愛のファンタジア(リベルダージ新年会番外編)
[画像は全て、Charlie K.さんの「Charlie K's Photo & Text」からのものです。サンバエスコーラ・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)主催による「2007年リベルダージ New Year Party」の模様を写したものです。「2007 Liberdade New Year Party」にて全ての画像を見ることができます。地の文と画像とは別物と思ってください。なお、本編は「花小金井パレード番外編:地上の熱帯魚たち」の姉妹編です。]
言葉というのは、受肉された心なのではなかろうか。
それとも、肉体としての心の悲鳴であり歓喜であり溜め息、それが言葉なのではないか。
言葉が受肉した心であることの証左は、言葉が肉体から発せられるということだけではなく、言葉が常に誰かに向って発せられていることでも分かる。
言葉とは交歓なのである。
言葉とは交わりそのものなのだ。
……そして人は自らの無力を知る。
何ゆえの無力なのか。
それは愛する心を身の内に覚えるが故の無力感なのである。
そこに人がいる。愛する人がいる。
そこ、すぐそこにいる!
なのに、自分は何もできない。
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