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2005/09/11

柳澤桂子著『生命の不思議』

 柳澤桂子著『生命(いのち)の不思議』(集英社文庫刊)を読み終えた。彼女は、もともとは生命科学者だったが、病名も原因も不明の難病のゆえに研究者生活を断念し、サイエンスライターとなった。そんな彼女の本を読むのは本書で三冊目である。
 エッセイの本であるが、同時に、やや遺伝子の問題も含め、やや専門的な話も多い。それがまた魅力なのだが、そうした話題について感想を言うのもおこがましい。
 また、本書は、彼女にとっては特別な本であるようだ。というのも、これまでの本は避けられないと思われた死と向き合う中で書かれた本だったりしたのが、本書は、あるいみで社会復帰の最初の一歩となる本なのである。
 さて、専門的な話題は他の方に任せるとして、ここでは本書の中でも採り上げられている彼女の神秘体験のことに触れて見たい。
 彼女自身の神秘体験のことは、その解釈はともかく、彼女自身のコメントの形で、例えばこのサイトなどでも読める:

 本書からも引用すると、病気で研究者生活を断念して食事も喉を通らない日々が続き、ある仏教の解説書を時を忘れて読み耽ったとした上で:

十一月であったので、日の出は遅かったと思うが、やがて、障子が白みかけた。その瞬間、私は強いめまいを感じ、大きな炎に包まれた。炎が消えると私の目の前にまっすぐな道が見えるではないか。この道を進めばよいのだということは、いわれなくてもわかった。それがどこへ行く道かはわからなかったが、私は何かに導かれているのを感じた。誰かにやさしく抱きかかえられた。 (p.57)

 このような現象はけっして珍しくはない。強いストレスにさらされた時に起きる。脳内のモルヒネ様物質なり、神経回路の切り替えが行われるのではないかと、いかにも冷静な科学者らしく、御自身では分析されている。
 その分析の妥当性は小生は分からない(拙稿『ジェイムズ「宗教的経験の諸相』」参照)。
 それより、こうした体験を本来なら研究者であったはずの彼女が<告白>することが異例であろうと思う。こんな経験をかりに現役の研究者がしても、茶飲み話などで仲間内ですることがあっても(多分、しないのだろうが)、公表される雑誌や本などに書くことは、まずありえないだろう。
 下手すると、病気よりこうした<非科学的>な談話のほうが研究者生命の終焉を齎す可能性さえある。
 あるいは、余程のこと、例えば研究者生命の断念という辛い経験がないと、こんな神秘体験はしえないということなのか。

 ところで、小生にも、<神秘体験>ということではないが、似たような経験がないではない。
 それは、小生が高校二年も終わりの頃のことだった。かすかな記憶では春休みだったと思う。
 かすかに、というのは、こんな体験を述べるのは恥ずかしいような後ろめたいような感じがあって、人には話したことは一度しかない(つい、喋ってしまったことがある。怪訝な顔をされてしまい、話してすぐに後悔した)し、むしろ、自分では忘れようとさえ努めてきたということがある。
 それでも、その<体験>そのものを忘れることはできない。
 小生は二年の秋の終わりに失恋した。別に相思相愛というわけではなかったが、ほのぼのとした思いという意味での恋なら、保育所時代以来、幾度か経験がないわけではないが、あれほどに思い詰めた恋は初めての経験だった。
 だから、はっきり失恋と悟らされた時は、誰しものことだろうが辛かったのである。それこそ食事も喉を通らない有り様だった。体がやつれ、頬がこけ、栄養状態が悪くなって肌がパサパサになってしまった。そんな眠れない日々が数ヶ月続いた。そうしてやがて精神的(身体的にも)立ち直れないままに高校二年の終わり頃となったのである。
 ある朝、トイレの帰りだったか、玄関のドアを開いて、何の気なしに庭を眺めた。まだ庭の隅には屋根から落ちて堆積した雪の名残が見受けられた。
 何故か、庭を眺めつづけていた。すると、突然、何か炎のようなものが庭に燃え上がった。赤というより真っ白に近いような眩しい光の渦だった。それが庭で渦巻いたかと思うと、次の瞬間、その炎はある文字の形を描いた。その文字とは、「神」だった。
「神」という光り輝く漢字が、ほんの一瞬、それこそ閃光の如く描かれ、そしてあっという間もなく消え去った。
 気がつくと、そこにある庭はいつもの見慣れた庭で、何の痕跡もなかった。自分の幻覚か、それこそ夢なのかもしれなかった。我が目を疑うしかなかった。
 けれど、脳裏に刻み込まれた炎か光で描かれた「神」という文字だけは、それから長く<印象>となって残りつづけた。三十年以上も経った今でも、さすがに当時ほど鮮やかではないが、目を閉じるとその活字像が現れる。
 小生は数学も物理も苦手だったけれど、それでも好きな科目だったので、将来の進路は理数系だと決めていた。中学以来、乏しい読書体験を重ねてきたが、読む本は、小説などの類いは数えるほどで、大半が数学や物理や天文学、生物学などの本だった。文学書で初めて開眼するような思いをさせられたのは、高校一年の時に読んだ『ジェイン・エア』が初めてという始末である。かなりの晩生(おくて)なのである。
 ただ、二年の二学期に失恋して、相手の影響もあってゲーテを読んだり、リルケの詩集をひもといたり、遅ればせながら石川啄木や太宰治などを読み始めたりした。一方、哲学書も啓蒙書の類いだったが、読みかじるようになっていた。親鸞についての本も齧り始めていた。武者小路実篤の本を読んだのも、その頃(だけ)のことだった。
 理数系の科目が好きなわりに出来が悪い。その一方、分からないなりに哲学などに次第に関心が移っていく。進路に迷いが生じ始めていた。その迷いに強烈なくさびがその神秘体験で打ち込まれたのである。
 それでも好きな科目は数学か物理だということは変わらなかった。進路についての迷いがとうとう、高校三年の夏に至るまで続いた。
 が、高校三年の夏、八月一日に近くの神通川の土手の上で川の対岸に見える呉羽山や真っ青な空、あるいは水面の揺らめき、陽光の照り返しなどを眺めながら、哲学をやる! と、ようやく決心が付いたのである(ここには、もっと他の事情もあった。別の機会に触れてみたい)。
 自分の関心事を理数系から文学や哲学に向けたのは、失恋が契機だったが、それだけだったら、暇な折に哲学書を開くだけのことだったろう。大学の進路を哲学科に決めたのは、その神秘体験こそが決定的だったのである。
 この世に何があるのか分からない。あることについての分析やメカニズムの解析は可能かもしれない(あるいは不可能かもしれない)。けれど、何が不思議といって、この世があるということ自体ほどに不思議なことはないと感じられたのである。
 そのあるということの不可思議さは、同時にそもそも何があるのか、あると思うことは幻想ではないのか、などという問いに繋がっていったりするのだが、それはまた別の話である。
 いずれにしても、自分の人生の選択を決定付けるほどに神秘体験(失恋)は自分には強烈だったのだ。今、思えば、若気の至りだったのかなとも思ったりもする。理数系の才能がないことは確かだが、さりとて文系の才能もないことは歴然としているのだし。
 つまりは、小生の場合、文系の道(哲学)を選んで道を選び間違えているのだが、さりとて理数系の道を選んでも、碌なことにはなっていないとかなりの確度を持って予測される。
 どんな回り道をしようと、迷い道が長いか短いか、曲がり具合が大きいか小さいかの違いで、所詮は今の地点に迷い込んでいるのだろうと思われる。せっかくの神秘体験のわりに、話が尻すぼみで、このことも、神秘体験について語ることを躊躇わせるのだ、というのは、情ないが本当の理由なのかもしれない。 

原題:「柳澤桂子著『生命の不思議』 と神秘体験(04/01/28)」

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