浮世絵版画に文明開化:小林清親(前篇)
身辺にちょっとした異変のある予感。
でも、そうした中でも、こうして画面に向かって昔日の面影を辿っている間だけ、ちょっとした平安が保てるような気がする。
← 本日、室内にあった蔵書を処分。ここ十数年の間に購入した本はほぼ全て手放した。多分、千冊以上。残ったのは数十冊だろうか。画面は処分先の業者が来る前の蔵書の山(の一部)。感想…部屋がちょっと広くなった。
小生は生まれは富山だが、東京で暮らして来年の三月で丁度三十年となる。
生まれ育った富山よりは居住している時間はずっと長いわけである。
都内で働きつつ暮らしていて、最初のうちは東京の地に生まれ育った先人のことにはあまり思いが到らなかったように思う。とにかく本を読む。中味が大事というわけである。
→ 小林 清親『東京新大橋雨中図』 (画像は、「静岡県立美術館【主な収蔵品の作家名:小林 清親】」) 架けなおされた新大橋を車で何度、往来したことだろう。
それはそうだが、馬齢を重ねてくると、段々、少なくとも日本、特に東京(や仙台や富山など)といった居住した地に馴染みのある作家の生まれ育った、あるいは思いを寄せた場所はどんなふうだったのか、そして今はどうなのかを知りたくなってきた。
東京では落合近辺、高輪近辺、大森(馬込)近辺などに暮らしてきた小生だが(仕事を含めると関わった範囲はずっと広まる)、そうした地にも作家や画家や、あるいは名もない人も生まれ育ち悩み喜び亡くなっていったわけである。
馬齢のせいなのかどうか、知名の方に興味があるのは無論だが、名もない先人の歩き生活した場所も、昔、彼らが活躍した当時はどうだったのかを知りたくなってくる。
← 小林 清親『海運橋(第一銀行雪中)』 (画像は、「静岡県立美術館【主な収蔵品の作家名:小林 清親】」)
きっと、自分も無名の人間として遅かれ早かれ消えていくからなのだろう…か。
東京に限らないのだろうが、ほとんどの道はアスファルトかコンクリートの下に先人の歩いた、汗水を垂らした、涙どころか血だって滴らせたかもしれない、そんな土の道は覆い隠され、隔てられてしまっている。
隔靴掻痒という言葉があるが、思いは募らせても、コンクリートの壁が分厚く立ちはだかっていて、小生などの惰弱な思いなど撥ねつけられそうである。
とてもじゃないけれど、思いを貫き通すことなどできそうにない。
→ 小林清親画『高輪半町朧月景』(明12) (画像は、「一心 みずい版画」より) 81年4月から91年の3月まで、高輪に居住していた。泉岳寺にも何度行ったことやら。
でも、小生の父の世代、祖父の世代、曽祖父の世代の人たちの暮らした町並みを見てみたい。歩いてみたい。
歩けないなら、せめてその橋の袂(たもと)にでも立って、思慕というわけでもない、愚にも付かない思いに過ぎないのだが、昔日の活気や熱気や情緒をほんの少しでも実感したい。
写真があるならそれでよし。でも、幕末から明治、大正、昭和の前半となると、写真で写された風景というは限られているのだろう。
いや、そんなことではなく、小生は版画という形で見てみたいのである。
写真と版画(絵画)とはどう違うのか、あるいは共通するところもあるのかどうか、そんな議論などしたくない。
それぞれに長所があり特徴があるに決まっている。
← 小林清親画『浅草田甫太郎稲前』(明10) (画像は、「一心 みずい版画」より) 浅草へも何度も足を運んだが、やはり、浅草サンバカーニバルの思い出が熱い!
ただ、風景のあるその場に絵師が立って、雨の日もあれば、雪の日もあろう。あるいは晴れていたって、日陰に引きこもってばかりもいられないだろう。
そう、昔の写真は写すのに今以上に時間を要したということらしいが、あるいはそのようにであってもいいのだが、得がたい光景のある場所を探し求め、その場にじっと佇み、それとも、人びとの評判を耳にし、また、江戸の世からの定番の場所もあるのだろう、そんな場に際会して、そして絶好の風景を捉える。絵に定着しようとする。
一瞬の光景で、実際には現実に現れても瞬時にして消え去り違う光景に変わりゆくはずであり、もしかして絵師の理想の光景かもしれない。ひょっとして客のニーズに応えようとする苦肉の策として現出…創出される光景なのかもしれない。
→ 小林清親画『浅草蔵前之夜』(明治) (画像は、「一心 みずい版画」より)
そんな光景を見たいのだ。
その場に自分も立っていて、もしかして過ぎ行く己の祖父の姿を垣間見たいのだ。
曽祖父があるいは何処かの橋の袂どころか橋の下で暮らしていたやもしれない。雨宿りとばかりに見知らぬ家の軒先を借りていたやもしれない。安宿に泊って明日の商売は何処でやろうかと考えていたかもしれない。
単純に考えると、自分の両親は父母の二人として、その父母の親は四人。そのまた親は8人となる。
無論、男系・女系なんて全く無視。
「浮世絵版画に文明開化:小林清親(後篇)」へ続く。
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