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2005/05/17

海部陽介著『人類がたどってきた道』

[本稿は、季語随筆日記「無精庵徒然草」の「朱夏…夏の海」(2005.05.13)より、書評エッセイ部分を抜粋したものです。若干、加筆してあります。]

 海部陽介著『人類がたどってきた道 “文化の多様化”の起源を探る』(NHKブックス No.1028)を車中でボチボチ読んでいる。発売年月日が「2005年4月23日」と、図書館で見つけた本としては、今までで一番、出版ホヤホヤの本で、それだけで小生は嬉しかったりする。
 が、人類学の分野も日進月歩というのか、新しい研究成果がドンドン生まれてきている。本書を読んでいても、執筆している最中の情報がメモとして何箇所かで言及されていた。昨夜は、「第6章 人類拡散史のミッシング・リンク――東ユーラシア」の「日本列島の重要性」「沿岸移住仮説」「大陸南方の文化」などの項を読んでいたものだが、そんな中、今朝、会社に戻って読売新聞を読んだ「現生人類、6万数千年前にアジアで急速に拡散」というニュースが結構、大きく載っているではないか。タイムリーだ!
 本書の「はじめに」にもあるが、「最近の研究が示すところでは、ホモ・サピエンスはいくつかの地域で並行的に進化したのでなく、およそ二〇万年前ごろのアフリカにいた一つの人類集団に由来するものであ」り、この「時点では、この種の分布域は限られており、地域文化の多様化はもちろん生じていなかった。やがて、おそらく五万年前ごろから、この種、つまり我々の祖先たちは、全世界へと広がりはじめた」のだった。

YOMIURI ON-LINE - サイエンス」によると、「アフリカで約20万年前に誕生した現生人類は、6万数千年前にインドからオーストラリアまで、インド洋に沿って一気に広がったとみられることが、英国などの研究チームが行ったアジア人の遺伝情報の比較分析でわかった」など、以下、13日付の米科学誌サイエンスに発表される予定の研究成果の一端が示されている。
[現生人類がアフリカで約20万年前に誕生したある種の人類に始まるという考えをイブ伝説と俗称され、この論が示された当時は話題になり、専門家の間はもとより、マスコミも盛んに採り上げられたものだ。アインシュタインTVというフジテレビの科学関係の話題やトピックをいい意味で興味本位に扱う夜中の番組でも、イブ仮説(現代ではほぼ定説となっているようだが)が採り上げられ、やがて本にもされた。『ミトコンドリア・イブの贈り物』(双葉社、1992.4発行)である。松尾紀子さんと城ヶ崎祐子さんとが司会というか案内役のアインシュタインTVという(科学啓蒙…だよね)番組から書籍化された本『宇宙の根源はヒモである』(双葉社、1991.9発行)なども買って読んだ。当時はスティーブン・ホーキングが英雄視されたりして、科学番組もバブルの余波の最中にあったと今にして感じる。 (05/05/17 追記)]
 例によって無断転載不可なので、全文を引用するわけにはいかないが、「研究チームは、長く孤立していたために遺伝情報から祖先をたどるのが容易なマレーシアの先住民260人について、ミトコンドリアという細胞内器官の遺伝情報を新たに解読し」 、「これまでに解析されていたアジア人やオーストラリア先住民の遺伝情報と比較したところ、その違いから、マレーシア先住民は約6万年前以降にほかのアジア人の系統から枝分かれしていたことが判明した」というのである。
 13日付読売新聞朝刊にも同様の主旨の記事が載っているが、ネットの方は早晩、削除されるだろうから、関心のある人は早めに読んでみればと思う。

 先に進む前に、本書『人類がたどってきた道』の大まかな紹介を。
 本書のカバー裏には、「文明を築き、ロボットや宇宙旅行までも可能にする私たちの創造性。この能力ゆえに私たちの文化は発展し、多様化した。世界各地で進められている遺跡調査から、今、私たちの創造性の起源が見えてきつつある。私たちの種、ホモ・サピエンスのアフリカにおける進化、そして5万年前に始まった祖先たちの世界拡散という人類最大のドラマを、最新の研究成果に基づいて鮮やかに描出、私たちの由来と、多様な地域文化の成立を解き明かす気鋭の労作」と謳われている。
NHKブックス No.1028」の宣伝によると、「人類が宇宙へ進出できる原点はここにある
人類最古の幾何学紋様の刻まれた石器が約8万年前の地層から出土した。抽象的な思考、それを表現する能力をもっていた証拠であり、現代人に劣らぬ「文化」を得ていたことになる。氷河を越え大海に漕ぎ出し、地球全土に拡散していった人類の足跡をこの「知の遺産仮説」に基づき辿り直す」という。
「知の遺産仮説」とは、著者である海部陽介氏が提唱するもので、「世代を超えて知識を蓄積し、祖先から受け継いできた文化を創造的に発展させていく能力」であり、これこそが「私たちホモ・サピエンスの最も重要な特徴と考えられる」と海部陽介は「はじめに」で書いている。
「この能力は、多くの人々の予想よりはるかに古く、ホモ・サピエンスがアフリカから世界各地へ分散しはじめた一〇万~五万年前ごろに、確立していた可能性が高」いという。
 簡単に言うと、我々の五万年前の祖先も知的能力においては我々と同等の知的潜在能力を持っていたのであり、それまでの文化の蓄積を受け継ぎ発展させていったということである。

 著者紹介を本書の奥付の情報で試みると、「1969年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士。国立科学博物館人類研究部研究官。専攻は生物人類学、古人類学。主にジャワ原人の研究に従事」とか。
「2001/09」に国立科学博物館特別展「日本人はるかな旅展」が開催されたので、御覧になった方も多いのでは。
海部陽介氏は、そのカタログ制作にも関わっているようだ。
 ちなみに、「日本人はるかな旅展」の概容はネットで今も観ることができる。
「新人(ホモ・サピエンス)の最も重要な特徴の1つは、極端に分布範囲が広いことです。1種の生物がこれだけ多様な陸上環境に住んでいる例は、他の生物では見あた」らず、また、「このような分布範囲の拡大は、新人によって、600万年に及ぶ人類進化の歴史の中では極めて最近の過去5万年間に、急速になしとげられたの」だという。
 その「新人の世界進出」だが、「オーストラリアへ渡ったオーストラリア先住民の祖先たちは、偶然の漂流もあったかも知れませんが、海を渡るだけの装備や航海術を考案していたことでしょう。また、厳寒のシベリア地域をさらに北へ進むには、新たな防寒具や狩猟具などを開発する必要がありました」というが、人類(新人)のこの旺盛な意欲は何処から来るのだろう。
 考えられている世界進出の構図を眺めて、しばし感動に満ちた瞑想に耽るのもいいだろう。
 上出の「現生人類、6万数千年前にアジアで急速に拡散」というニュースは、今まで必ずしも明確でなかった「現生人類のアジアでの足取りが」明らかにされた、というものなのである。尤も、定説になるのかどうかは、予断を許さないような気がするのだが。

 昨夜、読んでいた「第6章 人類拡散史のミッシング・リンク――東ユーラシア」の「日本列島の重要性」で知ったことだが、日本の旧石器文化の磨製石斧が「不思議なことに3~4万年前に集中し、その後は(縄文)草創期にならないと出現しない」もので、「現在「世界最古」の磨製石斧であり、さらにこの磨製技術は日本で独自に発明された可能性もある」という(説明文は、「旧石器時代の磨製石斧」から。この稿の書き手である小田静夫氏は、本書の中でも言及されている人物である)。
 ヨーロッパでは、磨製技術というのは新石器時代を定義する事項の一つと見なしてきたのだ。旧石器時代には、魔性技術はあるはずのない技術だったのである。
 いつか、世界の他の地域でも日本と同じか、さらに遡る時期の磨製石器が見出されるかもしれないが、ただ、日本の磨製技術は、日本での独創的で傑出した技術である事実は揺るがないかもしれない。
 
 また、魏志倭人伝で「女王國の東、海を渡る千余里、また國あり、皆倭種なり、また侏儒國その南にあり。人の長三、四尺、女王を去る四千余里。また裸國、黒齒國あり、またその東南にあり。船行一年にして至るべし。 倭の地を参問するに、海中洲島の上に絶在し、あるいは絶えあるいは連なり、周施五千余里ばかりなり」という記述がある(「歴史の扉「過去へのいざない」」の中の「『魏志倭人伝』を読む」を参照させてもらいました)。

 従来、距離や方位、記述内容からして、荒唐無稽として、大抵の倭人伝解説でも軽く流される部分だが、数万年の昔からアジア大陸からオーストラリア、さらには太平洋の諸島に人類が渡ってきた事実が人類学で認められてきたことからして、「女王を去る四千余里。また裸國、黒齒國あり、またその東南にあり。船行一年にして至るべし。 倭の地を参問するに、海中洲島の上に絶在し、あるいは絶えあるいは連なり、周施五千余里ばかりなり」は、「グアム説やメキシコ、南米説」などを真面目に検討する時期に来つつあるのかもしれない。
 南米の先住民(北米の先住民も含め)一万数千年の昔、凍結したベーリング海峡を渡ってきたものと見なされているが、一部は、南洋の諸島を渡ってきたと考える余地もあるのかも。その両者が南米で出会っていたとしたら…。凄いロマンである。
 邪馬台国にしても、その所在が近畿説、九州説がメインのようだけれど、(縄文時代に比べ寒冷化したと言われれる)弥生時代にあって、倭の地は温暖で、みな裸足だということから、近畿説は論外のように思える。九州もどうだろう。やはり、本文を素直に読む限りは、せめて九州南部、やはり沖縄か奄美諸島、あるいはスマトラなどが候補なのか…。
 いずれにしても、先入見を排し、日本列島に拘らず、視野を大きく持って邪馬台国その他の国々の構図を考えるべきだと思う。
 もう一度、「日本人はるかな旅展」の新人(ホモ・サピエンス)が太平洋を北と南のルートを経て世界へ雄飛した様子を眺めほしい。

 本書『人類がたどってきた道』で得られる知識は簡単には紹介しきれないので、日本に絡めると、以前にも紹介した堤隆 著『黒曜石 3万年の旅』が多少は参考になるかも。
 あるいは、タイトルも興味深い「ディーコン著『ヒトはいかにして人となったか』」は、子供の脳が未熟だからこそ子供は言語を習得・獲得すると述べられている(本稿の蛇足は、真面目な人は読まないほうがいいかもしれない)。

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コメント

勉強になります。

投稿: ぐーぱち | 2005/05/18 18:21

それはよかった。

投稿: 弥一 | 2005/05/20 02:35

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