「ジュール・ヴェルヌの世紀」を読む
フィリップ・ド・ラ コタルディエール/ジャン=ポール ドキス著の『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・“驚異の旅” 』(私市 保彦【監訳】 東洋書林 (2009-03-31出版))を読んだ。
← フィリップ・ド・ラ コタルディエール/ジャン=ポール ドキス著『ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・“驚異の旅” 』(私市 保彦【監訳】 東洋書林 (2009-03-31出版))
とにかく、図版(貴重な写真)が多く、読んで眺めて楽しい本だった。
「先駆的文学の実践者であることは勿論、氾濫する新知識の航海者にして来るべき未来の幻視者でありつづけた作家と、彼が生きた爛熟の時代とを三百余点の図版と共に探る」というのも、伊達じゃない。
本書を読んで、ジュール・ヴェルヌが 文献で、人脈を通じて、直接、当事者に当たって、いかに当時の科学の最新の情報を渉猟し集めて、彼の一流の読み物に仕立て上げたかが分かった。
「asahi.com(朝日新聞社):ジュール・ヴェルヌの世紀―科学・冒険・《驚異の旅》 [監修]コタルディエールほか - 書評 - BOOK」の書評子も書いておられるように、ヴェルヌは(これまでは子供向きの作品扱いされていて)子供相手に脚色された冒険(科学や空想)小説には、挿絵が欠かせなかった。
その挿絵や表紙の絵に空想や妄想、夢、期待、憧れの念が掻き立てられたのだ。
小生など、漫画の本しか読まない人間だったから、挿絵のある、活字の大きな冒険小説はご馳走だった。
ヴェルヌに限らないが、貸本屋さんでSF小説を中心に、どれほど借りて読み倒したか知れない。…折々の挿し絵を頼みに、楽しみに。
しかし、ヴェルヌの独特さ、凄さは、当代の科学的知見を巧みな文章力で、面白い読み物に仕立てたというに留まらない。
19世紀は科学の時代とも呼ばれる。科学が万能に思われ、不可能はないと安易にも思われてしまった。
水晶宮がすぐそこに出現しそうだった。
19世紀末には、ある19世紀後半の名高い物理学者は、物理学にはもう新たな発見は無く、精密な測定だけがあるだけだと言い放った…ほどに、多くの科学者は自信に満ち溢れていた。
(そんな自信は呆気なく崩れ去るのだし、19世紀末には既に予兆があったのだが。)
そんな中、ヴェルヌは、科学の功罪を冷徹に、見抜く力を持っていた。
それは、「ジュール・ヴェルヌの世紀 書評 本よみうり堂 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」の書評子も語るように、「ヴェルヌは夢物語のみを描いたのではなかった。科学万能主義、すべてを可能にする産業の力への陶酔と、限度を知らない人間の性(さが)。その狂気が生み出す危険を、すでに初期作品から語っている」だけではない。
「ヴェルヌは空想と現実を巧みに織り交ぜて、読者を未知の場所への不思議な「旅」に誘い、魅了したのだった。映画の始祖メリエスをはじめ、ブラッドベリ、アシモフ、ル=クレジオ、ウンベルト・エーコなど、ヴェルヌにオマージュを捧(ささ)げる人は数えきれない」のである。
ヴェルヌにオマージュを捧げた人に、ポール・デルヴォーも加えないといけないだろう。
ある種、幻視の文学者と呼称すべき作家だった。
決してお子様向きの作家ではないのである。
まあ、そんな小難しいことは抜きに、挿絵たっぷりのヴェルヌワールドを堪能すればいい。
関連拙稿:
「ジュール・ヴェルヌ…オリエント」
「ジュール・ヴェルヌ著『月世界旅行』」
(09/07/29 作)
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