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2009/02/26

オースターそしてブレイクロックの「月光」(後篇)

[本稿は、「オースターそしてブレイクロックの月(前篇)」の続篇です。]

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← Ralph Albert Blakelock 「Moonlight Sonata」(about 1889–92 77.15 x 55.88 cm Oil on canvas) (画像は、「Museum of Fine Arts, Boston Collections Search Results」より)

オースターそしてブレイクロックの月(前篇)」にて、「オースターそしてブレイクロックの月(前篇)」で、ポール・オースター著の『ムーン・パレス』で「ラルフ・アルバート・ブレイクロックの「月光」がどのように鑑賞されているか」、早速、転記して示したいとしている。

 ようやく後篇…本題に辿りついた。
 毎度のことだが、前置きが長くていけない。

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→ Ralph Albert Blakelock (画像は、「An example of work by Ralph Albert Blakelock」より)

(註:転記文中のイタリック体文字は、訳書では傍点である。)

 そして、ブレイクロックの絵が見つかった。この奇妙で手の込んだ訪問の目的たる『月光』が僕の眼前にあった。突然訪れた、その最初の瞬間、僕は失望を覚えずにはいられなかった。自分がどういうものを予想していたかはわからない。たぶん何か壮大な、派手派手しい、見るからに大作といった感じの代物を想像していたのだろう。少なくとも、いま目の前に見えている、何とも地味な小品を思い描いていたのでないことは確かだ。寸法はわずか六十X八十センチ。一見、色らしい色もほとんどない。濃い茶、濃い緑、隅っこにかすかに赤があるだけ。よく描けた作品であることは間違いないが、エフィングが惹かれそうな(と僕が勝手に想像していただけなのだが)劇的要素は何もない。おそらく僕の失望は、絵それ自体にではなく、自分がエフィングを読み違えていたことに向けられていたのだろう。それはきわめて瞑想的な作品だった。内省と平穏の風景だった。これがわが狂える雇用主に何かを語りえたのかと思うと、どうにも訳がわからなくなってきた。
 僕はエフィングのことを頭から追い払うように努め、それから二、三歩うしろに下がって、自分の目で絵を見はじめた。まん丸い満月が、カンバス中央に居座っている。どうやら数学的にもぴったり中央に位置しているらしい。この青白い円板が、その上下のあらゆるものを照らしている。空を、湖を、蜘蛛の巣のように枝を伸ばした一本の大木を、地平線に広がる低い山々を。前景には開けた土地があって、中央を流れる小川で二つに仕切られている。川の左岸に、インディアンの円錐形テントと焚き火がある。何人かの人物が火を囲んでいるように見えるが、はっきりしたことはわからない。人間の輪郭を示すとおぼしき、ごく簡単な筆あとが五つ六つあるだけで、それが残り火を浴びて赤く光っている。大木の右手に、ほかの人影と離れて、馬に乗った一人の男の姿があり、川向こうを眺めている。瞑想にふけるかのように、男の体はぴたっと凍りついて見える。背後の大木は男の十五倍か二十倍の背丈がある。そのコントラストのせいで、男はいかにもちっぽけな、取るに足らない存在に見える。男も馬も単なる影絵でしかない。深みも個性もない、黒い輪郭だけの姿。向こう岸は風景もいっそう霞み、ほぼ完全に影に埋もれている。例の大木と同じく蜘蛛の巣のように枝を伸ばした、小ぶりの木が何本か立っている。それから、底の方に目をやると、ごくわずか、ほんのり明るいものが見える。人影のようにも思えるし(仰向けに横たわった人物が、眠っているようにも、死んでいるようにも、夜空に見入っているようにも見える)、あるいは、これもやはり焚き火の残り火であるようにも見える。どちらなのか、何とも決めかねた。こんなふうにして、下の方の、不明瞭な細部にしばらく目を凝らしていたものだから、もう一度空を吟味しようと顔を上げると、上方の何もかもがひどく明るいのを見て、僕ははっと驚いてしまった。満月を計算に入れるにしても、この空はどう考えても見えすぎる。表面を覆っている、ひびの入った上塗りの下で、絵具が不自然な強烈さをもって輝いているのだ。背景の地平線の方に目をのばすと、輝きはなおいっそう増してくる。まるで地平線の彼方は昼で、山々には陽でも照っているかのように。いったんこの点に気づくと、ほかにも奇妙なところがいくつも目についてきた。たとえば空は、大部分が緑がかった色をしている。縁の黄色い雲をところどころに配したその空は、次第に厚みを増すうねるような筆あとでもって、大木のかたわらを舞っている。奥深い空間のなかで、天空が螺旋のように渦を描いている。どうして空が緑なんだ? と僕は自問してみた。それは下の湖と同じ色をしている。でもそんなはずはない。真っ暗闇に包まれた夜ならともかく、天と地はつねに違っているものだ。これほどの技巧の持ち主が、それくらい承知していなかったはずはない。では、単なる現実の風景の再現が目的でなかったとすれば、ブレイクロックの狙いは何だったのか? 懸命に想像してみても、緑色の空を見るたびに思考は止まってしまう。大地と同じ色の空、昼のように見える夜。人物たちは壮大な情景のなかに埋もれ、にわかには判別しがたい影にとどまっている。いってみれば、生命を表わすごく簡単な象形文字。見当はずれな象徴的解釈などしたくはなかったが、絵をじっくり眺める限り、結論は避けられないように思えた。風景にくらべてごくちっぽけな姿であるにせよ、インディアンたちは恐怖も不安も示していない。みずからの環境に快く身を浸し、自分自身と調和し、世界と調和している。そう考えれば考えるほど、ますますそうした静謐が絵を満たしているように見えてきた。空を緑に塗ったのも、このハーモニーを強調するためだったのだろうか。点と地の結びつきを示そうとしたのだろうか。人がおのれの環境のなかで快く生きられるなら、自分をまわりの事物の一部と感じることができるなら、この世の生にも聖なる感覚が染みわたるはずだ――そうブレイクロックは語っているように思えた。もちろんこれはみな僕の憶測にすぎない。でも僕には、ブレイクロックがアメリカ土着の田園風景、すなわち白人がやって来て破壊してしまう以前のインディアンの世界を描いているように思えてならなかった。壁の銘板を見ると、製作は一八八五年。僕の記憶が正しければ、ちょうどランカスター最後の反撃(※白人側の全滅に終わった)と、ウーンデッドニーの虐殺(※インディアン一四六人が無差別に殺された)とのはざまにあたる年だ。いいかえれば、事態はすでに終局を迎えていて、ここに描かれているような風景を生き残らせようにも、もう手遅れになってしまっていた時期だ。きっとこの絵は、我々が失ってしまったあらゆるものを表わすべく描かれているのだ、と僕は思った。これは風景画ではなく記念碑なのだ。消滅してしまった世界を悼む挽歌なのだ。

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← Ralph Albert Blakelock 「Moonlight」(Oil on canvas ca. 1885-1889 68.7 x 81.3 cm) (画像は、「Brooklyn Museum American Art Moonlight」より)

 この鑑賞を終えた少年(!) は、美術館を後にする。年端も行かない少年がこんな鑑賞をできるものだろうか。この点への疑義は小生には最後まで違和感として残ったが、いまはさておく。
 一端、絵の鑑賞を指示したエフィング家に帰宅し、コロンビアの美術資料館で少年は絵の描き手ブレイクロックについて調べ物をする。

 さらに、ポール・オースター著『ムーン・パレス』での、語り手(少年)の鑑賞と説明を続けよう。
 といっても、以下は、訳書の中での少年(語り手)が説明する「月光(Moonlight)」の描き手ブレイクロック(Blakelock)である。
 

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→ 「Twilight, c. 1898」 (Oil on canvas, 20 X 30" (50.80 x 76.20 cm.) (画像は、「RALPH ALBERT BLAKELOCK 1847」より)

 ブレイクロックに関する資料はわずかしかなかった。論文が数点、古いカタログが二冊、その程度だ。けれども、それらをつなぎ合わせてみると、エフィングが嘘をついていなかったことは確認できた。僕としてはそこがいちばん知りたい点だったのだ。細かい事実や年代には勘違いもあったが、肝腎なところは全部合っていた。ブレイクロックの生涯は悲惨きわまるものだった。彼は苦しみ、発狂し、誰にも顧みられずに死んでいった。精神病院に入れられる前に、自画像入りの紙幣を何枚も描いたという話も本当だった。ただしエフィングが言っていたように千ドル札ではなく、百万ドル札である。何とも壮大な額。若いころ西部を旅してインディアンとともに暮らしたこと、並外れて小柄だったこと(一五〇センチ足らず、四十キロ未満)、子供が八人いたこと、どれもみな真実である。僕がとりわけ興味を惹かれたのは、一八七〇年代に描かれたブレイクロックの初期の作品に、セントラルパークを舞台にしたものが数点あることだった。そこには、公園が出来て間もないころに立っていた丸太小屋が描かれていた。かつてニューヨークだったところの、ひなびた風景を写し取った絵を眺めていると、自分がそこで過ごした惨めな日々を僕は思わずにいられなかった。ブレイクロックは画家としての全盛期を、もっぱら月光の情景を描くことに費やしていた。同じ森、同じ月、同じ沈黙。これらの絵において、月はつねに満月である。つねに同じ、小さな、完璧に丸い月がカンバスの中央に陣取り、かすかに青みがかった白い光を発している。そういった絵を五つ、六つと眺めているうちに、それはカンバスに開いた穴になった。別世界に通じる白い裂け目になた。あるいは、ブレイクロックの目。虚空に宙づりになった空白の円が、もはやそこになくなってしまったものをじっと見下していた。

 繰り返し言うが、こんな鑑賞を少年がするのだろうか?
 ポール・オースターの小説『ムーン・パレス』で、一番、リアリティ上で無理を感じる。
 まあ、小説を楽しむ上では、どうでもいいことなのだろうが。


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← 「Moonlight, Indian Encampment」 (画像は、「The Melancholy Landscape of Ralph Albert Blakelock 's Life [Selected Works]」より。この頁では、ブレイクロックのほかの作品を幾つか観ることができる。…残念ながら、小説『ムーン・パレス』で狂言回しの役を担っている「月光」の絵は、ネットでは(小生には)見つけられなかった! ブルックリン美術館にあるのだろうけど。いずれにしても、「ブレイクロックは画家としての全盛期を、もっぱら月光の情景を描くことに費やしていた」のだ…。)

 


To Re-trace the ray of Moonlight
本だなの片すみ
Ralph Albert Blakelock - Wikipedia, the free encyclopedia
象徴の向こう側へ――Paul AusterのMoon Palaceと父性の転覆
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(例によって敬愛の念を籠め、勝手ながら敬称は略させてもらっています。 09/02/20-24作)

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