『ドーミエ諷刺画の世界』
本日未明、『ドーミエ諷刺画の世界』(喜安 朗編、岩波文庫刊)を読了した。
本書の場合、諷刺画の世界がメインなのだから、読了というより眺め終えたということになるのか。
例によって文庫本の謳い文句を示しておこう:
「うつろい易きもの」の横溢する19世紀パリの相貌をドーミエはリトグラフィーに描き通した。卓越したデッサン力で市民の生活(流動化した都市の住民一人ひとり)を活写した彼の諷刺画は、その歴史的背景と細部に宿る意味を知ってこそ味わいが増す。膨大な作品群からリトグラフィー109点を選び解説を加えた。
ドーミエについては以前から関心を抱いていたが、まともに付き合ったのは初めてである。この夏のお盆に上野の西洋美術館にて『ドイツ・ロマン主義の風景素描』展を観たのだが、その後、売店に立ち寄ったら、「ドーミエの諷刺画集」が売られていた。分厚く、また、高価で手が出せなかったが、パラパラ捲っているうちに段々魅了されてきたのだった。
で、夏の終わりに書店に立ち寄ったら、岩波文庫のコーナーでまたまたドーミエの本が目に飛び込んでくる。買うしかないという変な観念に取り付かれたりして。
ドーミエについては、例えばこのサイトを参照願おう:「ドーミエ展」
このサイトにもあるようにドーミエは諷刺画を描いたのだが、彼の名が今日まで残ったというのは、諷刺の辛らつさとか政治的あるいは社会風俗をめぐる着眼点が鋭かったということもあるが、なんといっても、卓抜な描写力にある。それが「写実主義絵画の先駆として高く評価」される所以でもあるのだろう。
ドーミエの諷刺画、というより、鋭利な観察眼と人間への愛情の篭った写実主義的な姿勢は、ドガやロートレックらの近代画家に大きな影響を与えたと言われる。
(ロートレックについては:)
また、ドーミエは油彩画家としても近年、高い評価を受けているという。
ドーミエの作品を2,000点所蔵するという伊丹市立美術館でも画像が見られる
(ドーミエは生涯に4,000点もの石版画を残した):
どうも、ネットではドーミエについての詳しい年譜が見当たらない(あるのかもしれないけれど)。
そこで、手元にある事典(NIPPONICA 2001)でもう少し、彼の生涯を調べてみようと思ったら、彼の誕生日が小生と同じだと分かった。
ま、それはともかく、上掲の「ドーミエ展」に、「ドーミエの筆法は鋭く辛辣で、その仮借なさのあまり、ある時などは筆禍の咎で罰金投獄の刑を受けるほどでした」とあるが、補足すると、彼の描いた諷刺画が「国王ルイ・フィリップをガルガンチュアに見立てたことで官憲の忌憚に触れて半年の投獄の憂き目」をみたということなのである。
が、このことで逆に彼の名声は高まった。
一方、政治的諷刺が出版の自由を制限する法律で叶わなくなり、彼はやむなく日刊紙『シャリヴァリ』に拠り、社会諷刺に転じていく。そしてブルジョワジーを独特のユーモアのある皮肉で嘲笑したり、あるいは庶民の生活を描いたりした。
例えば、参政権を含め女性の権利が女性自身によって主張され始めていた頃、ドーミエ自身は古い道徳観念に止まっていた。そして旧来の女性は家庭に、という立場から権利の獲得を主張する女性たちを揶揄するかのように描いている。
けれど、彼の描写力が凄いというのは、その実、描写が的確で複数の人物の表情や仕草がうまく描き分けられていて、ドーミエの立場の如何に関わらず、絵が生きており、懸命に権利を主張する女性像が生き生きと描かれていることでも感じられる。
晩年は盲目同然の身となり生計にも苦しんだが、おなじくフランスの画家であるコローの援助で住居を提供してもらったという。
(コローについては:)
彼の絵を見ていて感じるのは、優れた観察家、そして愛情ある写実家というのは、主義主張や立場の如何を超えて後世になっても見るものに何事かを訴えかけるということである。
決して、ゴヤの次元というわけではないが、彼の作品の数々を本書で解説されているように、時代背景を参考にしつつ、じっくり眺めるのは、心有る誰にとっても一つの体験となるに違いない。
原題:『ドーミエ諷刺画の世界』雑感(03/09/22)
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コメント
19世紀初頭に生まれたドーミエやガヴァルニ、グランヴィルらの風刺画は、風刺の内容もさることながら、その筆遣いにおいてずいぶんと後世に影響を与えたように思います。
TBありがとうございました。
投稿: artshore | 2005/09/30 18:52
artshore さん、来訪、ありがとう。
小生は、貴サイトのファンです。絵画好きの小生、日参してます。
これからも、いろいろ教えて下さいね。
投稿: やいっち | 2005/09/30 19:33
こちらでは久しぶりです。
西洋美術館のドーミエの画集は以前東武美術館で開催されたものを今はもう美術館が無いので売っているのですよね。
ドーミエというと僕にはナポレオンですね。
ナポレオンに苦しめられる民衆の立場を描いたと理解しております。
ところで「ドーミエ展」なるサイト見たかったのですが、すでに削除されているとかで拝見できず惜しい。
投稿: oki | 2005/12/20 23:56
わっ、ちょっと調べたら神奈川県立近代美術館鎌倉館で「ドーミエとヨーロッパ石版画」とかいう展覧会、今年の春から夏にかけてやってたんですねー。
母が立川に移ったので神奈川のほうは展覧会情報調べもしなかったです。
投稿: oki | 2005/12/21 00:04
okiさん、こんにちは。
神奈川県立近代美術館鎌倉館での「ドーミエと19世紀ヨーロッパ版画展」は、4月9日から5月29日まで:
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2005/daumier050404/
小生も気付かなかった。せめて、関連の記事を載せておくだけでした。
「ドーミエ展」なるサイトへのリンク。リンク先の頁、既に削除されてましたね。ネットでは(ネットだけじゃないかもしれないけど)、情報がドンドン移り変わる。コピーしておけばよかったかな…そうもいかないか。
ご指摘、ありがとうございます。
記事を書いた当時の形を残すためもあって、このままにしておきますが、断り書きは入れたほうがいいのでしょうね。
ナポレオンに苦しめられる民衆の立場を描いた…でも、女性の立場には立てなかった…。
思うに、政治や世相を風刺する漫画は今もあるけれど、いまひとつ迫力に欠けること。
どこか世論に迎合する姿勢が垣間見えるような。
誰か、これはという風刺漫画家はいないものでしょうか。
投稿: やいっち | 2005/12/21 15:07