ドラマチック! 「解読!アルキメデス写本」
リヴィエル・ネッツ/ウィリアム・ノエル著の『解読!アルキメデス写本』(吉田晋治監訳 光文社)を読了した。
今日(5月30日)付けで刊行されている本に、たまたま行ったら出会えるなんて幸運である。
→ リヴィエル・ネッツ/ウィリアム・ノエル著『解読!アルキメデス写本 羊皮紙から甦った天才数学者』(吉田晋治監訳 光文社)
新刊本なのだから、大概、誰かしらが予約している(あとで気が付いたのだが、刊行されたのは昨年。なので、正確には図書館の新入荷本なのだった)。
よほど、つまらない本か、小さな出版社の本でもないかぎり、なかなかこうした出合いには恵まれない。
出合いだなんて、大仰な表現をしたが、読んでみて、こんなに面白い本とは全く予想外だったのである。
今更、アルキメデスに関する本を読んでも、数学的な内容については、新味などあるはずもないだろうし(これが大間違いだった!)、まあ、紀元前のギリシャの本が写本(羊皮紙)の形であれ、残っていることの稀有さにドラマがあるのだろうと、それだけを楽しめればいいかと手を出した。
実際、解読のドラマも、最新の技術を駆使していて、当代の学者が結集しており、興味深いのだが、アルキメデスがトポロジー的な発想や、実無限や、微積分の発想にギリギリまで迫っていたことに、数学史的な興味も掻き立てられた。
彼が徹底して図形(幾何学)にこだわったことの意味。その限界。
古代ギリシャの数学者や物理学者は地球の大きさを相当の精度で測ったことや、誤差はあれ、太陽までの距離を計算したこと、そのいずれもが幾何学と深く関わっている。
決して図形思考から離れなかったことは、実無限との絡みでドラマチックな意味を持つことを思い知らされる。
ここでは採り上げないが、「ストマキオン」の項など、無類の面白さがあった(気になる人は、「美術史が好き!解読!アルキメデス写本 (2-2)」を参照)。
内容については、「解読!アルキメデス写本 書評 評・田中純(思想史家) 本よみうり堂 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」が簡潔だが大よそのことを伝えてくれる:
1998年、一冊の手書き写本がニューヨークで競売にかけられる。競り合ったのは、ギリシャの総領事とある資産家の代理の書籍商だ。写本は結局220万ドルで、謎の依頼人の手に渡ることになる。焼け焦げてカビが生えた本になぜそんな価値があるのか。それが古代の天才数学者アルキメデスの現存する最古の写本(10世紀成立)だからである。ただし、その文字は13世紀に上書きされた祈祷(きとう)文などの下になり、ほんのかすかにしか読めない。
本書はこのアルキメデス写本解読の過程とそれによってもたらされた数学史上の発見をめぐる物語である。解読作業のプロジェクト・ディレクターを務める学芸員ノエル氏とアルキメデス写本の研究者ネッツ氏が各章を交互に執筆している。前者が写本のたどった数奇な歴史や困難を極めた修復過程、そして、先端技術を駆使した写本の画像化を語る一方で、後者はアルキメデスの数学的思考の独創性や新たな発見の意義を解説するといった具合である。
大勢の研究者や技術者からなるプロジェクト・チームの協力によって写本の文字が徐々に浮かび上がり、解読され、数学史的な重要性が見いだされてゆく。著者二人の知的な興奮が読者にも如実に伝わってくるような、見事な叙述と構成だ。そもそもアルキメデスの思考法そのものがあくまで図形に即していたこともあり、ネッツ氏の説明を読みながら丹念に図をたどれば、一見難しそうに見える幾何学命題の証明も、予備知識なしに理解できることだろう。著者は、アルキメデスの論証にはいつも「手品の瞬間」があると言う。本書は、いわばそんな手品の醍醐味(だいごみ)を素人にも味わわせてくれる。
本書に登場する数学史家・斎藤憲氏の解説を得て、この翻訳は、精度が高いのみならず、ある意味では原書に優るものともなった。上質の歴史ミステリーであるとともに、書物や知の運命について深く考えさせる一冊である。吉田晋治監訳。
あるいは、「叡智の禁書図書館<情報と書評> 「解読! アルキメデス写本」ウィリアム・ノエル、リヴィエル・ネッツ 光文社」が、感動ぶりを小生よりよほど、ダイレクトに伝えてくれる。
過日読んだジョン・D.バロー著『無限の話』(松浦俊輔訳 青土社)でも、アルキメデスが採り上げられていて、単に数学史上の人物に留まらないことを教えられたばかりだったが、本書を読んで改めて認識を新たにさせられた。
← ジョン・D.バロー著『無限の話』(松浦俊輔訳 青土社) 拙稿、「無限の話の周りをとりとめもなく」は、参考にならない!
ところで、「解読!アルキメデス写本 書評 評・田中純(思想史家) 本よみうり堂 YOMIURI ONLINE(読売新聞)」には何故か出てこないが、「パリンプセスト」が本書の第一のキーワードである。
「パリンプセスト」とは、「重ね書きされた羊皮紙」のことである。
「パリンプセスト」の多くはラテン語の写本だが、ギリシャ語の写本も少なからずあるらしい。
ギリシャ語の写本の一つが「アルキメデス・パリンプセスト」というわけである。
(本書はパリンプセストを読み解くに際し、最先端のデジタル技術が駆使されている。この関連については、関心の湧いた方は「1-5. ギリシア語写本の調査研究とデジタル技術」など参照。)
余談だが、アルキメデスに限らず、少なからずの古代ギリシャの文献(写本)が、羊皮紙の形で辛うじて残り、それがまた、「後世のキリスト教の学徒が当時貴重だった羊皮紙を再利用するために、元の写本を再利用して祈祷書に作り直したもの」が残った…。
あるいは、このキリスト教徒は古代ギリシャの文献を無意識のうちに後世に残そうとしたのではないか、なんて夢想も湧いてしまう。
実際には祈祷書の写字生が重ね書きの都合上、元の羊皮紙を無惨にも引き裂いたり、バラバラにしたり、元の文字や図形を消し去ったり、今から思えばとんでもないことをしてくれたのだが。
それでも、羊皮紙が貴重だったこともあって、とにかく一部であれ、残ったのは確かだ。
アラブのとこかの書庫、ヨーロッパの古い教会や大学の図書館、蔵書家の埃をかぶった書庫に、こうしたパリンプセストが少なからず残っている(はず)なのだろう。
古代ギリシャの哲学や歴史や科学などの全貌はまだまだ見尽くされたわけではないのである。
貧乏で本など買えない小生だが、本書は欲しくなった。
せめて、あまり間を置かないで再読するかもしれない。
(09/05/30 作)
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コメント
TB有り難うございました。
私も本書を読むまで、知らない事ばかりでビックリしました。と同時に、感動しまくりですね!
こうやって、新たな発見が次々と起るのを眺めているだけでも飽きません。新しいテクノロジーと同じくらい、ワクワクさせられます。
知るは喜びだと痛感しました。
投稿: alice-room | 2009/06/07 21:59
alice-roomさん
本書を読んで感激する方がネットの輪の仲間の中に居て、嬉しい思いです。
実際、ワクワクさせられました。
古代ギリシャのアルキメデスと現代の最先端の技術や研究者たちとの遭遇のドラマ、もっと評判になっていい本ですね。
投稿: やいっち | 2009/06/09 00:51