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2008/10/07

末期を描く…ターミナルケアの原点?

 立川昭二著の『生と死の美術館』(岩波書店)を添えてある絵画画像を眺めつつ読んでいて、本書のテーマならではだが、医者の診察(訪問)の画像に関心が向いていた。

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← 立川昭二著『生と死の美術館』(岩波書店) 目次などは、「moreinfo」にて。

 本書は、内容紹介によると:

古代ギリシアの彫刻からピカソまで,源氏物語から現代日本の版画まで,西洋と日本のオールカラー50余点の作品を掲げ,筆者は各時代・各地域の人びとの生・病・老・死を語る.「イエスの集団はまず医療集団だった」「江戸時代の歯医者は大道芸人」-意外な事実を含め,筆者は丹念に各作品を読み込んでいく.また,現代の医療にとって何が必要か,これらの作品を通して,歴史に問いかける.著者の長年にわたる作業を集大成した1冊.

 そもそも本書は、「「生と死の美術館」|月灯りの舞」なる記事を目にして、ああ、好きで何冊か読んできた立川昭二のこの本を見逃していると気づかされたのだった。
 こういったジャンルの本には好奇心が湧いてしまうのだ。まして、立川昭二の本とあれば尚更である。

 本稿では、上掲書を参考に、西欧美術作品に描かれた末期の諸相を見てみたい。

 著者によれば、これらの絵画にはターミナルケアの原点が描かれているのでは、という。

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→ ヘーラルト・ダウ(Gerard Dou 1613-75)「The Dropsical Woman(医者の訪問)」(1663 Oil on wood 86 x 67 cm Musee du Louvre, Paris) (画像は、「ダウ (バロック)」(ホームページ:「ヴァーチャル絵画館(旧アート at ドリアン)」)より。) 医者は瓶の中の液体を熱心に観察している。その液体とは、病人の尿である。尿を観察することで病気を診断しようとしている。「ダウがこの絵を描いた一七世紀、ヨーロッパでは顕微鏡が発明され」、「医学は科学時代を迎えつつあった」。が、「病人に対するじっさいの治療といえば、古くからの瀉血と下剤にたより、診断といえば、これまたふるくからの脈と尿を調べることだけが行なわれていたにすぎなかった」のである。「今日でも検尿はもっとも重要な診断法のひとつだが」、目で瓶の中の尿を観察するだけでは、「正しい診断ができたとはとても考えられない」…。ちなみに、このダウの絵には「水腫症の女」という題もつけられている」とか。「もし浮腫や水気を主症とする病人なら、こうした尿検査である程度の診断がついたかもしれない」という。


Picasso3

← パブロ・ピカソ(Pablo Picasso 1881-1973)「科学と恩寵(Science and Charity)」(1897. Oil on canvas. Museo Picasso, Barcelona, Spain.) (画像は、「Pablo Picasso - Olga's Gallery」より。)1897年の作品でピカソが十六歳の時のもの。ピカソ本人は、「病気」あるいは「病気見舞い」という題名にしたかったらしいが、科学(医学)への期待が高まりつつあり、「科学の発達と神の恩寵とは一つのものであった」十九世紀末、父の希望でこういう題名になった。この作品でマドリッドの展覧会で受賞し、少年ピカソは一人前の画家としての地位を確立。ピカソはしかし、間もなく自己変革を遂げることになる。「青の時代」を経て「ピカソ」となっていくのだ。絵に描かれている「ここは貧しい人たちを救済する慈善的な施設である。そこを運営していたのは尼僧であり、彼女たちはまた看護婦をかねていた。重い病人がでると、そこへ医師が出向いてきた」。現代にあっても、われわれ自身が重い病を患ったなら、医者ら周囲の人にはどうあってほしいかと言えば、「病者の手を医者がとり、子どもを抱いた心優しい人がかたわらにたたずんでいる――この古典的な構図ではないだろうか」。「長久啓太の「勉客商売」日記 やはりここでも“手”」なる頁を覗いてみるのもいいかも。

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→ エドヴァルト・ムンク(Edvard Munch 1863-1944)「春(Spring)」(1889. Oil on canvas. 169 x 263.5 cm. Nasjonalgalleriet, Oslo, Norway.) (画像は、「Edvard Munch - Olga's Gallery」より。) ノルウェーの巨匠ムンク青年期の大作。「モデルの少女はムンクが十四歳のとき(結核で)死んだ一つ年上の姉ソフィエ。付き添う母親のモデルはムンクが幼いとき死んだ母親のかわりに彼を育ててくれた叔母カーレン。人は悲しいとき手を動かすものである。この母親も悲しみをおさえ、ひたすら手を動かしている」。「病者は明るく暖かい光に吸い寄せられ、窓辺で陽射しを浴びたがるものである」。「ムンクが青年期を過ごした十九世紀、ヨーロッパは結核の全盛期であった」。「結核は、産業革命の進行とともに、ヨーロッパの労働者を冒したあと、一般社会へとその触手をのばしていった」。「イギリスではキーツやディケンズ、フランスではバルザックやメリメ、ロシアではドストエフスキーやチェホフ、こうした多くの詩人や作家あちが結核でいのちを奪われていった」。ブロンテ三姉妹も。「ムンクは、この「春」の三年前、「病める子」というおなじ主題の作品を描いている。モデルもおなじ」。立川昭二は、「病者は明るく暖かい光に吸い寄せられ、窓辺で陽射しを浴びたがるものである」と書いているが、「生き生きとした生命の光も、病弱な身体には強すぎる刺激となる。ようやく訪れた希望に満ちる日差しを避けるかのように、病の子供は目をそむける」のも真実なのではなかろうか(最後の引用のみ、「エッセイの卵 エドヴァルト・ムンク」より。「春」や「病める子」など、ムンクの代表作の画像と共に、画像に付されたコメントがいい)。

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← フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco de Goya y Lucientes 1746-1828) 「ゴヤと医者アリエーダ(Self-Portrait with Dr. Arrieta)」(1820. Oil on canvas, 117 x 79 cm. The Minneapolis Institute of Arts, Minneapolis, MN, USA.) (画像は、「Francisco de Goya y Lucientes - Olga's Gallery」より。) 「白い寝巻に黒紫のガウンをまとい、息もたえだえの病人――。それを後ろから抱きかかえ、グラスの煎じた薬を飲ませようとしている暗緑色のコートを着た医者――」。スペインの巨匠ゴヤ七十三歳の作品。画面の下には「一八一九年の重く危険な病いから、すぐれた手腕と誠意をもって七十三歳の私を救ってくれた友人アリエーダに。感謝をこめて。一八二〇年これを描く。ゴヤ」とある。ゴヤは一七九三年四十七歳のとき、全聾となる。全聾となった原因はいろいろ言われてきていて、梅毒説や(治療のための水銀療法による)水銀中毒説、鉛中毒説とある。「アメリカの疫学者ニーダーランドは、鉛性脳症ではないかという説を発表している」。「当時の画家は鉛や水銀など重金属顔料の絵具を用いており、つねにそれら有毒化合物による慢性中毒にさらされていた」。「ゴヤは白色を大量に用いていたというが、その絵具は鉛白であった」。ゴヤは、「こうした有毒な顔料を画家自身が粉末にし練り上げ、自分で絵具を作っていた」。但し、ゴヤの病気は、今も謎のようである。「迫真的に描かれたゴヤを、ゴヤ研究者で医者のルーアネは」、「肺の急性浮腫症状であり、患者は激しい呼吸困難の危機的状況にとらえられ、肩は落ち、眼は血走り、顔と首の筋肉は攣縮して半窒息状態である」と診断しているとか。半窒息状態のゴヤは、どのようにして」「自分と医者をこれほど正確に観察したのであろうか」。堀田善衛は、「病気もさることながら、怖るべきは画家の執念そのものであろう」。「家人に鏡をもってこさせて、半窒息状態の自身の在り様をたしかめてみたものとしなければならない。観察への執念は、危機的状況をも乗り越えていて、その執念そのものが病を克服したものか、とさえ思える」と語っている。

参考:
「ピカソ」 瀬木慎一著 - 徒然なるまままに
長久啓太の「勉客商売」日記 やはりここでも“手”
医師新報2005年12月号 芳村 圭造「生と死の美術館」」(医師の方による本書の書評が読める。特に、ピカソ「科学と恩寵」とゴヤの「ゴヤ と医者アリエーダ」に注目されている。「著者立川昭二氏は、「このゴヤ の自画像は、はからずも今日いう ところの末期医療(ターミナルケア) のあり方を画題にした予言的 な作品といえるのではないだろうか」と、この本で書いておられる」とか。)

                              (08/10/06作)

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