実朝やけんもほろろに生き果てつ
つい先日、「弥一 キジに遭遇す」といった小さな事件があった。
未明から早朝にかけてのアルバイトの最中、とある郊外の町中でいきなりキジと出くわした、という他愛もない日記である。
← 源実朝/著『《新潮日本古典集成》金槐和歌集』(新潮社) 「血煙の中に産声をあげ、政権争覇の余震が続く鎌倉で、修羅の中をひたむきに疾走した青年将軍、源実朝。『金槐和歌集』は、不吉なまでに澄みきった詩魂の書」とか。この年になって、悲運を宿命付けられて生まれ、そして死んだ実朝の世界に改めて親しみたくなった。太宰が傾倒するのも無理はないか。
富山だし、キジの一羽くらいに遭遇することも、あっておかしくはないが、あまり突然に、しかも、目の前に出てきて、そのキジがまた慌てふためき狼狽している光景が滑稽なような、でも哀れなような不思議な気持ちになり、一つの体験にまでなりそうなものだった。
実は、その日、さらに奇妙な偶然があった。
キジとバッタリ出くわす一週間ほど前から、吉本隆明著の『源 実朝』(ちくま文庫)を読み始めていた。
そのことは、既に書いている。
奇妙な偶然というのは、上掲の小さな出来事があった、まさにその日、帰宅し、雑事をこなして、昼前、ようやく仮眠を取れるかなという時、睡眠薬代わりに上掲の本を開いた。
すると、その時、開いた頁に、まさしく雉の織り込まれた実朝の和歌が紹介されていたのである。
その歌とは(金槐和歌集):
高円(たかまど)の尾の上(へ)の雉子(きゞす)朝な朝な 嬬(つま)に恋ひつゝ鳴音かなしも (実朝)
「高円」は、「高円山」で、古歌では歌枕的な存在となっている。
歌の評釈など不要だろう。実朝の歌の中では、必ずしも秀歌とは言えないだろうし。
実朝には、雉(子)を織り込んだ歌が他にもある(金槐和歌集):
おのが妻こひわびにけり春の野に
あさるきぎすの朝な朝ななく (実朝)
これも、秀歌とは思えない。
万葉集の大伴家持の下記の歌から派生した歌とも言われる:
春の野にあさる雉(きぎし)の妻恋ひに己(おの)があたりを人に知れつつ(8-1446)
それはそれとして、上掲の本にそんな実朝の雉の歌に出くわし、思わず、前日に書いた「弥一 キジに遭遇す」を一部、書き足ししようかとも思った。出会いがしらに衝突しそうになったが、無事、回避できて安堵したが:
それはいいのだが、キジは、路肩に寄っただけで、そのあと脇の田圃に逃げ隠れようともしない。
堂々としているというべきか、人間への警戒心が薄いのか、それとも小生に挨拶したかったのか。
野生のキジなのか、食用に飼われていて、やっとのことで籠から逃げ出してきて、束の間の自由を享受しているのか。
もしかして、逃げた妻(雌)の雉を追って、雄の雉が籠を抜け出し、探し回っているのか。
言うまでもなく、イタリック体の部分を書き足そうと思ったわけである。
やめたけれど。
尚、暗殺されるべくして暗殺された悲劇の将軍・源実朝については、「北条義時法華堂跡」にて、暗殺の新説を紹介したことがある。
といった他愛もない雑文を書いてしまった。
実朝の世界は、あまりに孤高すぎる。誰にも触れ得ないほどに。
ある意味、彼自身、自らの生を生きることは、歌以外の世界ではありえなかったのだろう。
彼の世界に寄り添おうとしても、厳しく酷く撥ね付けられるばかりだ。
表題を「実朝やけんもほろろに生き果てつ」と意味不明なものにしたが、凡人の小生にはこれがせいぜいの理解というわけである。
ちゃんとした本書についての書評は、例えば、下記など参照願いたい:
「文藝散歩 吉本隆明著 「源実朝」 ちくま文庫 - 千田孝之のブログ「ごまめの歯軋り」
「源実朝」
実朝の歌にネット上で親しむには:
「源実朝 千人万首」
関連拙稿:
「弥一 キジに遭遇す」
「焼け野の雉(きぎす)」
「キジも鳴かずば打たれまい」
「北条義時法華堂跡」
(09/08/23 作)
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