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2006/11/26

カーニヴァルテーマ「太陽」(2)

 これら一連の文章(画像群)については、「カーニヴァルテーマ「太陽」(1)」の冒頭付近に書いてある注意事項に留意願いたい。
 サンバ用語に付いては、「サンバチーム「ブロコ・アハスタォン」サンバ用語集」参照のこと。

Komisan1

 言うまでもないが、我がサンバチーム・リベルダージ(G.R.E.S.LIBERDADE)の今年の浅草サンバカーニヴァルテーマ「太陽」を意識しており、浅草でのパレードの様子を表す画像集と意識しての文章だということにも注意を喚起しておく。
 また、決してパレードテーマの解説ではなく、勝手な解釈と思い入れをしているだけだということも明記しておく。
 画像はいずれも、画像の使用を快諾してくれている「Charlie K's Photo & Text」からのものである。

太陽を崇めるアーラ

カーニヴァルテーマ「太陽」(1)」の「太陽コミサン」の項で、「古代において、太陽が真昼間に姿を掻き消されてしまったなら。地にあるものは皆、パニックだった。何か悪いことの前兆であり、その咎(とが)の一切は祭祀をも担う支配者が負うしかなかった。死を以て贖うしかないほどの大事だった。」と書いた。
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 そう、「太陽を神と崇める古代の人々は、突然欠ける(蝕まれる)太陽の姿に恐れおののきました。悪魔が太陽を食べてしまうと考えたところもあったようです。時の権力者達は、自分の力を誇示し国を治めるために、太陽や月の動きを詳しく観察して、暦を作ったり、日食や月食を予報させ」たのだった。
Imgp6037

 古代において、太陽を崇め、あるいは神とする宗教は世界各地に見られる。
 エジプトのラー 神(RA)は頭上に神を戴く。天照も、太陽を神格化していることは言うまでもない(天の岩戸伝説も、日食という畏怖すべき現象の齎したパニックを歴史的背景にしているのだろう)。
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 古代ローマのミトラ(ミトラス)教も光明の神を崇拝するものである。
仏教には、弥勒菩薩が存在し、「弥勒信仰」がある。この弥勒は、サンスクリット語ではマイトレーヤというが、マイトレーヤとは、ミスラの別名」なのだ。
 また、「ソル (ソール)は、ローマ神話の太陽神」だとも。
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 ハワイでは観光客はフラダンスで出迎えを受けるそうだが、フラダンスの「フラ」は、本来は神聖な踊りなのだという。「古代ハワイのポリネシアン系先住民の間で、神々を崇めるための宗教儀式の一環として踊られていたのが「フラ」」なのであり、「ハワイにおける古代宗教とは、森羅万象あらゆるものに神が宿っているという「自然崇拝思想」 」なのだそうだが、その象徴は太陽に他ならないのではないか。
 古代マヤ文明の人々が如何に太陽崇拝の虜だったことか。「古代マヤ人にとっては自然界の全てが聖なる存在であった。とりわけ全ての生命が恩恵を受けている太陽は最高の存在であった」のである。


アポロンアーラ

アポロンは、ギリシア神話に登場する青年神である」。
 但し、「主神ゼウスとレトとの息子で、アルテミスとは双子。後期には光明神の性格を持つことからヘリオスと混同され、太陽神とされたが、元は予言と牧羊と音楽(竪琴)と弓矢の神」なのであるが。
Imgp6041

アポロンは、のちにローマ神話にも取り入れられ、アポロの名で呼ばれるが、ほとんど太陽神として信仰された」とあるように、むしろ、古代ローマにおいて、太陽神として信仰されたようである。
 (注)この頁で各種のアポロ像を見ると面白いかも。→ 「CategoryApollo - Wikimedia Commons
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「フリードリヒ・ニーチェは、理性をつかさどる神として、ディオニュソスと対照的な存在と考えた」というのは、有名だが、理性(アポロ)とディオニュソスとはそんなに対照的なものなのか、小生は疑問に感じてきた。理性って、その厳しい道を伝っていくと、気がついたら、狂騒と狂想と狂躁のディオニュソス以上に魔的なのではないか。
 要は山(闇と謎の海)の頂上(海底)に至るルートが異なっているだけなのではないか。
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ダフネは、テッサリアのペネイオス河の娘である。アポロンがエロスをからかったことから、エロスは黄金の矢(愛情を芽生えさせる矢)でアポロンを撃ち、鉛の矢(愛情を拒絶させる矢)でダフネを射た。このため、アポロンはダフネに愛情を抱いたが、ダフネはアポロンの愛を拒絶した」というダフネの物語が面白い。
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 それにしても、何故、アポロンはエロスをからかったのか。
 原初神であるエロスにはさすがのアポロンも手を出さざるをえなかった?


小アレゴリア・望遠鏡と天球儀

 先ごろ、太陽系の惑星群で、これまでの9個が12個になるか、それとも、冥王星を外すかで論議となり、結果、冥王星の惑星の座からの降格が決まった。我が地球の月より小さいし、軌道が他の惑星たちとはずれているから、仕方がなかったのだろう。
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 惑星ではないが、ガリレオは木星の衛星を発見している。
ガリレオは望遠鏡を最も早くから取り入れた一人であ」り、「オランダで1608年に望遠鏡が発明されると、すぐに10倍の望遠鏡を入手し、さらに20倍のものに作り変えた。これを用いて1610年1月7日、木星の衛星を3つ発見。その後見つけたもう1つの衛星とあわせ、これらの衛星はガリレオ衛星と呼ばれている」という。
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 ガリレオは、「望遠鏡での観測で太陽黒点を観測した最初の西洋人となった」が、「望遠鏡で太陽を直接見たため」(!)、「晩年に失明」したとか。肉眼で見ても一瞬にして焦げちゃいそうだが。
 それより地動説か天動説かを採るかでは、命の危険もあった、このことのほうが凄いのかもしれない。
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天球儀」とは、「球体の表面に、天球に投影された星座、赤道・黄道などを記入し、天の南北両極を軸に回転できるようにしたもの。天体の位置を知るのに使う」というもの。
大航海時代に大きな役割を果たした地球儀や天球儀は、16世紀前半からヨーロッパで製造されていたが、当初は記述が不確実で想像図が多く実用性には欠けていた」という。

 地球が丸いということを信じたからこそ、大航海時代が幕開けした…。
 確かにその通りなのだが、中国人にしろアフリカのある地域の人々にしろ、コロンブスの時代よりも前から既に世界の海へ雄飛していたのだ。
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 ちょっと順番が逆になったが、「望遠鏡が発明されるまでの中世では、天文学者たちは肉眼と数種類の測定器によって星たちを観測していました。代表的なものには星の高度や方位などをはかるために使われたアストラーベをはじめ、星や惑星の位置をはかる回転儀、星と星の距離をはかる双球儀、星の位置をはかる四分儀、六分儀などがあげられますが、とくに天球儀は、星の位置を知るにはたいへん便利な道具として現在でも使われています」という。
Imgp6329

 そう、天球儀とは、肉眼での天体観測を前提とした機器なのである。そして、近似的には現代においても実用的でありえるのだとか。

 それにしても、いつの頃だったか、天(天の星)を見るとは、過去を見ること、遠く(深い)宇宙の闇を覗き込むとは、それだけ遥かに遠い過去を観ることでもあると知ったときは、なんだか夢のような気がしたものだ。
 星の煌き。どんなに近いものでも少なくとも数年前の彼方から放たれた光を今、この自分が見ている!
 星界が我々を魅了するのも無理はないというものだ。

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