿仲間の某がいた。
 彼曰く、目が輝いていたぞ、何かあったのか、と驚きの眼で問われたものである。
 大学に入学した最初の年の思い出の一齣である。
 以来、その体験を突破口にクラシックの世界に(あくまで聴いて楽しむ一辺倒だったが)飛び込んでいったのだった。

 それまでは、クラシック好きの友人との付き合いで、彼の部屋を訪れるたびにクラシックの曲を聴かされ、その素晴らしさを物語られ、あるいは、夢中で聞き入る彼の姿に、(若いもの特有の好奇心や負けず嫌い、同じ関心を共有したい、自分もものにしたいという欲求もあって)やや嫉妬気味になるばかりだった。
 自分には窺い知れない世界を彼は楽しんでいる…。

 それまでは彼の部屋を訪れるたびに流されるクラシックの曲の数々に、やや退屈の感を堪え気味に聴いているばかりだったのが、自分にも楽しむセンスの一端くらいはある! と嬉しかったのでもあった。

 本書を読んで、寺田寅彦についていろいろ知ることが出来たし、彼の師である夏目漱石のこと、特に寅彦と漱石の異同を知ることが出来て興味深いと思っていたら、寺田寅彦のバイオリンとの出会いといった本筋とは関係ないのだが、へーと思わせられる、あるエピソードが書いてあった。
(寺田寅彦とバイオリンとの出合いについては、本稿では触れない。例えば、「ケペル先生のブログ 寺田寅彦とバイオリン」を参照願いたい。)

 かの千住真理子さんがヴァイオリンを始める原点はアインシュタインのヴァイオリン演奏を祖母が聴いたことにあったことなどが書いてあったのだ。
 せっかくなのでネットで「千住真理子 アインシュタイン」をキーワードにネット検索してみたら、相当数の検索結果が浮上してきた。

 どうやら、少なくともクラシックファンや千住真理子さんファンの方には常識に類する話のようである。

 例えば、「ハーモニーインタビュー 千住真理子」には以下のように記されている:

鷲見三郎先生にヴァイオリンを習っていたのですが、さかのぼって考えてみると、母の祖父母が経験したある出来事が、そのきっかけになっているような気がします。
母の祖父母は物理学者だったのですが、ドイツ留学した時に、船の中で、ヴァイオリンを弾くアインシュタインに出会いました。それはすばらしい演奏で、祖父母は夢うつつのような状態で、「ユーモレスク」を弾くアインシュタインの話を、身振り手振りを交えて語ったそうです。祖母は、その話を幼いわたしたち兄妹にも何度も聞かせてくれました。

 ついでながら、かのスズキメソッド創始者の鈴木氏は実際にアインシュタインの生演奏を聴いた事があるらしい。
 アインシュタインのヴァイオリンの腕前は、実際には如何ほどのものか、プロの音楽家が絶賛するほどのものかは、やや疑問があるらしい。
 少なくともアインシュタイン本人は、あくまで自分が脳を酷使する日常の中で自らが憩うために演奏するのだと語っているようである。

 では、どうでもいいようなものだが、当の寺田寅彦のバイオリンの腕前は?
 例えば、寺田寅彦には、「「手首」の問題」と題された論考(?)があり、(いかにも寺田寅彦らしい融通無碍な分析と類推思考の一つの典型が見られるが、それはさておき)その冒頭には以下のような記述が見受けられる:

 バイオリンやセロをひいてよい音を出すのはなかなかむつかしいものである。同じ楽器を同じ弓でひくのに、下手(へた)と上手(じょうず)ではまるで別の楽器のような音が出る。下手な者は無理に弓の毛を弦に押しつけこすりつけてそうしてしいていやな音をしぼり出しているように見えるが、上手な玄人(くろうと)となると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。

 以下、彼らしい分析と随想が綴られていくのだが(このエッセイは、寺田寅彦にしては珍しく、思想弾圧に向かう時代の政治への苛烈な批判が示されている!)、さて彼の実際の演奏はというと…。

 上でも引用した「ケペル先生のブログ 寺田寅彦とバイオリン」には、次のようなくだりがある(本書にも詳しく記述されている):

「上達の度合いはどうかというと、年をとってから始めたのにしては割合に上手になったのでははないかと思う。とにかくクロイツェル・ソナタでも何とか弾けるようになったのである。後年は藤岡由夫先生のチェロ、坪井忠二先生のビアノ、父のバイオリンで、トリオを試みたようであるが、はじめのうちは、ごくやさしいトリオの譜、主としてシューマンやメンデルスゾーンの小曲を編曲したものを仕入れてきて、子供たちと合奏して楽しんだ」

 実を言うと、上掲書によると、「後年は藤岡由夫先生のチェロ、坪井忠二先生のビアノ、父(寺田寅彦)のバイオリンで、トリオを試みた」のは事実らしいが、寺田寅彦の腕前が今ひとつだったらしく、藤岡由夫先生のチェロ、坪井忠二先生のビアノの二人との合奏では、最初のうち、寺田寅彦は仲間入りできず、苦労したという。
 それでも、負けず嫌いというか、努力してそれらしい曲の演奏になったとか。

 まあ、微笑ましいエピソードで、それより、何でもトライし、クロイツェルソナタなど難曲にも、あるいはいろんな楽器に断固チャレンジした寺田寅彦の一面を知ることが出来て、本書を読むのは実に楽しい。

                          (10/03/15 作)

 余談だけど、せっかくなので、今日、図書館へ行った際、千住真理子さんのCD、借りてきた!
 聴くの、楽しみ。

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コメント

弥一さんおはようございます。最近早く目が、覚めてたまりません。富山の図書館もかなり良い本を持ってるんですね。寺田寅彦というと、絵筆も握り、自分で作詩作曲もしたそうですね。三毛の墓という自作の曲があるとか。東海大学出版会から、望星というコンパクトな雑誌がありますが、今月は科学者の名言、寺田も取り上げられています。あと岡潔なんかも取り上げられていますが、岡については最近岩波新書から本も出ましたね

投稿: oki | 2010/03/17 07:37

okiさん

本書が図書館にあるなんて、ちょっとビックリでした。
新聞の書評で本書を知ったけど、まだ入荷はしていないと思っていたのが、図書館が発行する新入荷本を案内するパンフレットに本書を見つけて、びっくりで、慌てて図書館で借りたというわけです。
誰も先に借りなかったというのも、驚きだけど、テーマ的に渋いのかな。

寅彦が作曲をしたのは事実で、その三毛の歌です。
著者に拠ると、もっと早くから音楽に関わったら、いろいろ作曲したのではと述べていますが、可能性はあったかもしれないけれど、彼の資質からして、やはり分析的で、あくまで余芸に留まったと思えます。

寺田寅彦とか、岡潔とか、未だに人気がありますね。
傑出した人たちだったと思います。

投稿: やいっち | 2010/03/19 17:00

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