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2006/01/01

志村けん著『変なおじさん』

 志村けん著『変なおじさん』(日経BP出版センター)を読んだ。「初の自伝的エッセイ」と銘打ってある(以下、敬称略)。
 帯には、「ドリフ、全員集合、だいじょうぶだぁ、変なおじさん、バカ殿、アイーン お笑いバカ人生48年の胸の内をすべて語った」と謳われている。
 裏表紙には、「そうです、私が変なおじさんです」 と、表題の「変なおじさん」が採られたギャグ(?)も、丁寧にも示されている。さらに、帯には、その変なおじさんがポーズ(?)を決めた瞬間の、目を真ん中に寄せ両手は内に絞りながら後ろに突っ張らせる、例の顔や仕草の写真が掲げられている。

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→ 志村けん/著『変なおじさん【完全版】』(新潮文庫 新潮社

 ところで、ギャグに(?)を付したのには、訳がある。それは、志村けんのコントは、基本的に事前に徹底して練られた案を土台にして演じられているのであり、行き当たりばったりに思いつきでギャグが振り出されているわけではないからである。
 つまり、おふざけしているように見えるが、あくまで芝居なのである。計算されたドタバタなのだ。
 実際には、舞台などの上で、志村けんと共演する相手との遣り取りで、台本を元に練習したものを、それなりの即興などで、さまざまなヴァリエーションが奏でられるようだけれど。
 志村けんに限らず、ドリフターズのコントは、徹底した検討と練習と、そしてなにより凝りに凝った小道具の数々に特徴がある。無論、舞台上での体当たりの演技は言うまでもない。

 志村けんが荒井注に代わって、ドリフターズのメンバーとして舞台に登場した頃のことを覚えている。小生、荒井注が結構、好きだった。無愛想としかめっ面の小太りの小父さん。真面目腐っているように見えるが、気が小さいし、ドジばかりする。で、失敗がバレルと、開き直って、「なんだ、バカヤロ」と、ギョロリと相手を睨んだりして、一層、怖そうな表情で威嚇しようとするのだけど、それがまた、見ているほうは滑稽でならない。愛される小父さんキャラクターだったのだ。
 その彼が突然、引退を表明し、その後釜に志村けんが登場したのだった。裏では事情があったのだろうが、いかにも唐突の感が否めなかった。また、志村けんが舞台上で懸命に必死にコントを演じているのが分かるのだけど、他のメンバーからも、舞台からも浮いているように小生には思えて、なんとなく見ていて辛かったりした。
 本書によると、お客さんが、志村けんが登場すると、サーッと引くのが分かったという。だから辛かったと率直に書いてある。

 が、ある頃から、肩の力が抜けたのか、メンバーらとの遣り取りも自然なものに思えるようになった。ヘチマという花(?)がある。その花言葉は、「剽軽な・悠々自適・お気楽」のようだが、まさに、剽軽(ひょうけい)な演技を披露してくれるようになったのである。
 まあ、それまでドリフターズのコントの中心だった加藤茶の「ちょっとだけ」などのネタなどが飽きられ始め、ややドリフターズの人気に翳りが見え始め、そうなると小道具のはずが、危険なばかりの大道具みたいになり、その実、体を張ったわりには、必ずしも観客にも茶の間にも受けなかったりする。
 悪循環の時期があったのだ。
 そこに志村けんの登場で、ある意味、担わされた期待も大きかったのだろうし、本人のプレッシャーも相当なものだったろうと思われる。肩に力が入って、当然だったのかもしれない。

 ドリフターズのメンバーとしての初舞台当時、24歳だったとか。
 そこの苦しいところを彼は突き抜けたのだった。舞台で、一所懸命に遣るのはいいけれど、それ以上に、楽しそうに遊んでいるとお客さんに思われる、そのようになって初めて、受けるようになったのだ。
 その頃だろうか、髭ダンスとか新しいコントがドンドン生み出されるようになった。志村けんの登場で、逆にまた、加藤茶が生き生きし始めた。二人がダイナモになることで、ドリフターズも生き返ったようだった。リーダーのいか
りや長介も、二人を中心に思いっきり、メンバーをいじることで、芝居やアイデアの巾も広まったように思えた。

 ところで、本書の最初の辺りには、志村けんの成り立ちを語るエピソードの数々が披露されている。家が、父が厳格だったこともあり、よく正座させられたとか、あるいは外にある便所が暗くて怖かったとか、サツマイモばっかり食べていたとか、とにかく面白ファミリーではなかったという。
 他にも、運動会でウンコをもらした小学一年の時の思い出も、彼には忘れられないエピソードのようだ。
 小生にも、小学校に入った頃に一度だけ(?)ウンコをもらした忘れがたい思い出がある。今でも多少はそうなのだろうが、小学校では、オシッコはともかく、学校で大をし辛い雰囲気があった。
 が、ウンコは大概、我慢ができる。実際、我慢を通したものだったが、しかし、下痢となると、どうしようもない。それでも、小生の家は学校から、走れば1分も掛からないので、休憩時間とかに、こっそり抜け出せば、なんとかなる。

 ところが、或る日、そうは問屋が卸さない時があった。
 下痢気味だったのを我慢し通して、なんとか下校の時間までは持った。が、しかし、学校から僅か百メートルにもならない我が家への道のりを持たせることができなかった。そして、ついに、……なのである。
 が、小生の場合、他人の目には全く触れなかった。僅かにお袋には気付かれたはずだが、別に特段、咎められた記憶もない。
 志村けんは、よりによって、運動会でのかけっこのスタートの時に、やっちまったのである。一生、忘れられるものではない。この経験が、後のコントに生かされたかどうかは、分からないが。

 でも、あまり本書の脈絡には関係ないエピソード、しかも、本人のものではない逸話が興味を惹いた。
 それは「クレヨンを食う女」という章に書かれている。

 やはり、小学校(分校)時代のこと。授業中に隣り合わせになった女の子。無口で、クラスでも孤立した女の子だったようだ。たまに髪に寝癖が付いていたりする。
 それだけならともかく、その子、クレヨンを食っていたというのである。うまそうに。「口の中で6色くらいのクレヨンの色が混じりあって、すごく気持ち悪い色になっていた」とか。
 それを見た志村が、鳥肌が立ち、「先生ー、こいつクレヨン食ってるよ」と叫んだ。すると、その子は、志村を怖い目をして睨んだ後、「ウオー!!」と言うなり、窓を飛び越えて、雨の中を走り出してしまったというのだ。裸足で逃げるその子の短いスカートが揺れ、足がとても長く見えた、という。
 女の子は、近所のイモ畑に逃げ込んだのだが、それをまた、志村が見つけ、「いた!」というと、彼女は、見たなーという顔で彼を見詰め返す。雨の中、口の中の6色のクレヨンが溶け、デロデロになっている……。
 敢えて、先生に言う志村、敢えて、女の子を追いかける志村。見つけ出して、
「いた!」と叫ぶ志村。

 小生が小学校時代、隣り合わせになった女の子のことで覚えていることがある。
 或る日、休憩時間にお人形さんみたいに可愛いその女の子が、椅子に坐ったまま、「ほら、ここ怪我したの」と、突然、スカートを思いっきり捲り、白いパンティも露わにして見せたのだ! 
 パンティより白いかと思えるような太股が根元まで見える。というのも、その怪我というのは、ナイフか何か鋭利なもので傷付いたと思われる長さ十センチ、巾は数ミリほどの傷で、まさにパンティすれすれのところにあったので、スカートを腰まで捲り上げるしかなかったのだ。
 彼女は、とても無邪気な女の子で、恥ずかしがる風もなかった。その時、近くに他の男の子もいた。小生のほかには、そいつだけが、一瞬の出来事に気付いた。彼女はすぐにスカートを下したが、彼は間近でそのナイスショットを見た小生を羨ましそうに見ていた…。結構な優越感を覚えたりして。

 さて、志村けんのことについて書き出すと、切りがない。彼の演じたキャラクターでは、名演技である酔っ払いもいいが、ひとみばあさんが好きだった。
 本書を読んで知ったのは、そのひとみばあさんにはモデルがいたということ。へエー、である。よほど、チャーミングな方なのだろう。
 ただ、あまりに<ひとみ>の印象が強いので、ひとみという名前の女性がテレビやラジオで活躍しても、つい、志村けんの演じるキャラクターとダブってしまう。歌手の島谷ひとみさんも、「モーニング娘。」の吉澤ひとみさんも、
その名もズバリ、hitomiさんも、名前を聞くだけで、小生、ついつい志村けんのひとみばあさんの顔が浮かんできてしまう。志村けんファンならではの、困った弊害である。

 他にも、志村けんと共演した柄本明や、歌手としても好きだが、コントの演技者としても達者な吉 幾三らのこと、あるいは女優の石野陽子とか、渡辺美奈代、松本典子、川村ひかる、萩尾みどり(この人の影の薄い、薄幸そうな子連れの夫人の役が好きだった)などのことにも触れたいけれど、またの機会に。
 ところで、志村けんは、早く結婚して二世を作り、一緒にコントしたいというのが夢だとか。本書が刊行されたのが98年。それから、早、6年、未だ、夢が叶っていないのが今のところ、彼にとって最大の心残りなのかもしれない。
                     (04/08/03 メルマガにて公表)

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