天体が風景画の点景に
本稿でも、「「天体の図像学」の周辺」に引き続き、藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)を読んで得た知見を元に、幾つかの画像を掲げ、西洋における風景画の変遷の様子の一端を辿ってみる。
← アールト・ファン・デル・ネール(Aert VAN DER NEER 1603/04-1677)(画像は、「Aert van der Neer prints & canvases - Bridgeman Art On Demand」より) ファン・デル・ネールは、「17世紀に黄金時代を迎えたオランダ絵画の担い手の一人」であり、「画家としての彼の技量は、冬景色、川や運河の眺め、赤々とした光に染まる建築などに十分発揮された。月光や夕日の効果を生かし、メランコリックな感情をたたえる彼の絵画がひろく注目されるようになったのは、ウィリアム・ターナーやカスパル・ダーヴィト・フリードリヒの風景画が大きな共感を呼んだ19世紀ロマン主義の時代であった。アムステルダムで没」とのこと(「静岡県立美術館【主な収蔵品の作家名:アールト・ファン・デル・ネール】」より)
少数の例外を除くならば、地球以外の天体が西洋絵画において写実的に描かれるようになるのは十七世紀のことである。それはアルプスの北と南における西洋風景画の確立と時を同じくした現象であった。例えば、ほぼ同世代のオランダの風景画家アールト・ファン・デル・ネールにとっては月が、そしてクロードにとっては太陽がそれぞれの風景画の重要なモティーフとなる。
→ クロード・ロラン Claude Lorrain (1600-1682) 『Seaport (1674)』 (画像は、「Claude Lorrain - Wikipedia, the free encyclopedia」より) 「プッサンと同時代人」「シャンパーニュ地方出身。少年期からイタリアへ行き」、「プッサン同様、生涯のほとんどをローマで過ごし、フランス古典主義を成立させた」(情報は、「アート at ドリアン クロード・ロラン (バロック・古典)」より)
残念ながらネットでは、上掲の転記文で参照されているアールト・ファン・デル・ネールの『橋のある月明かりの風景』という作品画像を見つけることが出来なかった。
話の脈絡を離れて上掲書に作品の掲げられているこの『橋のある月明かりの風景』は見事なのである。
藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)では、クロード・ロランについては、『海から見たジェノヴァ』や『クレオパトラの上陸』、『クリュセイスを父親のもとに帰すオデュッセウス』などの画が載せられている。
← ドナート・クレーティ(Donato Creti)『Osservazioni astronomiche Sole(太陽)』 (画像は、「Donato Creti」より)
太陽の描き方よりも、太陽が画中の中心に、少なくとも山や港やとおなじ水準の描写対象となっていることに注目すべきと藤田氏は書いている。
作品画像が見つからないばかりか、それ以前に、その名自体がまるで見つからない画家ドナート・クレーティの作品画像を示すことが出来ないのは非常に残念。
「教皇庁のお膝元、ヴァティカーノ絵画館に、十八世紀初頭のボローニャを代表するドナート・クレーティが一七一一年に「天体観測」をテーマに描いた八点の絵画がある」という作品は何れも、芸術的な観点からの鑑賞に耐えるかどうかは別にして、絵として非常に印象深い。
→ ドナート・クレーティ(Donato Creti)『Osservazioni astronomiche Luna(月)』 (画像は、「Astroarte.it - Donato Creti - Osservazioni astronomiche」より)
『天体観測・月』には天文学者が天体望遠鏡で月を見る図柄なのだが、その月の表面のクレーターや<海>がはっきり描かれていて、絵を見る我々も天文学者が天体望遠鏡で眺めている月の様子を一緒に見ているような錯覚に誘う。
沈む太陽なのか登る太陽なのかは分からないが、『天体観測・太陽』でも、画像の右上にデカデカと真ん丸の太陽がポッカリと浮んで描かれている。夕焼け(朝焼け)の太陽だから描くことが可能なのかどうかは分からないが、それでも、画中の人物は眩しそうに太陽を眺めている。
さらに、『天体観測・彗星』や、なんと『天体観測・土星』といった作品もある。土星には輪もきちんと( ? ! )描かれている!
ヴァティカーノ絵画館にこれらの絵があるという。ここには、ラファエロの『聖母戴冠(1502-3)』がある。でも、ドナート・クレーティの『天体観測』諸作品は誰も気付かない(展示されていない)のだろうか。
ネット検索しようにも、「クレーティ」でうかびあがるサイトは3つだけ。しかも、イタリア語表記が示されていない。
こうなったら、やぶれかぶれで「クレーティ」はイタリア語だし、きっと「Creti」だろうと、当てずっぽうで検索したら、ヒットした!
まぐれ当たり!
「Donato Creti」である。
← ドナート・クレーティ(Donato Creti)『Osservazioni astronomiche Saturno(土星)』 (画像は、「Astroarte.it - Donato Creti - Osservazioni astronomiche」より)
「Donato Creti - Wikipedia, the free encyclopedia」から、ここでは、「Donato Creti (1671 - 1749) was an Italian painter of the Rococo period, active mostly in Bologna. Born in Cremona, he moved to Bologna, where he was a pupil of Lorenzo Pasinelli.」だけ転記する。
検索の事例をしらみつぶしに覗いていくと、下記の恰好なサイトが見つかった:
「Astroarte.it - Donato Creti - Osservazioni astronomiche」
この頁には、「教皇庁のお膝元、ヴァティカーノ絵画館に、十八世紀初頭のボローニャを代表するドナート・クレーティが一七一一年に「天体観測」をテーマに描いた八点の絵画がある」という八点が全て載せられている。
さすがに上掲書の挿画ほどには鮮明な画像ではないが、とにかく載せる!
→ ドナート・クレーティ(Donato Creti)『Osservazioni astronomiche Cometa(彗星)』 (画像は、「Donato Creti」より)
藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)によると、軍人で素人天文学者のマルシリが、教皇に送るため、「当時ボローニャを代表する画家の一人であったクレーティに天体観測の様子を描いた八点の風景画を依頼した。それらにクレーティは天文学者と各種の天体観測装置を描き込み、さらに細密画家のライモンド・マンジーニが、マンフレーディの助言によって、太陽、月、彗星、および当時知られていた太陽系の五つの惑星を描いた。天体の描き方が風景のそれと異なり、その大きさもちぐはぐであるのには、そのような理由がある。しかし、マルシリは天体がこのように大きく描かれることを好んだのかもしれない」とした上で、これら一連の天体観測画について次のように説明している:
← ドナート・クレーティ(Donato Creti)『Pastoral Idyll, Dance of the Nymphs』 (画像は、「Donato Creti」より) これは参考のために掲げてみた。「当時ボローニャを代表する画家の一人であったクレーティ」(藤田治彦著『天体の図像学』より)の力量を見てもらいたいからである。
天体を直視できない《太陽》では、接眼鏡から一メートルほどの位置に黒いボードを掲げて観察が行なわれている。《水星》では上空に半月状の水星が、地上には天文観測機械のひとつ、象嵌儀が描かれ、その脇では二人の天文学者が観測について論じ合っている。《木星》には数条の帯と、この絵が描かれた一七一一年の時点ではまださほど目立たない大赤斑が描かれ、画面右端に天体望遠鏡が見える。ガリレイが発見した四つ衛星のうち三つが木星と同じ高さに白く輝いている。《金星》は右側画大きく欠けた姿で描かれ、青いマントを着けた天文学者の背後に象嵌儀が見える。《土星》の輪はひとつしか描かれず、当時の天体観測の限度を示している。(後略)
(08/01/10作)
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