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2008/02/25

長谷川雪旦の『江戸名所図会』

 タイモン・スクリーチ著の『江戸の身体を開く』(叢書メラヴィリア〈3〉 作品社)を読んでいたら、『江戸名所図会』に挿図を付している長谷川雪旦という絵師の名が出てきた。
 ほとんどべた褒めである。
(小生としては、タイモン・スクリーチ著の『江戸の身体を開く』をこそべた褒めしたい気分である。)

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← タイモン・スクリーチ著『江戸の身体を開く』(叢書メラヴィリア〈3〉 作品社

 まあ、下でも紹介するが、生粋の絵画ファンや美術プロパーの方よりも時代劇のファンは、ドラマにしても小説の場面を思い浮かべる際にも、随分とお世話になっている、あるいは、ああ、この時代考証やら風景って、長谷川雪旦の御蔭を被っているなって、思ったりしているのではなかろうか。

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2008/02/22

ジョゼフ・ライト…科学・技術をも照らす月の光(後篇)

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← ライト、ジョセフ Joseph Wright of Derby  『亡夫の武具の番をするインディアンの族長の寡婦 The widow of an Indian chief watching the arms of her deceased husband』(1785 Oil on canvas, 101.6x127cm, Derby Museums&Art Gallery ダービー美術館) (画像は、「アート at ドリアン ジョセフ・ライト」より) 下で掲げてある『Le soldat mort』の画像と併せてみると興味深い。(ラ・トゥールはともかく)カラヴァッジョに学んだことを感じさせるのだが。二人の女性共に胸まで肌蹴(はだ)ているのは何故?

 ジョゼフ・ライトについては、(ネット上では)英語での情報は、さすがに豊富:
Joseph Wright of Derby - Wikipedia, the free encyclopedia
Joseph Wright of Derby Biography

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2008/02/19

ジョゼフ・ライト…科学・技術をも照らす月の光(前篇)

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← Joseph Wright of Derby 『Rydal Waterfall, dated 1795』 oil on canvas, 572 x 762mm) (画像は、「Derby Museum and Art Gallery」より) このサイトは本稿をほぼ全て書き終えてから発見した。ひと目見て気に入ってしまった。ジョゼフ・ライト作品画像については(も)、一番、充実している。拙稿「森の中のフリードリヒ」の末尾に掲げたフリードリッヒの『昔の英雄たちの墓碑』と比べてみるのも面白いかも。

「天体の図像学」の周辺」や「天体を風景画の中に」に続き、藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)を読んでその存在を知った画家をミニ特集する。
 今回は、ジョゼフ・ライト(Joseph Wright of Derby (1734-1797))である。

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2008/02/17

天体が風景画の点景に

 本稿でも、「「天体の図像学」の周辺」に引き続き、藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)を読んで得た知見を元に、幾つかの画像を掲げ、西洋における風景画の変遷の様子の一端を辿ってみる。

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← アールト・ファン・デル・ネール(Aert VAN DER NEER 1603/04-1677)(画像は、「Aert van der Neer prints & canvases - Bridgeman Art On Demand」より) ファン・デル・ネールは、「17世紀に黄金時代を迎えたオランダ絵画の担い手の一人」であり、「画家としての彼の技量は、冬景色、川や運河の眺め、赤々とした光に染まる建築などに十分発揮された。月光や夕日の効果を生かし、メランコリックな感情をたたえる彼の絵画がひろく注目されるようになったのは、ウィリアム・ターナーやカスパル・ダーヴィト・フリードリヒの風景画が大きな共感を呼んだ19世紀ロマン主義の時代であった。アムステルダムで没」とのこと(「静岡県立美術館【主な収蔵品の作家名:アールト・ファン・デル・ネール】」より)

 藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)によると:

 少数の例外を除くならば、地球以外の天体が西洋絵画において写実的に描かれるようになるのは十七世紀のことである。それはアルプスの北と南における西洋風景画の確立と時を同じくした現象であった。例えば、ほぼ同世代のオランダの風景画家アールト・ファン・デル・ネールにとっては月が、そしてクロードにとっては太陽がそれぞれの風景画の重要なモティーフとなる。

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2008/02/11

「天体の図像学」の周辺

 藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)を読んだ。
 感想文を書く余裕はないので、実に羨ましい機会に恵まれた片のブログ記事を参照する:
I my me gallery blog 「天体と宇宙の美学」展(滋賀県立近代美術館)その2……講演会「天体の図像学」

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← 『天体と宇宙の美学』展ポスター 07年秋に開催されていた。(画像は、「sLab 銀猫亭 天体と宇宙の美学」より) 「滋賀県立近代美術館」によると、「地球上の生命の源である太陽。満天の夜空に輝く星と月。広大無辺の空間に漂う銀河系。人間の魂を魅了して止まない宇宙の謎と神秘は、美術の中にどのように表されてきたのでしょうか。天体や宇宙をテーマにした様々な美術作品の中に、芸術家たちが思い描いた宇宙像や夢を探ります」という。

 藤田治彦著の『天体の図像学』(八坂書房)は、内容紹介によると:

古代ギリシア・ローマから20世紀モダン・アートに至るまで、ヨーロッパだけでなく西アジアや新大陸までを視野に置きつつ、太陽・月・星・地球などの天体が、絵画や彫刻などにどのように描き表わされてきたかを、200点以上の豊富な図版でたどり、独自の鋭い視点で考察する。

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2008/02/10

ジョン・ラスキン追記

 拙稿「ウィリアム・ターナー(後篇:悲劇のロマン派画家)」は、決してラスキンを扱った文ではないのだが、たまたまこの稿をアップしようとしたとき、ジョン・ラスキン著『風景の思想とモラル―近代画家論・風景編』(内藤 史朗【訳】 (京都)法蔵館)を読み終えた直後で、(期待が過大だったせいか)本書に失望し、ややラスキンを貶めるかのような記述を末尾に付け足してしまった。

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→ ジョン・ラスキン 「早くから聖書と詩にめざめていたが、少年ラスキンをとりこにしたのは鉱物だった。天保2年の12歳のころ、鉱物に熱中して一人で鉱物事典を自作している」という。(文章・画像ともに、『松岡正剛の千夜千冊『近代画家論』1・2・3 ジョン・ラスキン』より)

 が、彼の描く絵は断固、素晴らしい(称揚し擁護したターナーには比べるべくもないが)。
 中途半端なままにラスキンほどの人物を通り過ぎるわけには行かない。なので、本稿で若干の補足を試みるものである(無論、彼の全貌など小生には到底、展望しきれるはずもない)。

 ラスキンについては、「空と山を眺め描くのみ…ラスキン」の中で、幾つかの作品を載せつつ多少の紹介を試みている。
 是非、ラスキンの手になる作品を見てもらいたいものである。

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2008/02/09

ケーテ・コルヴィッツ:才能は、同時に使命である

 ピエト・モンドリアンの初期の頃のある絵を見ていて、ドイツの彫刻家というか版画家と呼ぶべきか、ある表現者のことを連想した。
 でも、すぐに名前が出てこない。名前もジャンルも分からないではネット検索の遣りようもない。
 ドイツ、版画、彫刻、労働者の悲惨、どこかゴッホ的…。
 これじゃ、検索のキーワードにもならないと思った瞬間、ケーテ・コルヴィッツという名前を思い出した。

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→ 2年前に開催された「ケーテ・コルヴィッツ展」のチラシ。まさにケーテ・コルヴィッツの真骨頂を示す絵が選ばれているので、掲げさせてもらった。(画像は、「企画展 ケーテ・コルヴィッツ展」より)

 ピエト・モンドリアンの初期の頃のある絵とは、「ピエト・モンドリアン(前篇)」なる拙稿の二番目(あるいは三番目)に掲げた版画である。
 ピエト・モンドリアンは後期の作品ばかりがクローズアップされる。
 それは仕方がないのかもしれない。若い頃は試行錯誤があったようだ。それが途中から急激に変っていく。
 一方、ケーテ・コルヴィッツはその意味では一貫しているとも言える。

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2008/02/07

騎龍観音の秘密:原田直次郎

 ひょんなことから原田直次郎(1863-1899)という画家のことを思い出させられた。
 内外問わず美術のことに疎い小生だが、原田直次郎という画家の名前くらいは知っている。
 が、あるブログ(「ドイツ音楽紀行 鴎外「原田直次郎」」)で森鴎外との絡みでこの人物の名前を見て、改めて関心が呼び起された。

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→ 原田直次郎『靴屋の親爺』(1886 キャンバス/油彩 60.3×46.5 額寸87.8×74.0 ) (本作の詳細な情報は、「東京藝術大学大学美術館 収蔵品データベース 人物情報 - 原田直次郎 」にて)

 この記事は、以前にも読んでいるのだが、この数ヶ月、内外の絵画をブログで集中的に採り上げている中で、明治から昭和初期の浮世絵版画家を何人か採り上げてきたこともあり、今更ながら内外の狭間での先人の偉業・難行を見つめてみたく思ったのである。

 今回、記事を仕立てながら幾つかの作品を眺めて、特にオヤッと思ったのは、原田直次郎の風景画である。

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