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2010/03/20

アインシュタインの望遠鏡:重力レンズ

 過日、図書館へ返却と新規に借りる本やCDの物色に。
 と、新入荷本コーナーの平棚に、気を惹く題名の本が2冊も。
 一冊は、ジョージ・エリオット著の評論・書評の本。彼女がこんな仕事もやっていたこと自体が意外だったが、そんな本が出るなんて思いも依らなかった。
 まあ、小生は彼女のファンで、先月も『ミドルマーチ』という大作を読んだばかり。
 無条件で借りる。

111610

← エヴァリン・ゲイツ(著) 『アインシュタインの望遠鏡 (Einstein’s Telescope)』(野中 香方子(訳) 早川書房)

 残りの一冊は、エヴァリン・ゲイツ著の 『アインシュタインの望遠鏡』(野中 香方子訳  早川書房)である。
 副題が、「最新天文学で見る「見えない宇宙」 」となっている。

 もう、出版社も心得ていて、題名にアインシュタインの名が冠せられていたなら、物理学ファンや理系の本好きならずとも手を出すと考えておられる。
 安易である。
 が、小生、あっさりその手に乗ってしまった。
 

 しかし、本書は看板(題名)に偽りはなかった。
 文字通り、「最新天文学で見る「見えない宇宙」 」であり、その観る手段である望遠鏡は、アインシュタインの相対性理論から導き出される宇宙における重力の効果をうまく使ったものなのである。
 
 ここは小生の下手な(誤解を与えかねない)説明は省き、出版社による内容説明を援用しておく:

どんなに高性能な望遠鏡を使っても、わたしたちが直接観測できるのは、宇宙のほんの一部でしかない……その意外な事実によって、われわれの宇宙の理解は新しい局面を迎えた。宇宙はダークマターやダークエネルギーといった未知の存在であふれているというのだ。

その正体を解き明かす手段となるのが、かつて宇宙の理解に大きな革命を起こしたアインシュタインの一般相対性理論である。宇宙そのものを望遠鏡の重力レンズとして用いる方法が見出され、遠い銀河やはるか彼方にある惑星、さらにはブラックホールを「見る」ことができるようになったのだ。これによって時空と物質、エネルギーの謎はどのように解明されるのか。気鋭の天文学者が、多数の観測データによって最新の宇宙像をわかりやすく解説する。


 この説明からも察せられると思うが、宇宙の謎を実験物理学の立場から観察していこうというもの。
 実際、著者のエヴァリン・ゲイツは、「天文学者。ウィリアム・アンド・メアリー大学を卒業後、ケース・ウェスタン・リザーブ大学でPh. D.を取得。アドラー・プラネタリウム天文学博物館の天文学部長などを経て、現在は、シカゴ大学カヴリ宇宙物理学研究所の副部長であり、同大学の上級研究員をつとめる」という経歴の持主。

 小生など、つい、理論物理学者の本を選ぶ嗜好がある。
 なんとなく、そのほうが格好いいし、スマートなような気がする。
 ニュートンが万有引力を発見する際のエピソードしかり、アインシュタインの思考実験しかり。
 とてつもなくドラマチックである!

 しかし、実験や観察・観測を重視する立場からすると、現在の宇宙像や素粒子論の混迷ぶり、さらには理論家達の百家争鳴的な数知れぬ理論や宇宙モデル乱立といった錯綜ぶりは、いささか思考の戯れ風に見えるらしい。
 著者も、理論家達に対し、観測の結果を待ちなさいと窘めているようにも読める。
 例えば、未知の存在(粒子)であるダークマターを巡る理論家達の苦闘ぶりについて筆者は下記のように、たしなめている:

 ダークマター候補のリストに名を連ねる粒子は、理論家たちが実験データに制限されることなく勝手気ままに理論を展開するにつれて増え続けている。それを抑えるには二つの方法がある。ダークマター粒子を発見してその属性を測定するか、あるいは外へ出て、ダークマター粒子の宇宙における集合的な振る舞いを観測することだ。

 あるいは:
 理論家たちが仮定される余剰次元の宇宙を楽しくぶらついている一方で、天文学者たちは慣れ親しんだ四次元の、目に見える宇宙にダークエネルギーの痕跡を探している。

 痛烈な皮肉 ? !
 考えるより、まずは観よ! であろうか。

 確かに、重力の測定(観測)からすると、我々の知る(20世紀末までに知られていた)通常の物質は、5%に過ぎず、残りは、72%のダークエネルギー、23%のダークマターが占めている、しかも、ダークマターの正体は分からず(それでも、重力などを頼りに観測に取り掛かりつつある)、ましてダークエネルギーに至っては、これまで観測の手立てさえ見い出せなかったとなると、理論も観測結果待ちになるのも、ある意味、当然なのだろう。
 百数十億光年の彼方(宇宙の深部)を観測できるというのも、まさにアインシュタインの望遠鏡ならぬ重力レンズの御陰であり、その観測結果の恩恵を受けたわけである。
 アメリカでは二〇〇五年にダークエネルギー特別専門委員会が設立され、「天文学、宇宙論、物理学分野の専門家からなる委員に、ダークエネルギーの本質をより効率的に調査するための戦略を立てることを求めた」という。
 委員会が設立されて既に5年。
 その成果が徐々に出始める(出始めている)ところなのである。
 わくわくドキドキである。

 小生のような素人は、つい、理論家の華麗な思考の展開に目を奪われがちだが(多分、これからもその性癖は直らないだろう)、一方でこうした手堅いタイプの本で足元を確かめるのも大切なのだろう。
 いずれにしろ、宇宙論(像)の激変の時を迎えつつあるのは否めない。
 観測や実験データの結果、そしてその解析が待たれる。

 最後に、本書のエピローグの末尾にある著者の言葉(メッセージ)を転記して示す:

 マルチバースから重力波、ダークマターダークエネルギーにいたるまで、今日の宇宙論の最前線にあるデータや理論は、この信じられないほど昂奮に満ちた宇宙研究の時代に活力を注ぎ込んでいる。宇宙に対する理解は、思いもよらない新しい領域に到達したが、さらに驚かされるのは、発見すべき事柄がまだ多く残っているということだ。わたしたちは宇宙が何でできているのかをまだ知らず、時空の本質についてもはっきりわかっているわけではない。さらに重要なのは、今直面する謎を解こうとする時、新たにどんな概念の次元が開かれるのか、見当がつかないということだ。
 ダークマターとダークエネルギーの探索が、宇宙についての理解の根本的な部分をくつがえすことは確かであり、重力レンズはこの探索において先導的役割を担い続けるだろう。アインシュタインの望遠鏡によって集められるデータからは、新しい素粒子、新しい重力理論、時空の新しい次元、時空の基礎構造に関する新しい理論についての手がかりがくまなく探しだされるだろう。この次なる変革の本質はまだ見えていないし、それによって明かされる宇宙像が、現在わたしたちが思い描くものとどれほどかけ離れているかわからないが――あらゆる兆しは、これまで想像してきたどんなものとも全く異なる何かを示している。


                           (10/03/20 記)

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