H・P・ラヴクラフト著『文学における超自然の恐怖』を読む
H・P・ラヴクラフト著の『文学における超自然の恐怖』(大瀧 啓裕【訳】 学習研究社 (2009/09/18 出版))を読んでいる。
間もなく読了できると思うが、ラヴクラフトの異名は聞き及んでいて、彼には期待していただけに、ちょっとガッカリの本。
← H・P・ラヴクラフト著『文学における超自然の恐怖』(原書名:Supernatural Horror in Literature 大瀧 啓裕【訳】 学習研究社 (2009/09/18 出版))
本の謳い文句には、「人類の最も古く最も強烈な感情は恐怖である!怪奇幻想文学の系譜を解析した代表的論考」とあるし、「「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」などと呼ばれるSF的なホラー小説で有名」な作家とあって、それなりの論考なのだろうと期待して読んだのだが、論考もだが、本人の創作も、文章の緊密度が低いように感じられて、読むのが苦痛だったりした。
小生は、推理小説(探偵小説)よりも、SFや怪奇小説のほうを好む資質があったようで、漫画の本から活字の多い本を読むようになった中学生の頃も、SF系統の本を渉猟した(その前にジュール・ヴェルヌなどの冒険小説を好む段階を経ているが)。
が、高校に入って間もない頃、『ジェイン・エア』を読んで、それまでの小説とは異次元の表現世界に衝撃を受け、SFにも、大概の推理小説にも食指が動かなくなった(ということは、以前、書いた)。
(それでも、自分なりに創作を試み始めた学生時代、本書に載っているような作品をイメージしていたのを思い出す。試行錯誤の果てに、随分と違う表現世界を志すようになっていったものだ。)
但し、ポーやゴーゴリ、ブラックウッドなど、好きな(怪奇小説でも傑作を残している)作家は、社会人になってからも別格だという思いは続いている。
今年はエドガー・アラン・ポーの生誕二百年に当たる年ということで、年初にもポーに絡む雑文を綴った記憶があるが、年末に際し、必ずしも怪奇小説作家ではないのだが、その手の書き手らには圧倒的な影響を与えた重要な人物と目されていることもあって、上掲書を読んでみたのだ。
恐らくは(記憶が定かではないのだが)、H・P・ラヴクラフトの著作を読むのは初めてのはず。
また、彼の本領を現すような作品を読んでいない(だろう)こともあって、彼への最終的な評価は未定のままにしておくが、本書を読む限り、物足りないという感は否めない。
おぞましい、この世のものではない、非現実の世界を描くのは、想像を絶して難しい(はず)。
まして、宇宙的恐怖など、人類が(ほとんど)全く経験していない領域であり次元でもあるので、想像だけで描ききるなんて、土台、無理な面もあろう。
宇宙論の本をそれなりに読んできた経験からすると、僭越だが、宇宙論自体が(恐怖や怪奇とは別な意味で)多次元の幾何学など数学や物理の理論を駆使しても、その鵺(ぬえ)的宇宙のほんの一面さえ、捉えているとは言いきれない現状を思うと、想像力を駆使して、未知の宇宙を、未知の生命体を描くのは至難の業(わざ)だろうことだけは容易に想像が付く。
しかし、著者も本書で書いているように、その困難は初めから分かっていたはずのこと。
怪奇や恐怖も、殊更、おぞましい、血だらけの、怨念の渦の世界を仰仰しく、それこそ下手な厚塗りの油絵の如く描きこまなくとも、ごく身近な日常の中にも、恐怖の種は潜んでいると思う。
怪奇、恐怖、未知、神秘の現象よりも、人の心こそが驚異の塊だというのは、あまりに安易な言い方なのだろうが、だからこそ、『嵐が丘』のような作品も生まれるし、『白鯨』や『罪と罰』などの傑作も生まれるわけで、きっと美も醜も快も苦も愛憎も、メビウスの輪のように、ありふれた日常の繰り返しの延長を辿っているだけのつもりが、気が付いたら、孤独と絶望の淵で戸惑っている自分を見い出す…、そのことのほうがずっと怖い気がする。
平穏無事を希(こいねが)ったはずなのに、気が付けば誰とも心を分かち持つことのありえない、孤独地獄を呻吟する自分。
そういった自分の心を赤裸々に描ききることができたら、それはどんな怪奇小説や恐怖小説、冒険小説、サスペンス小説より、凄まじい表現世界になる…こと請け合いと断言しちゃう!
関連拙稿:「ポー世界迷路の渦に呑まれしか」
(09/12/25 作)
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