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2009/05/04

『CIA秘録 上』の周辺

 ティム・ワイナー著の『CIA秘録 上』(藤田博司・山田侑平・佐藤信行・訳 文藝春秋)を読んだ。

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→ ティム・ワイナー著『CIA秘録 上』(藤田博司・山田侑平・佐藤信行・訳 文藝春秋)

 予約したのは二月で読めたのは四月下旬だったから、随分と待たされたことになる。
 相当に読まれているってことなのだろうか。

 下巻も読了してから感想文を書こうかと思ったが、いつになるか分からないので、とりあえず上巻を読んでの印象をメモしておく。

 出版社による内容紹介によると、「諜報機関を20年以上にわたって取材した調査報道記者が、その誕生から今日までのCIAの姿を全て情報源を明らかにして描いた衝撃の書」とあった上で、以下のようである:

もっとも取材が難しい諜報の分野を30年近く取材してきた『ニューヨーク・タイムズ』の調査報道記者が「5万点以上の機密解除文書、CIAの元長官10人を含む300人以上のインタビュー」によって書いたCIA創設から今日までの驚くべき歴史書です。昨年度の全米図書賞を受賞。CIAは公式ホームページで異例の大反論を行うなど、その中身はCIA本体を激しく揺さぶる事実が描かれています。日本版の新たな2章では、CIAの自民党への秘密献金や経済諜報の実態などが描かれ、日本でも問題の書になること必至。2008年12月2日(火)のTBSの報道番組『NEWS23』で『CIA秘録』が「過去最高のCIA暴露本として評価されている」と著者のティム・ワイナー氏のインタビューとともにとりあげられました!

 アメリカにおいて話題になり議論の的になるのは当然として、日本でも一時は巷では話題になった(ような気がする)。
 上の転記文にあるように、「日本版の新たな2章では、CIAの自民党への秘密献金や経済諜報の実態などが描かれ」るとあっては、「日本でも問題の書になること必至」。
 しかし、残念ながら、日本版向けに追加で書きおろされたこともあるのだろうが、想像を絶するというほどのものではなかった。
 まあ、問題があったら、関係筋が出版を事前に…ってこともありえただろうし、そもそも文藝春秋という会社は保守的な体質の出版社で、政府与党筋からクレームが来そうな本は扱わなかっただろう、とは予想できなくもない。

 本書は、日本版に新たな2章を書くほどで、著者は(少なくとも本書の中では)CIAの日本での活動にはあまり関心を持っていない。
 日本はCIAとして比較的成功例に当たるし、日米関係の地盤の強固さから、過去の事例であっても、あまり掘り返さないということなのか、それとも、本当に関心の埒外なのか。

 ただ、本書によると、CIAの諜報活動は、とんでもなく問題的で、急ごしらえの諜報(情報収集)機関なので、海外、特に冷戦構造下での東側には人脈がなく、そもそも諜報の態(てい)をなしていない。
 アメリカ軍部には戦争の経験もあり、情報機関があったが、その実績や人材が生かされない。
 なので、トップでさえ、どうして自分が? と本人でさえいぶかしむような人材が着任する。
 方や、東側やイギリスなどは、長い諜報機関の歴史と経験、人材の蓄積がある。
 大人と赤ん坊の戦いなのである。

 どれほどの数のスパイが、トップ連中の無策や勝手な思い込み(机上の空論)のゆえに無為に亡くなったことか。

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← ジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて 上』(三浦陽一・高杉忠明訳、岩波書店刊) アメリカ人による日本の戦後史については、本書のほうが面白い。 「『敗北を抱きしめて』雑感(1-3)」など参照。
 
 それこそ、CIAの歴代トップは、東側のスパイ(回し者)がその座に着いていたのでは、と思えるほど、愚策・駄索を繰り返している。 
 しかも、失敗をまるで恥じない。
 スパイ(諜報)機関の常として、他国や国民に対しては多少は秘密主義となるのは予想できるとして、時に政府首脳(大統領を含め!)に対しても秘密主義を貫く。
 国益に反するから、という名目で愚かな失敗の数々をも闇から闇に葬り去ろうとする。
 
 ただ、アメリカの場合、CIAに限らず政府の情報や関係書類は、一定年数を経過すると、一般に公開される。
 その点が日本とは大違いである。
 だからこそ、(恐らくは全貌ではないのだろうが)調査報道記者の取材で、インタビューもあり、これだけ明らかになったのだろう。
 事例を挙げるべきだろうが、キューバ危機は、まさに本当に核使用の危機にあったことが分かって、手に汗握る。
 しかも、これも、CIA上層部の愚昧な結果なのだから驚く。
 歴史なんて、こんなもの、なんて嘯(うそぶ)くつもりはないが、ほんの一端が明らかになっただけでも、反吐が出るほど愚劣と思えてしまうのである。

「情報帝国アメリカのCIAといえば、世界の隅々にまで情報の網の目を張り巡らせた千里眼のような印象であるが、それが全くの虚像であることを白日の下に曝(さら)したのが本書である」(「【書評】『CIA秘録』上・下 ティム・ワイナー著 (1-2ページ) - MSN産経ニュース」より)というが、ハリウッド映画では、当局者らが知能と技能の限りを尽くしている、かのようなイメージを印象付けようとしているが、それはあくまで作り物の世界の話だとわかっただけでも、本書を読む値打ちがあったというもの。

 特高も含め、日本の公安当局の戦前・戦後の活動も、なんとか白日の下にさらしてもらいたいものだ。

 というのも、「初代のCIA東京支局長と吉田茂の関係や、本書でも言及している岸信介とCIAの関係を初めて明らかにした」が、「残念なことに、本書が対日工作に触れたのは二カ所、計二十ページだけだった」のであって、思いっきり、物足りない。
 あるいは、「CIAの対日工作、特に政治工作は総じて成功だった」から、あるいは、工作が現在も進行中だから、情報が表に出ないのか(引用は、「中日新聞・東京新聞 書評『 CIA秘録(上)(下)』 ティム・ワイナー著 藤田博司、山田侑平、佐藤信行訳  工作失敗の歴史を紡ぐ」より)。

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→ 小熊 英二著『〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社) 拙稿「戦争体験の継承」を参照願いたい。

 思えば、9・11事件にしても、CIA(トップ)の愚かさは、目を覆うものがあった。
 あるいは、アメリカなどの原理主義者らの画策で、わざと愚劣な連中をトップに据え、アルカイダのテロ情報を(仮に察知していても)見逃し、イラクが大量破壊兵器を持っているといった、デタラメの情報をアメリカのトップ(大統領)に平然と伝え(もしかして、開戦の決定以前に情報がデタラメと分かっていたのかもしれない、あるいは根拠が分からなかったのかもしれない)、イラク戦争を仕掛け、フセイン政権を転覆させてしまったのかと思ったが、それは買いかぶりで、ホントに、トップ連中の愚かしさが(少なくとも半分は)テロと戦争の原因の一端だったのだと分かる。
 戦後、CIAは同じような失敗を何度も何度も重ねてきたのであり、9・11のそうした事例の一つに過ぎなかったわけである。
 戦後のある時期までのCIA情報が取材可能になっているわけで、日本でアメリカに魂を売った連中の素性も日の下(もと)に晒してほしいものだ。
 同じ愚の繰り返しを少しでも減らすためにも。

                               (09/05/02 作)

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