五十嵐謙吉著『植物と動物の歳時記』
五十嵐謙吉著『植物と動物の歳時記』(八坂書房)を読了した。「梅の香、桃の節句、燕の飛翔、鮎釣り、蝉時雨、稲雀の群…。日本の季節の豊かな移ろいの中で、人々はさまざまな植物や動物と共に暮らしてきた。東西の古典から民俗誌、近現代文学まで、広範な視野で綴る歳時記エッセイ。」などと出版社は謳っている。
著者の五十嵐謙吉(いがらし・けんきち) 氏は、本書カバーに記された紹介を転記すると、「1929年、新潟県生まれ。 平凡社に勤務し、百科事典、雑誌『太陽』などの編集に従事、世界大学選書、平凡社選書、世界大百科年鑑、日本歴史地名大系の各編集長を務める。1986年退社。」 だとのこと。
著書には、本書の他に、『四季の風物詩』、近刊に『十二支の動物たち』(いずれも八坂書房刊)や、『歳時の博物誌』(平凡社)『新歳時の博物誌 (1)(2) 平凡社ライブラリー (243)(259) 』などがあるようである。
目次を示しておくと、本書の内容がイメージされるかもしれない:
梅―歳寒の友
椿―春の木
桃―紅におう
蜂―蜜流れる地に
燕―飛翔6700キロ
牡丹―王者の春愁
桐―むらさきに燃え
鮎―香魚さ走る
薔薇―永久にあせぬ
蟻―寓話世界の賢者〔ほか〕
ある意味、小生が季語随筆や語源探索などで行っている営みを、もっと着実に丁寧に幅広い知見を以って行っていると言えるかもしれない。
中身が余りに濃いので、季語随筆日記の中で引用しようと思いつつも、下手すると全文引用になりかねず、本のタイトル名に言及するだけに留めざるを得なかった。
小生には、例えば、「秋に鳴く虫」や「青松虫のことなど」、あるいは「ゴキブリとコオロギの間」などと題したエッセイがあり、それらの中で、虫を愛でる日本(や中国など)の文化について、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に絡めたりして、若干の探究をしている。
「擬音(オノマトペ)の豊富さの度合いの違いに、それを典型的に見ることができる。そもそもオノマトペという言葉が生まれたのはギリシャである。その擬音(雨が降る時のシトシトとか、犬の吼え声のワンワンといった音のこと)の豊富さにおいて、日本語は英語を圧倒している」が、その擬音については、「ギリシャにも虫を愛でる文化、虫の鳴き声に耳を傾ける文化があったという」のである。
さて、こんな小生には五十嵐謙吉著『植物と動物の歳時記』は恰好の本だったのは、言うまでもない。
が、悲しいかな、先に記したように小生には本書を紹介するには任が重過ぎる。
ただ、本書では漢文が参考に引用されることが多いのだが、その訳文に少々驚いたことだけはメモしておきたい。
例えば、「桃―紅におう」の章で、『詩経』(周南)の「桃夭(とうよう)」詩が引用されている。
転記すると:
桃之夭夭
灼灼其華
之子于帰
宜其室家
桃之夭夭
有賁其実
之子于帰
宜其家室
桃之夭夭
其葉蓁蓁
之子于帰
宜其家人
読み下し文や語釈などについては、上掲にてリンクしてあるので、御覧になってもらいたい。ただ一つ、「夭夭(ようよう)」とは、「若くて美しいさま」であり、「灼灼(しゃくしゃく)」とは、「花が美しく輝いている」という点だけ、転記しておく(余談だが、「夭折」とは、若年にして亡くなることを言うが、「夭」が若いとか美しいという意味を含んでいるからこその言葉だと、初めて知ったのだった)。
この詩の訳は:
桃は若いよ
燃え立つ花よ
この娘(こ)嫁(ゆ)きゃれば
ゆく先よかろ
桃は若いよ
大きい実だよ
この娘嫁きゃれば
ゆく先よかろ
桃は若いよ
茂った葉だよ
この娘嫁きゃれば
ゆく先よかろ
なのである。訳は、目加田誠氏による。
同氏を紹介すると、「1904年山口県生まれ。東京帝国大学文学部卒業。九州大学教授、早稲田大学教授を歴任。専攻は中国文学。九州大学名誉教授。学士院会員。主著に、『洛神の賦』『屈原』『世説新語』『詩経・楚辞』『唐詩三百首』『唐詩散策』『目加田誠著作集』(全8巻)など。1994年没。」となる。
こういう方の仕事を知らないのだから、小生がいかに勉強が足りないかが分かるというもの。
参考に、五十嵐謙吉著『植物と動物の歳時記』に引用されている漢詩の読み下し文を「燕―飛翔6700キロ」より転記しておきたい。通常、小生が漢詩の読み下し文というと、こういう文章を思い浮かべるわけであるが。「平安時代、菅原道真は燕の夏鳥ぶりを、七言絶句「燕」に簡潔にとらえます」として:
梁(はり)の頭(ほとり)に翅(つばさ)を展げては
幾たびか泥(こひち)を衡(ふふ)める
一一に雛を将(も)ちて 暮(ゆふべ)の棲(すみか)に起す
春尽きて先づ帰る 秋至る日
涼風万里 羽毛斉(ひと)し
(『菅家文章』巻五。川口久雄校注書)
本書を読んで、あまりに多くの発見があったので、必ずしも本書の中身に直接関係しない部分にばかり目を向けてしまったが、力量不足なのだから仕方がない。近い将来、再読してみたいものである。
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