« W.ブランケンブルク著『自明性の喪失』 | トップページ | 菅原教夫著『現代アートとは何か』 »

2006/01/20

曽野綾子著『傷ついた葦』

 曽野綾子氏という存在はずっと気になってきた(文中敬称略)。
 といっても、作家としての曽野綾子にではない。
 小生が彼女の名前、そして存在を初めて意識したのは高校時代のことだった。名前だけは芥川賞作家だし、知っていたとは思うが、強烈に意識したという意味では、高校二年の秋だったの頃が最初だった。
 というのは、その頃、小生は好きな人がいて、その彼女が持つ関心事は何事にも関心を抱くわけで、文学の分野でいうと、身の程知らずにもゲーテの詩集を初めて読んだのも彼女の影響なら、『若きウエルテルの悩み』を幾度となく読んだのも、その流れだったのである。
 ゲーテの詩集ということではないが、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』などを失恋してしばらくの頃に読み、作中のミニヨンに思い入れをしたりした。
 但し、この小説では、ミニヨンがヴィルヘルムに思いを寄せるのであって、全く、現実の小生とは構図が逆なのだが、それがまた傷ついた心には、傷口に敢えて塩を擦り込むような被虐的な、その意味で訳もなく甘美な読書体験となったものだった。
『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』の中で知ったのか今となっては定かではないのだが、「憧れを知る者のみが、わが悲しみを知る」という言葉にどこまで癒され、あるいは嗜虐的に悲しみを深めたことだろう。
 後年、ドイツ語を中途半端に学んだりしたが、この詩句の原文を探し出した記憶がある:

 Nur wer die Sehnsucht kennt, Weiß, was ich leide !

 別に断る必要もないかもしれないが、小生は、かなり無理してゲーテの世界に親和しようと健気にも努めていたという、やや苦いというか、今となっては微笑ましい記憶がある。どうも、教養小説というか、様々な経験・人生遍歴を経て人間が成長するという教訓っぽさに辟易していたのだろうと思う。
 少なくとも、自分についていえば、経験が少しも自分に生きていない。失敗は重ねたりもしたが、それを生かして人間として成長したという自覚がまるでないし、そのように心掛けようという気も、なかったとまでは思いたくないが、稀薄だったような気がする。
 人間は、それなりに成長するという面を頭ごなしに否定する気もないが、木の生長のように、幹の中に年輪が多少のデコボコがあっても重ねられていく…というより、途切れ途切れの、というかブチ切れの、飛び飛びの、斑模様の、我ながら掴み所のない人間性があるような、ないような、なのである。
 これでは、あまりに人間として心もとない。情ない限りである。それでも、高校生の頃は、少しは素直にSehnsucht(憧れ)を知る人間であり、だからこそ、leiden(悩む)したりもしているのだと思っていたのだ(思いたかったのだ…)。

 また、脇道に逸れてしまった。そう、曽野綾子のことである。
 確か、初恋の彼女は(これまた断る必要もないのだが、あくまで片想いである)、曽野綾子の『誰のために愛するか』という本を読んだと言っていた。当時、ベストセラー本で、彼女、格別なコメントをこの本について話したわけではなかったが、ただ一言、「この本、わたしには早すぎるかも」なんて、ポツリと。
 この「早すぎる」が、「難しすぎる」だったかもしれない。

 ところで、早とちりの小生、何故か、胸騒ぎしてしまったり。というのは、この本は、何か大人の愛を描いているのであり、そこには当然のことながら、そのような場面も描かれていて、だから、彼女は自分には早すぎるかもと言ったに違いないと、勘違いしてしまったのである。
 実は、初恋の彼女自身が信者だったかどうかは分からないが、教会に通っていた(かキリスト教に関心があった)のだった。確か、カトリック系の教会である。
 だからこそ、当時、ベストセラーで、出目昌伸監督の手で、映画化もされたのだが、それだけではなく、曽野綾子がカトリックの信者だからという理由もあって、読んだのだったろう。
 ただ、内容が、「結局、その人のために死ぬ事が出来るなら、それが本当の愛である」と、やや当時の彼女には高度なものと映ったに過ぎなかったのだろうと推測される。

 さて、順序が変かもしれないが、ここで曽野綾子の略歴などを。彼女のことを知らない方もいるかもしれないし:
土木の社会的価値とすばらしさに自信と勇気を  副題「32年前のタイの建設現場は旧約聖書「ヨブ記」そのもの

 彼女は、小生が生まれた直後の頃、聖心女子大学英文科を卒業されている。仕事で、その大学の傍を通ることがしばしばある小生、今度は、違う目でこの大学の門を見るかもしれない。中に入らせてくれないかな…。
 上掲のサイトでも彼女の話を読めるが、もっと若き日(二十歳の頃)の彼女や文学などに焦点を合わせた話を下記のサイトで読める:
曽野綾子にきく

 彼女、「小学校六年生の頃から小説家になりたかった」し、実際に書いていたのだとか。根っからの小説家なのである。「私の家庭は父と母が不和で歪んでましたからね。現世は「地獄」だと思っていました」とも語っておられる。
 また、宇野浩二の、「小説家になる才能って、何ですか」という質問に対する宇野浩二自身の答え、「運、鈍、根」を例に引き、「小説家になるには、第一に運のいい人でないと駄目。それから、適当に頭が悪くないといけない。適当に頭が悪くて、根だけはいいのがいいの。だって、毎日毎日机に向かって、私は今でこそワープロですけれど、ひと字ひと字書くんですから」などとも話しておられる。

 さて、肝腎の表題の本の感想を書いていない。

 カトリックの方だけあり、小説のテーマもキリスト教に絡むものであり、本作でも教会の神父の信仰と人間としてのじぶんとの板ばさみを描いている。
 特に興味深いのは、主役である神父が、自分でも凡庸な存在に過ぎないし、そのように信者らに見られていると、はっきり自覚している点だろう。
 小説には、主役の神父に比べ、若く人気のある神父が登場する。当然、若い女性に人気があり、とうとう深い因縁を持つことになる。そして教会を去っていく。残るのは、依然として凡庸なる自分だけ。主役より引き立て役の若き神父の影の役目を彼が果たしている羽目に。なんだか惨め。
 しかし、そんな信者にも教会の本山にも気に掛けられないような存在であっても、風に吹かれ、靡き、倒れそうであっても、ここにこうしているということ、そのことだけでも、実は、信者等の信仰を支える上で、大切な役割を果たしていることになる…。
 決してヒーローの物語でもないし、むしろ、苦い認識で終わる話なのだが、しかし、大人が読むに耐える小説だし、別にカトリックの信者ということでなくても、読めば何かしら感じるものがあると思う。

 せっかくなので、表題の「傷ついた葦」という言葉の典拠を示しておこう。それは、「私の支持する我がしもべ。私の喜ぶ、我が選び人を見よ。…彼は叫ぶことなく,声をあげることなく,また傷ついた葦を折ることなく、ほの暗い灯心を消すことなく、真実を持って道を示す」(イザヤ42:1-4)である。
 彼は叫ぶこともなく、声を上げることもなく…。そう、多くの人は、大袈裟なパフォーマンスをするでなく、脚光を浴びるでもなく、決して目立つことなく、それどころか評価の対象にさえならないで、地道に働いたり、家庭や地域で役割を果たしている。そうして、やがて、誰に気付かれることなく、蝋燭の焔の消えるよりも儚く人生の舞台から消えていく(予感を抱いている)。

 そうした自分を評価してくれるのは誰か。連れ合い? 伴侶? 子供? 親友? 社会? とんでもない、もしかしたら、自分さえ自分を評価できないかもしれない。
 キリスト教徒ではない小生は、神だけが見ている、神に選ばれたのだという意識も毛頭、ない。そんな自分をどうやって支えていけばいいのだろう。よろよろもたもた、ジタバタヨチヨチ、恰好悪いこと甚だしい。でも、生きている。そしてとりあえず、今日と明日は生きているだろう。でも、明後日は? そんな先のことは、分からない。別にニヒルを気取らなくても、明日のことなど誰にも分からない。
 それでも、何かしら、縋るように生きる。しかも、真実を示す誇りもなく。それでも、生きる、生きていけるとしたら、そのためには、せめて何がどうあったらいいのだろうか。
 そんな、ともすれば不毛になりがちな感懐を抱いて本書を読了したのだった。

(原題:曽野綾子著『傷ついた葦』の周辺
04/08/30付けメルマガにて公表済み)

|

« W.ブランケンブルク著『自明性の喪失』 | トップページ | 菅原教夫著『現代アートとは何か』 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 曽野綾子著『傷ついた葦』:

» 宇野浩二と直木三十五 [直木三十五記念館の日々]
 「小説の鬼」と呼ばれる宇野浩二は直木三十五と同い年で、幼少から少年期を大阪で過ごしている。今と学校制度が違うのだが、高等小学校(現在の小学校高学年と中学をあわせたようなもの)で宇野と直木は同級生である。  これは私の推測であるが、直木は宇野のことは高等小学校の頃から知っているが、宇野は直木のことを知らないあるいは憶えていないと考える。    宇野浩二は自身で直木との出会いを大正9年であると記し... [続きを読む]

受信: 2006/01/20 17:15

« W.ブランケンブルク著『自明性の喪失』 | トップページ | 菅原教夫著『現代アートとは何か』 »