« 炬燵と美女と猫の浮世絵 | トップページ | マットペインティング "どこにもない" 世界を描く »

2008/01/13

デューラーの憂鬱なる祝祭空間

 風景画ということで、順不同ながらもルネサンスの頃から近現代に到るまで、いろんな画家を採り上げてきた。
 今日は、満を持していよいよ(小生にとってはいよいよ)デューラー(1471-1528) の番である。
 
Durer30

← Albrecht Dürer 『A Young Hare.』(. Watercolour and gouache on paper. Graphische Sammlung Albertina, Vienna, Austria.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より) 言われなければデューラーの手になる作品とは思えないかも。

 デューラーは、美術ファンならずとも彼の画を教科書そのほかで見たことがあるはず。
 ここでは、専門家はともかく、よほどのデューラーファンでないとあまり馴染みではない、こんなデューラーワールドがあったのかという作品を見てみる。

Durer9

→ Albrecht Dürer 『Saint John's Church.』(1489. Watercolour and gouache on paper. The Hermitage, St. Petersburg, Russia.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より)

 やはり、風景画というと、デューラーの存在を逸するわけには行かない。
 尤も、小生はデューラーというと、絵画作品より何より、銅版画である。
 今回、画像を示すかどうか未定だが、小生とて、「メランコリア」などを通じて、デューラーの徒ならぬ存在感を印象付けられてきた。
 尚、画像は主に「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」(ホームページ:「Olga's Gallery - Online Art Museum.」)を参照させてもらう。

Durer10

← Albrecht Dürer 『The Wire-Drawing Mill.』(1489. Watercolour and gouache on paper. Kupferstichkabinett, Berlin, Germany.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より)

 そのデューラーだが、今回、改めて見直してみて、銅版画もいいが、水彩画の魔的な細密描写に驚かされた。
 けれど、頼みの綱の「アルブレヒト・デューラー - Wikipedia」では、記述が案外と物足りない。

 冒頭には、下記:

アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer, 1471年5月21日 - 1528年4月6日)は、ドイツのルネサンス期の画家。同名の父・アルブレヒトは、ハンガリーからニュルンベルクに移住してきた金銀細工師。

Durer16

→ Albrecht Dürer 『View of Arco.』(1495. Watercolour and gouache on paper. Louvre, Paris, France.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より)

 ここでは、「出生」の項を参照させてもらう:

1471年、ニュルンベルク生まれ。父・アルブレヒトはジュラ Gyula の隣村アイトーシュ Ajtós(現在アイトーシュファルヴァ Ajtósfalva、「扉村」の意味)の出身で、Ajtósiと名乗っていた。ハンガリーではアイトーシ・デュレル Ajtósi Dürer とも呼ばれる。

デューラーは、はじめ父のもとで金銀細工師となる修業をするが、後に画家を志し、ミヒャエル・ヴォルゲムートに師事し、ゴシック様式を学んだ。

1494年、アグネス・フライと結婚。

Durer17

← Albrecht Dürer 『House by a Pond.』(1496. Watercolour and gouache on paper. The British Museum, London, UK.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より) 「ドイツ最大の画家といわれるアルブレヒト デューラー(1471~1528)の名をネーミングすることを認められた色鉛筆」は、有名?「Faber-Castell アルブレヒト デューラー水彩色鉛筆」参照。

1494年~1495年にかけてヴェネツィアへ赴き、ルネサンス美術を研究する。

1498年に木版画集「黙示録」にて成功をおさめるとともに、銅版画による作品作りにも積極的に取り組むようになる。人体の比例や遠近法の研究に取り組み、1513年には「騎士と死と悪魔」などの銅版画を発表。

Durer18

→ Albrecht Dürer 『Pond in the Woods.』(1496. Watercolour and gouache on paper. The British Museum, London, UK.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より)

1504年~1507年にもヴェネツィアに滞在し、当地の巨匠、ジョヴァンニ・ベリーニと親交を結んでいる。また、1520年~1521年にはネーデルラントにも滞在している。


 デューラーに限らないが、ネットではやはり下記だろう:
アルブレヒト・デューラー-TOPページ-」(ホームページは、「サルヴァスタイル美術館 ~西洋絵画、西洋美術と主題解説~」という「Salvastyle.com」)

Durer8

← Albrecht Dürer 『Willow Mill.』(1496-1498. Watercolour and gouache on paper. Bibliotheque Nationale de France, Paris, France.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より)

 尤も、今回は比較的紹介されることの少ない側面(風景画や水彩画、余裕があれば銅版画や木版画も…)に照明を当てるということで、上掲のサイトは紹介するだけになる(と思う)。

「水彩画教室レポート」(「きよたのみどりホームページ」)なる頁の「水彩画のはじまり」という項に以下の記述がある:

 18世紀にイギリスで水彩画が広く浸透するずっと以前に、その起源ともなった水彩画の革新者として有名なのがドイツ人画家、Albrecht Durer(1471-1528)です。Durerは、当時他の画家たちが興味を示さなかった水彩の価値を見出し高めた 最初の画家と言われています。 動物、植物、風景に至るまで多数の水彩画を残し、彼の水彩は多くの画家たちが模写の対象としました。その後、イギリスを中心に水彩画の芸術的価値が確立されましたが、その時代の基礎となり、現代的な水彩の歴史の起源としてDuereの水彩画は後の画家たちに大きな影響を与えました。

Durer31

→ Albrecht Dürer 『The Large Turf.』(1503. Watercolour and gouache on paper. Graphische Sammlung Albertina, Vienna, Austria.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より)

≪Melencolia I ≫Albrecht Durer」(ホームページ:「GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVE exhibition」)はデューラーの「Melencolia I」理解の上で秀逸な頁である。
 その冒頭に、下記の記述がある:

「花や草や動物といった自然界の対象を、彼ほど精密に描いた人間はいません」。ケネス・クラークは、『芸術と文明』の中で、アルブレヒト・デューラー(1471-1528)の素描をこう賛美しつつ次のように付け加える。「しかし私の考えでは、何かが――内面生活が――欠けています。彼の有名な草の水彩画をレオナルドの素描と比べて下さい。デューラーの水彩画は、一点に注がれた目的意識、そして有機的な生命感覚になんと欠けているでしょう。動物の剥製が納まっている陳列ケースの背景みたいです」(ケネス・クラーク『芸術と文明』河野徹訳、法政大学出版局、1975、p.152)

Durer1

← Albrecht Dürer 『Knight, Death and the Devil.』(1513. Engraving.) (画像は、「Albrecht Dürer - Olga's Gallery」より) 「翼をもつにもかかわらず飛ぼうとしない女性は、複数の技法を前にしながらも最終的な審級に到達できないという憂鬱に沈んでいるかのようである」、そんなさまを描く『Melencolia I』は、「≪Melencolia I ≫Albrecht Durer」でじっくり見てもらっただろうから、ここでは、これを掲げる。Knight(騎士)は恐らくデューラー自身なのだろう。徹底して客観的で正確な描写によって動植物や人間や風景をも含めた描かれるべき、つまりは征服されるべき対象に立ち向かう騎士の、際限のさいドン・キホーテ的な無謀な戦いに明け暮れるしかない、天才にしか分からぬ蟻地獄を知る者の憂鬱と孤独。それにしても、『Melencolia I』にしても『St. Jerome in His Study』にしても、憂鬱で深刻(そうな)人物像に比べ、足元などで惰眠を貪る動物たちの表情の安らかなこと。

 この節のあと、「「動物の剥製」あるいは「陳列ケース」というのは、的確な比喩である」と続く。
 このくだりは、直上の『The Large Turf』や冒頭の『A Young Hare』を念頭においての<的確な>比喩なのだろうか。
 尤も、「≪Melencolia I ≫Albrecht Durer」なる頁の記述を最後までじっくり読んだ上で、この意見への賛否を考えたほうがいいだろう。
 特に、「イメージと対象、表象と表象されたものが乖離してしまうことこそがアレゴリーの根本的な様態に他ならない。合理的な方法を用い対象に接近すればするほど、そこで得られる迫真的なイメージは対象と切り離されてしまう」とあれば、尚更、慎重にその<的確さ>の如何を考えざるを得なくなるだろう。
 まあ、小生は、デューラーのこうした細密画風な水彩画を観ると、ケネス・クラークが言うような意味で内面生活が欠けているというより、徹底して肉眼にこだわった彼の精神の不可思議を感じてしまう。

                        (07/12/13作)

|

« 炬燵と美女と猫の浮世絵 | トップページ | マットペインティング "どこにもない" 世界を描く »

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

美術エッセイ・レポート」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52847/17509453

この記事へのトラックバック一覧です: デューラーの憂鬱なる祝祭空間:

« 炬燵と美女と猫の浮世絵 | トップページ | マットペインティング "どこにもない" 世界を描く »