解剖図の歴史を垣間見る(下)
(本稿は、「解剖図の歴史を垣間見る(上)」の後篇です。)
→ フレデリック・ロイス(Frederik Ruysch)「解剖標本集」(1638-1731)[anatomist] 当時にあってはまだ、「臓器をオブジェとして展示するという発想は奇怪なものではなかった」(本書より)。「「なぜに私は現世に未練があるのだろう」「人間は女性から生まれ、つらく短い人生を生きる」「年端のいかぬ心清らかな者にも、死は容赦なく襲いかかる」……図には、こうした人生のはかなさを詠った文言が添えられている」(本書より)。
← ホヴェルト・ビドロー(Govard Bidloo)「人体解剖図」(1649-1713)[anatomist] Gérard de Lairesse(1640-1711)[artist] ビドロー(Govard Bidloo)の時代になってようやく、「「死体+背景」という伝統的なヴェサリウス的構図に加え、臓器や組織を台の上に展示した標本のように描」かれるようになった。まだ、一般化はしていない。
→ ファン・ワルエルダ・デ・アムスコ(Juan Valverde de Amusco)「人体解剖学 短剣と剥がれた皮をもつ男」(ca. 1525 - ca. 1588)[anatomist] ワルエルダの時代になると、仰仰しい風景は省かれ、せいぜい足元に小山(崖の上?)が描かれるだけ。背景も空っぽの空間となっている。この絵は、システィーナ礼拝堂を飾るミケランジェロの『最後の審判』に描かれた殉教者聖バルトロマイの像が元ネタだとも言われている。
← ウィリアム・ハンター(William Hunter)「妊娠子宮解剖図」(1718-1783)[anatomist] Jan van Riemsdyk(fl. 1750-1788)[artist] ハンターやスメリー(ともにスコットランド人)は産科学の草分けで、妊婦と胎児を描いた見事な解剖図譜を制作した。『妊娠子宮解剖図』である。ハンターはスメリーの秘蔵っ子。男性医師として初めてイギリス王妃の出産に立ち会った。そのことは、「女性の領域とされてきた助産術から産科学への移行、という歴史的瞬間」でもあった。
→ フレデリック・ロイス(Frederik Ruysch)「解剖標本集」(1638-1731)[anatomist] ロイスの『解剖標本集』は、解剖標本を集めたもの。冒頭の写真や、この写真も、腎臓、膀胱、胆石などでできた岩山に嬰児の骸骨をあしらったオブジェだ。
← ホヴェルト・ビドロー(Govard Bidloo)「人体解剖図」(1649-1713)[anatomist] Gérard de Lairesse(1640-1711)[artist] ビドローの時代にあっても、解剖図は、やはり、美術としての作品という意識は抜けきらない。ほとんど「静物画」だ。ビドローの医学的功績はともかく、この絵を描いた下絵作家ヘラルト・デ・ライレッセの功績(腕前)があったからこそ、彼の『人体解剖図』は歴史に残った。観察したままを絵に残そうという執念が垣間見える。
→ ベンジャミン・A.リフキン/マイケル・J.アッカーマン/ジュディス・フォルケンバーグ著 『人体解剖図―人体の謎を探る500年史』(松井 貴子【訳】 二見書房 (2007/11 出版)) 「生体医学・医療情報学の第一人者と美術史家がひもとく、解剖学者と絵描きたちの好奇心と探究心。(中略)ルネサンス以来の名作図譜を一堂に会したベストセラー」とか。
参考:
「Dream Anatomy Gallery」
関連(?)拙稿:
「死の画家ティスニカル(2)」
「肉体なる自然を解剖しての絵画教室!」
(09/10/24-5 作)
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