ハナ・ホームズ著『小さな塵の大きな不思議』(続)
過日、ハナ・ホームズ著『小さな塵の大きな不思議』(岩坂泰信監修、梶山あゆみ訳、紀伊国屋書店)を読了した。
本書に啓発され、既に若干のことは書いたが、得られた知見は多く、できれば特に関心を引いた箇所だけでも引用しておきたいが、それでもことによると本書の大部分を転記するはめになりそうなので、断念。
ただ、そうした知識もさることながら、まだ、肝心な点に触れていないので、本書を図書館に返却する前に、要諦と思われる部分だけ、簡単に記しておきたい。
その前に、小生には初耳のターム(専門用語)をメモしておきたい。
それは、「パーソナル・クラウド」という概念である。「家の中で、塵がとくに濃くたちこめている場所」というのは、実は人間なのである。花粉症騒ぎもまだ終息には至っていないが、家庭(会社や店舗など)に花粉症の原因とされる花粉を持ち込まないため、建物の中に入る前には、着ている物をよく払うべし、とか、靴は日本では玄関で脱ぐからいいようなものだが、それでも、玄関に入る前にドアの外で靴の裏を拭うべしとか、ウール系の生地は花粉を吸い込み溜め込み易いから、なるべく花粉がつきにくい素材(生地)の衣類を選ぶべし、などと言われたりする。
要は、人(ペットや持物)にこそ、花粉が附着しやすいからだが、同じ事が屋内でも現象しているということだ。
モノを掴み叩き運び割りくっ付け選び磨き擦り開き…、そのどの動作も埃を巻き上げるか、発生させる。
ここまではパーソナルというより、家庭内では余儀ない塵、埃ということになる。
が、問題はこの先にある。
こうした家庭内での事情には更に個人に結びついた、まさにパーソナルなクラウド(塵や埃、匂いなど)が加算される。つまり、体臭であり、化粧しているならその人の化粧品であり、脱臭剤(あるいは消臭剤)、柑橘系の香り、アロマセラピーの成分などがその人に付き纏う。
ここにさらに、人の皮膚の欠片が大量に加わる。
「ひとりの人間が吸い込む塵の三分の一は、パーソナル・クラウドの塵」なのだという。「ひとりの成人の体からは、一日におよそ五千万個の皮膚のかけらがはがれると見られている」というのだ。
ただし、その大部分は、浴室の排水口、シーツの繊維、ソファのクッション、電灯の傘、ヌイグルミのモコモコなどに消えていく。人が一日に吸い込む自分の皮膚のかけらは70万個くらい」と研究者は見積もっている。
ところが、じつのところ、皮膚のかけらさえもパーソナル・クラウドの一割にすぎず、そのクラウドの主成分は分かっていないのだという。
さて、「要諦と思われる部分」などと大袈裟な表現をしたが、急いで肝心な点に移る。
本書の解説は、岩坂泰信氏が担われている。同氏の解説を参照する。黄砂のことは本書でも大きく採り上げられているが、北アメリカやヨーロッパの視点から記述されている気味があるとのことで、解説では氏の補足説明がほどこされているわけである。
「地球環境の分野では、黄砂はいまや世界の注目を集めている」という。
「ACE-Asia」の研究(アジア地域でのエアロゾルの化学組成と物理的特性を明らかにするための国際協同研究計画(ACE-Asia: Aerosol Characterization Experiment in Asian Region))で、「地球温暖化を正確に理解する上で、黄砂が果たしている役割を解明する必要が強く認識されるようになった」というのだ。
ここでは簡単に書いておくが、大気中の炭酸ガス濃度が上昇してきた結果、気温が変化してきたとするなら、コンピュータ・シミュレーションの結果、今頃は現実離れした高温の状態が出現しているはず、となったのである。
が、実際は、確かに気温の上昇は見られるが、計算され予測された数値とはまるで違う。
何故か。どうも、炭酸ガス(二酸化炭素)濃度以外の要因が地球温暖化の傾向を左右しているらしい、それが大気中のエアロゾルにあるらしいと分かってきたという。
前にも書いたが、「エアロゾルとは- 気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子をエアロゾル(aerosol)といい」、「エアロゾルは,その生成過程の違いから粉じん(dust)とかフューム(fume),ミスト(mist),ばいじん (smokedust) などと呼ばれ,また気象学的には,視程や色の違いなどから,霧(fog),もや(mist),煙霧 (haze),スモッグ(smog)などと呼ばれることもあ」るという(「日本エアロゾル学会」の中の「エアロゾルとは」より)。
このエアロゾルも未だ、研究がこれからという対象だが、ただ、アジア地域で硫酸塩エアロゾルに加えて「黄砂」が、大変重要な役目を果たしていると予想されるようになったのである。
この黄砂、「大気中を浮遊するあいだに、太陽放射を散乱したり吸収したりすることで地球の温暖化を加速したり緩和したりする。このことは、程度の差こそあれ、ほかのエアロゾルと本質的には同じである」
が、「興味深くもあり話をややこしくしているのは、この黄砂粒子が大気汚染物質である硫黄酸化物や窒素酸化物を吸収するらしい」のである。
黄砂が汚染ガスの何割かを吸収することで、「黄砂の表面ではさまざまな化学反応が生じて、やがて表面は反応生成物によって覆われるに違いない」…よって、「汚れた」黄砂と「汚れていない」黄砂が生まれ、それぞれに太陽放射に対する効果も異なってくる。
単純に炭酸ガス(二酸化炭素)を減らせば温暖化を防げるというものではないこと、エアロゾルや黄砂がある程度、温暖化の亢進に加速や緩和の働きをしているらしいことがあり、地球温暖化の問題は別の視点から見られ始めているのである。
さらに、解説に簡単に触れられているが、黄砂など砂塵は温暖化以外にも海の微生物の活動にも大きな影響を与えている話など、興味深かった。黄砂は雪虫の生息にも資しているとか。
黄砂が地球環境にどのような影響を与える可能性があるかについては、岩坂泰信氏著の『環境学入門 大気環境学』(岩波書店刊)があるとか。
それにしても、素人ながら驚いたことは、日本など季語に「黄砂」があるほど馴染み深い黄砂なのに、「日本で黄砂を対象とした環境科学分野のプロジェクト研究が本格的に始まったのは2000年以降です」という現実である。
いずれにしても、黄砂は地球環境問題の主役の一人に踊り出つつあることは間違いないようだ。
(2005.04.10記)
[本稿は、季語随筆:番外編「黄砂…地球環境の主役?! 」から、書評エッセイ部分を抜粋したものです。]
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