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2005/03/27

矢沢サイエンスオフィス『知の巨人』(続)

 矢沢サイエンスオフィスが編集した『知の巨人』(Gakken刊)をめぐって、全般的なことと、科学についての勝手な感想などを前回、書いた。
 今回は、多少は本書の具体的な内容に若干、アトランダムに触れてみたい。
 内容を把握するには、前回紹介した、冒頭の「はじめに」や本書の謳い文句を見るのが手っ取り早い。
 特に謳い文句的な帯のコピーなどをそのまま受け取る人もいないだろうが、まず、目にするのは、そういったところだろう。大袈裟な謳い文句で惹き付けようとして、逆にそこで客を(読者を)掴み損ねることも大いにありえるわけだが。
 が、目次となると、かなり誤魔化しが効かなくなる。このインタヴュー集において一体、誰が採り上げられているのか。
 目次を見てもらった上で、何人かの科学者について、興味深い点に触れていきたい。

●DNA二重らせん構造の発見者・ソーク生物学研究所教授
 フランシス・クリック
 フランシス・クリックの“2つの秘密”
●「電弱統一理論」を完成させた物理学者・テキサス大学教授
 スティーヴン・ワインバーグ
 科学者の永遠の夢「究極理論」を求めて
●最大の社会的影響力を行使する言語学者・MIT教授
 ノーム・チョムスキー
 言語をもたない人間は人間ではあり得ない
●オクスフォード大学教授・動物学者
 リチャード・ドーキンズ
 種はすべて絶滅し、遺伝子のみが不滅である
●「クオーク理論」のノーベル賞物理学者・サンタフェ研究所所長
 マレー・ゲルマン
 宇宙はなぜ「複雑さ」を増し、進化し続けるのか?
●ダーウィン進化論の牙城を攻撃する2人のスーパースター
 スティーヴン・J・グールド
 リチャード・ルウォンティン
 利己的遺伝子説は間違っている
●オクスフォード大学教授・数学者
 ロジャー・ペンローズ
 意識は「量子重力理論」で解明できるか?
●ビッグバン理論を救う“魔法の理論”のパイオニア・MIT教授
 アラン・グース
 闘い続けるインフレーション理論
●「散逸構造」の開拓者・国際ソルヴェイ研究所所長
 イリヤ・プリゴジン
 物理学に“時間の矢”をもち込むチャレンジ
●「宇宙文明数方程式」の生みの親・コーネル大学教授
 フランク・ドレーク
 私はなぜ「地球外文明」を探すのか?
●分子生物学の世界的リーダー・マックスプランク研究所教授
 マンフレッド・アイゲン
 進化を突き動かす「自己組織化」の力
●マサチューセッツ大学教授・生物学者
 リン・マーギュリス
「共生説」で闘う最強の女性生物学者
●カーネギーメロン大学モービルロボット研究所所長
 ハンス・モラベック
 超知能ロボットから人類絶滅へのシナリオ
●プリンストン大学教授・遺伝学者
 リー・シルヴァー
 遺伝子科学が生み出す“第2の人類”の時代

 フランシス・クリックは、DNA分子の二重らせん構造をジェームズ・ワトソンとの共同研究で発見したことで知られる。そのフランシス・クリックは今、生命の起源の問題に、さらに「いまだ答の出ない最後の大いなる謎のひとつである人間の脳、とりわけ意識の問題へと関心を転じているという。
 功なり名を遂げた科学者の一部がかならずや最後に行き着く問題が生命の起源であり、意識の問題なのである。これから科学の世界で活躍しようという新人は、まず避ける問題だ。
 多くは奇想に終わるか際限のない泥沼に踏み込むことになる。賢明な学者は関心があっても手を出さないか、密かに瞑想をめぐらすのが常の問題である。
 クリックは、クリックの共同研究者であるクリストフ・コッホと共に、科学界に対して意識研究への参加を呼びかけているという。
 そのクリックとコッホは、「意識は科学的方法ではとらえられない」という見方を拒否している。「彼らは、目覚めた自己としての意識は、最終的には脳内の生物物理的プロセスに還元されると確信している」という。本書の中の引用を再引用する。「クリックは1994年の著書『驚くべき仮説』の冒頭でこう述べている」
 即ち、
「あなた自身、あなたの喜び、あなたの悲しみ、あなたの記憶と情熱、そしてあなたの独自性と自由意思は、実際のところ、神経細胞とそれらに関係した分子群の巨大な組み合わせが生み出す振る舞い以上のものではないのです」
驚くべき仮説

 近年、日本でニュートリノの質量が検出されたという報告があった。この点について『宇宙創生はじめの3分間』の著者スティーヴン・ワインバーグは、エキサイティングな出来事だと評価している。現状の(素粒子の)標準モデルの中でもっとも単純な形のものは、ニュートリノの質量はゼロだと予測している。
 標準モデルそのものは最終解答ではないことは25年も前から分かっていて、標準モデルはすべての力を統一する理論の一部である。その描かれている大きな絵(すべての力を統一する理論)が妥当なら、標準理論への予想される影響が出てくるとワインバーグらにより指摘されてきた。「その一つが微小なニュートリノ質量、もうひとつが陽子崩壊で、どちらも非常に小さな影響です」
 それにしても、いつかは究極の理論が見出されるのだろうか。
「われわれが標準モデルと重力を数学的に満足のいく形で包み込む理論を手にした」その時には、「もはやその外側には理解すべきものは残っていないはずです」ということになるのだろうか。
 ワインバーグは、「もしかするとわれわれは、理論に組み込まれていないものは自然界には何もないという地点に到達するかもしれない」という。
 果して今は、相対性理論の発見の前夜、量子力学の完成の直前の位置にあるのだろうか。彼はそう感じているらしいのだが。
 その実、科学の発展に終わりがあるとは思えないとも語っている。
 ブライアン・グリーン著の『エレガントな宇宙』(草思社刊)を読んだ時にも感じたことだが、物理理論の探求には、果てしがないという感覚があり、なんだか眩暈を覚えてしまう。現実の世界の奥深さは想像を絶するものがあるのだ。  だとしたら、ワインバーグの考えるすべての力を統一する理論が、かりに今のわれわれが思うところの全てを説明しえたとしても、その時には、今のわれわれには想像など及びもしないものが自然界(現実の世界)に発見されるかもしれないのだ。

 ノーム・チョムスキーは、このインタヴューの中で言語の初期状態はどうあるのか、こうした特性をもつためには言語機能はどうあらねばならないかについて、「おそらく何千年に及ぶ言語研究の歴史を通じて、過去10から15年間がもっとも成果のあがった期間だった」という。
 議論の余地のあることを認めつつ、「われわれはいまようやく、言語の構造についてより深い疑問を提起したり、言語がいかにうまく設計されているかについて問を発することのできる地点に達しようとしている――少なくとも私はそう考えているのです」と語る。
 その理論の名は、チョムスキーによると、「原理とパラメーターの理論」と呼ばれているという。この理論では、日本語の受動態もハンガリー語の動詞も「分類上の人為的構造」と見なされる。「つまり、それらはみな、はるかに根
本的な原則――これこそが普遍的なのだが――の相互作用から生じた分類上の人為的構造なのです。言語の多様性はパラメーターと呼ばれるある小さな次元数の範囲で生じるのであり、その範囲も非常に局部的で、おそらく語彙のごく小さな部分に限られると見られる。そのため、これらの(パラメーターの)値をずらすだけで、非常に異なる言語のように見えてくる。」という。
 子供は、生れた環境により日本語なり中国語なり英語なりを習得する。なぜにすぐに覚えてしまうのか。もし、日本人の子供でも英語を話す環境に生まれ
育てば、英語を難なく身につける。それは、つまりは、見かけの言語の多様性にもかかわらず、実際にはそれらがほとんど同一であることが示されている。」からなのだという。
「言語の多様性のかなりの部分は言語の小さな下位要素によって生じていると見られるのです。」「われわれは言語の見かけの違いを生み出しているこれらの "隠れた要因" を見つけ出したいと考えている。」という。
 チョムスキーへのインタヴューの中でも意識が取り沙汰されている。「われわれの肉体が意志の命令によってどのように動くかについては、ニュートンは何の描像ももたなかった。デカルトもしかりで、彼はそれを、人間と機械を分かつ真の根本的差異とみなしていた。」「ではこの問題は、人間が理解可能な範囲にあるのか、それともその外にあるのか?」「この問題もまた、他の多くの事柄がそうであるように、人間の埒外にあるということは十分にあり得る。」


                           (03/09/13)

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