ウブ
本作は、「Mystery Circle 11/23締め切り出題 SMC 参加見送り作品」です。
時間的な都合もあり、参加の意志を表明する機会を逸し、参加は叶わなかった。
なので、創作上の縛りは、勝手に「数えきれない程の抵抗を試みた」を話の前後に付すことに。
ただ、テーマ上の課題である「同性愛」 は盛り込めなかった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
本作は、「Mystery Circle 11/23締め切り出題 SMC 参加見送り作品」です。
時間的な都合もあり、参加の意志を表明する機会を逸し、参加は叶わなかった。
なので、創作上の縛りは、勝手に「数えきれない程の抵抗を試みた」を話の前後に付すことに。
ただ、テーマ上の課題である「同性愛」 は盛り込めなかった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
[(注)本作は、「Mystery Circle 10-27締め切り分出題」参加作品です。主旨などは、末尾を参照願います。(07/10/29 記)]
「夜という海」
「また長い夜になる…。」
彼は誰にともなく呟いた。
一人きりの部屋なのに、彼は誰彼の顔が思い浮かぶと何か言葉を掛けないと気がすまない。
返事はない。
あるはずがない。
それは彼にもわかっていた。
語りかけた言葉が薄暗い部屋の中に呑み込まれるようにして消えていく。
いっそのこと、消えていった言葉を追いかけていこうか…。そんな衝動に駆られることさえ彼にはあった。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
[本作は、「Mystery Circle 9-22締め切り分出題」参加作品です。本作については、「「あれは、オレのものだ!」書いたけど」を参照願います。但し、題名を表題の如く「一家団欒」に変更しました。]
「近頃じゃテレビ・タレントも、嗚咽なんてことを知らないくらいだものな。」
そう、オレはヴァラエティ番組を見ながら突っ込みを入れていた。
返事はない。
一人暮らしのオレに返事などありえない。
「嗚咽…。」
オレが嗚咽したのは、一体、いつのことだったろう。
そんなことさえ、まるで覚えていない。
けれど、何かわだかまるものがあった。
何かがあって、オレは…。
そうだ、あれは親父の嗚咽だった!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
[本作は、「Mystery Circle 企画MC 《Funny story Mystery Circle》」参加作品です。制作の背景事情などを、「「ハーフロック」アップ!」に書いておきました。]
「ハーフロック」
あった。あの店だ。
オレは浩美に教えてもらった店をようやく見つけた。
やっぱり、あの店だったんだ。
小さなネオンの看板があることはあるが、灯りが弱々しい。人がやっと擦れ違えるほどの通りをしばし歩かないと見つけられない店。夜半にはまだ時間があるけど、閉店間際に入るのは嫌だった。だから、早めに辿り着けてラッキーだった。
場所からして、誰が見ても常連しか相手にしてないような店のように思えるだろう。
浩美がつい先日の夜に寄ったという小さなジャズ・バーだ。
別にジャズの生演奏が聴けるわけではない。店が女性好みの洒落た作りってわけでもない。男が一人旅の町でふらっと入りたくなるような雰囲気。せいぜい、そんなところか。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
「Mystery Circle」の「Mystery Circle 7-21締め切り分出題」参加作品です。
拙稿である「月影に寄せて」や「地球照」(ホームページは、「Let's watch the star! 星見にいこてば」)などを参照。
「月影に寄せて」
その顔は、月影で見るにはあまりに恐ろしかった。
奴は三日月の夜に現れるのだった。冴え冴えと照り映える三日月はまるで喉元の匕首(あいくち)だった。反り返った日本刀の切っ先が眼球を今にも刺し貫きそうだった。
病に臥して身動きのならない彼の心臓を容赦なく抉りそうだった。
今夜は月影が素敵に見えるはずだからと、消灯した際にカーテンを開けてくれた彼女の心配りが仇(あだ)となっていた。
満月でもないのに、青い光が部屋に満ち溢れていた。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
「第二十四回 Mystery Circle」参加作品です。詳細は、「「Mystery Circle」の夜」を御覧ください。
要は、「列車の警笛がなりひびき、金属製の車輪が路線をとらえる音が、どんどん近づいた。」が始まり(近く)で、「そのあとは、何もかも真っ白になった。」が文末(近く)が縛りとなっている創作、という課題に則った作品なのです。
お題の出典は、下記:
『ペンドラゴン 死の商人』 著:D・J・マクヘイル
「丘 の 河 童」
列車の警笛がなりひびき、金属製の車輪が路線をとらえる音が、どんどん近づいた。
ああ、兄ちゃんがやってくる!
あの列車には、あの兄ちゃんが乗っているのだ。我が家に遊びに来るんだ。
いつのことだか、はっきり覚えていない。ボクがお袋に連れられてお袋の田舎に行った時のことだということは分かる。まだ保育所に通っていた頃のことだったろうか。
細切れだけれど、何処か懐かしい風景を思い出せる。
でっかい家で、垣根に囲まれていて、垣根の向こうには田圃や畑が何処までも広がっていて、なんだか、凄いところに来たなという感じがあった。
ボクの家だって周りは田圃だらけなんだけど、その規模が違っていた。田舎じゃ、何処まで真っ直ぐ走っても、隣りの家には辿り着けないような気がした。少し霞んだ彼方には、鬱蒼と生い茂った森が見えた。
森の中に一際、陰の濃い一角があって、誰に聞いたのか忘れたけど、あそこが「チンジュの森」だと教えられた。
あの頃、ボクには「チンジュ」という言葉の意味が分からなかった。ただ、幽霊とか魂とかお化けとか、漫画か何かで見知った得体の知れないものを連想していたような気がする。
お袋は、郷里にいて、のんびりしているようだった。お袋の姉妹たちや親戚の人たちが一杯いて、心置きなくお喋り三昧というわけ。まるで娘時代に帰ってしまって、ボクのことも、ほったらかしだった。
お袋のお母さんやお父さんは、いたんだろうか、覚えていない。家の奥の座敷に居て挨拶したような気がするけれど、記憶はあいまいだ。
兄弟姉妹は何人もいたけれど、ボクと同年代の子供はいなかった。みんな、ボクよりずっと年上か(といっても、四つか五つ程度だけど)、でなかったら、赤ちゃんだった。
ボクは、年齢的に、ちょうどみんなの玩具にされる年頃だったようで、ちやほやされたり、何かというとお八つをくれたり、嬉しいんだけど、こそばゆい感じがして、なんだか面倒だった。
そのうち、みんなに構われるのが嫌になって、特別興味もなかったのだけど、玄関に置いてある木彫りの動物たちを眺めていた。そこにはタヌキやらクマやらキツネなどの動物が並んでいた。
中にはどうみても、裸の少年の彫り物もあった。
見上げると壁に巨大な亀の甲羅が飾ってあった。ボクなんかより図体がデッカイ! 甲羅はワックスでも掛けられていたのか、顔が映りそうなほどにピカピカなのだった。
すると、後ろから声が掛かった。
「それ、何か、分かるか」
ボクは咄嗟のことで、返事できなかった。でも、内心は、答えが分かっていた。「カメ」って言いたかった。けれど、何故か口ごもってしまった。
「なんだ、知らないのか。河童だぞ」
「えっ、カッパ?」
ボクは悔しかった。河童くらい、ボクだって知ってるさと言い返したかった。でも、内心、カメじゃないのっていう思いもあって、どう反応していいのか分からないでいた。
お兄ちゃんは、ボクがためらっている間に、奇妙なことを言い出した。
「この河童、川にいた奴を似せて作ったんだぜ。ここに並んでいる動物は、みんなそうさ。近くの森にいる奴らを模したものなんだ」
「みんな?」
「ああ、みんなだ。山のほうへ行けば、クマもいれば、キツネもいる。河童も近所じゃないけど、いるんだ。裏の川を遡っていくと、河童の奴が棲みついている場所があるんだぜ」
それから、おもむろに付け足した。
「お前、これ、カメだと思っただろ」
「そんな…」
「河童だなんて言うと、大抵の人は馬鹿にするから、カメに似せているけど、もともとは河童だったんだ」
ボクは、河童は空想の動物だってことを聞かされていたから、あまりのことに驚いた。
「えっ、河童って、ホントにいるの?」
「いるさ。だから、ここにこうして置物になってるんじゃないか。俺んちの父ちゃんが捕まえたのさ。檻に入れてさ、殺しちゃう前に、記念だからって、得意の腕を揮って、木彫りの彫刻にしたってわけさ。河童の甲羅なんて、そのままじゃ、やばいからって、亀に似せたってわけさ」
ボクは訳が分からなくなった。目の前の置物は、とても本物らしく見えた。足のヒレとか、頭の皿とか、細かなところまで掘り込んであって、どうみても、本物のカメそのものに思えていた。
「どうだ、河童、見てみたいと思わないか。それとも怖いか?」
ボクは兄ちゃんの表情がなんとなく怪しくて、断りたかった。でも、あまりに魅力に満ちた誘いだった。男の意地もあった。怖がっていると思われたくなかった。知らず、頷いているのだった。
裏の川は、さすがに当時のボクには無理だけど、中学生ほどになれば、飛び越せるような細い川だった。タニシとかをお兄ちゃんが獲ってくれたりしたこともある。
その用水路のような川の土手沿いの道を、お兄ちゃんと二人、何処までも歩いていった。チンジュの森の奥へ分け入っていった。家がドンドン小さくなっていく。終いには深い木立にさえぎられて家が見えなくなってしまった。
いつもは口数の多いお兄ちゃんが、何故か沈黙を守っていて、ひたすら先を急いでいるようだった。
川はやがて、細い筋になっていったと思ったら、そのうちに林の中に呑み込まれていくのだった。これじゃ、どうやって河童が棲めるんだろう。勘の鈍いボクも、そんな疑問を抱いた。
でも、林を分け入っていくと、すぐにそんな疑問は氷解した。
突然、ゴーという水が激しく流れ下る音が聞えてきた。と思ったら、水しぶきの上がる渓流が眼下に見えたのだ。
そう、ボクたちが辿ってきた筋は、もっと大きな川のほんの小さな支流に過ぎなかったのだ。
崖の上にボクたちは上っていった。上流のほうを望むと、滝があった。高さはどれくらいだったろうか。ガキのボクには、迫力を感じるばかりだった。あまりに意外な景色に、呆然と見惚れていた。
「あそこが河童の棲み処さ」
お兄ちゃんの声だった。
「えっ、何処?」
「あの滝壷の辺りに河童が棲み付いているんだ」
ボクは、しばし、轟々と流れ落ちる水の迫力に圧倒されていた。
水しぶきは夢の中で見た竜のような、蠢く巨大な蛇のような、不思議な生物となって、滝を落ち、水面と衝突し、白い噴煙を上げ、一気に破裂するのだった。
光の加減なのか虹が出来て、それがまた水しぶきを竜の胴の鱗のギラツキに見えるのだった。
兄ちゃんに促されるままに、滝の真下近くの岩場に立った。水しぶきが顔だけじゃなく全身をずぶ濡れにするのだった。
水面は、巨大な竜の胴体をやすやすと飲み込み、深い深い水の底へと引き摺り込む。
汚れのない綺麗な水のはずなのに、渦巻いていて、水面を覗き込んでも、水底など、まるで覗き見ることは叶わなかった。
「河童はな」と、お兄ちゃんは、滝の音に負けないよう、大声でボクに言った。
「この水底に棲んでるんだぜ」
ボクは足が震えていた。今にも河童の奴が水面に顔を出し、それどころか手だって伸ばして、僕の足首を掴まえ、水の中に引っ張り込む、そんな恐怖を覚えてならないのだった。
「お前さ、河童って、どんな恰好してるか、知ってるか?」
「河童? 知ってる。図鑑で何度も見たことあるし」
すると、兄ちゃんは、ふふふと不気味な笑いをするのだった。
「お前、勘違いしてるぜ」
「勘違い?」意味が分からなかった。
「あの、頭が皿で、ヒレがあって、背中にカメの甲羅みたいなのを背負った奴を河童だと思ってんだろう」
「そうじゃないの。ちゃんと図鑑で見たよ。空想の動物だって書いてあったけど…」
ボクは、空想の動物ということを強調したかった。存在して欲しくなかった。そんなもの、見たくなかった。もう、帰りたい一心だった。
すると、兄ちゃんは、また、ふふふと得体の知れない笑い声を上げた。
「何がおかしいの?」
しばらく、奇妙な沈黙があった。滝の轟音ばかりが鳴り響いていた。
「お前に河童の正体を見せてやる」
「河童の正体?」
「そうさ。お前、ウチに裸の子供の彫り物があったの、覚えてるよな」
そう、言いながら、お兄ちゃんは服を脱ぎだした。
そして、真っ裸になった。
「ホントの河童は、オレなんだよ」
そう言うと、兄ちゃんは、ボクの背中を押して、水面へ突き落としたのだった。
そして、あとから兄ちゃんも飛び込んできた。
(ボクは丘の河童なんだ、泳げないんだ。溺れちゃうよ!)
でも、水の中では声になるはずがなかった。ゴボゴボ、ガボガボという哀れな音がこもっているだけだった。
水中には、ホントに河童がいた。兄ちゃんという河童が。兄ちゃんの魔の手がボクの足首を握って、水の底深く、引きずり込もうとしているのだった。
それからあとのことは、何も覚えていない。透明なような、濁っているような、泡だらけのような、真っ白な雲の海のような、真っ暗闇な押し入れのような、高周波音の鳴り響く無音の宇宙のような、訳の分からない真っ赤な闇の時空を駆け巡っていた。
気が付くと、ボクは、岩場の何処かに横たわり、青い空、白い雲を眺めていたようだった。が、すぐにまた、紅い闇の坂道を転げ落ちていった。
そのあとは、何もかも真っ白になった。
やがて気が付くと、大きな屋敷の奥の座敷に一人、寝かされていた。襖の向こうの、はるか遠くの茶の間からは、みんなの賑やかな談笑の声が聞えてきた。
中でも、兄ちゃんの笑い声が、一際大きかったことをボクは覚えている…。
あの事件のことは、兄ちゃんにはただの冗談だったのだろうし、とっくに忘れていることらしいけど、オレは決して忘れちゃいない!
あれから6年。オレはもう、あの頃のガキなんかじゃない。
オレは密かに誓っていた。今度はオレが河童になってやる。
そして、兄ちゃんを…。
| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)
[本作品について、多少の説明があります:
「「ジャスミンの愛」アップ!」
まあ、直接、作品を読んでも楽しめるように書いていますが。]
では、いざ、本文へ!
「ジャスミンの愛」
彼は、もしかしたら、飛びまわる灰に、どのような墓碑銘を付けるべきか、悩むかもしれない。そんな自分になるかもしれないとは夢にも思わなかった。
――所詮は人間なんてこんなもんじゃないか。あの輝きがこんなにも呆気なく潰え去り、骨と灰と煙に成り果ててしまう。
そんな捨てゼリフのような述懐も何の役にもなりはしないのだった。
――いっそのこと、欧米みたいに土葬にすればいい。棺に納めて穴を掘って、地中に埋めてしまう。そうすりゃ、あの人が死んだってことをオレだって事実として受け入れられるに違いないんだ。
彼は、脳裏に教科書で見た「九相詩絵巻」の図柄を思い浮かべていた。絶世の美女と呼ばれている小野小町だって、死ねばあんなふうな無残な姿を曝け出す。平凡な人間なら、なおのこと…。そう思いたかったのだろう。
彼は火葬場から遺灰を一掴み奪って、一人、抜け出してきたのだった。
彼と彼女とのことを知るものは誰もいない。大方は、若い彼の気まぐれが始まったと思うばかりだった。
彼がどんなに安美(やすみ)という名の彼女のことを愛していたか!
まして、彼女が彼をどんなに愛していたかなど、誰も知る由もなかったのである。
否、そのはずだった……。
――墓碑銘を刻むんだ。オレだけの墓碑銘だ。保美に捧げる墓碑銘なんだ!
そう、彼はまさにたった今、火葬場で灰と骨とになり、煙となって空へと飛び去っていった彼女に愛されたのだった。
十五になったばかりの彼には、死んだと言われても、まるで現実感がなかった。
ウソなのに違いないと思った。
彼と彼女との仲を引き裂くための、大人たちの芝居に違いないとさえ思った。
彼女に誘われ、受験勉強の最中、家族の目を盗んで彼女の元へ走った日々。
叔母さんだけれど、彼には優しいお姉さんだった。ずっと年上の年上の恋人だった。
結婚はしているのだけれど、子供は居なかった。旦那さんも優しくしてくれる、なんて彼にのろけ話を言って聞かせる。
若い彼には、<優しくしてくれる>という彼女の言葉が耳に残り、ついには腰を疼かせるようになった。
何故なら、彼女は、<あっちのほう以外はね>という余計な一言を付け加え、意味深な目を彼に投げかけたからだ。
それからは、もう、彼は彼女の虜だった。朝な夕なに彼女の姿が現れた。教科書のまっさらなはずの余白にも彼女の顔が、髪が、眩しいほどに白い胸元が浮かび上がってくるのだった。
<あっちのほう以外はね>などと彼女に言われたのは、彼が中学三年生になったばかりの頃だった。
けれど、それだって、少年の儚い思い出に過ぎないはずだった。ちょっとした切っ掛けが彼を翻弄することになろうとは、中学三年生に成り立てで、受験のことで頭が一杯の彼には思いも寄らないことだった。
身近な年上の女(ひと)への切ない恋で終わるはずだったのだ。
部活が嫌いな彼は、内申書の査定が違ってくるからという担任の勧めや友人らの楽しげな活動ぶりにも無関心を装っていた。
集団行動は嫌いなのだ。まして体育系など、うんざりなのだった。
そんな帰宅部の彼は、東京の下町にある学校をチャイムと共に逃げ出すように立ち去ると、隅田川の土手へ向うのが常だった。ある橋の下が彼の縄張りだった。下水道のパイプが通っていて、立ち入り禁止になっているのだが、彼は構わず入り込んでは、鉄柵の檻に囲まれた一角に陣取って、川の流れを眺め、雲の形の変わり行くのを飽くことなく見惚れていた。
自由。自然。憧れ。山の彼方。
そんな彼の秘密基地の存在は、学校の仲間の誰も知らなかった。家族にはなおさら秘密だった。
塾へ通うのも時にサボって、この秘密の空間で彼だけの夢を追っていた。
ここで彼を邪魔するのは、ハトたちがたまにウンチすることくらいだった。
――ここだったのね。
振り返ってみると、塾の先生だった。それとも彼の叔母さんと言うべきか。
そう、彼の叔母さんの家が塾だったのだ。
塾の先生とたった一人の生徒。
彼女は、その名を知らないものはいない大学の院生になっていた。そこで今の旦那様と出会ったのだった。
経済的な事情などもあって、彼女は学業を断念し、家庭に入った。
今では、子供も生まれる見込みがなくなったので、時間的なゆとりもあるし、昔取った杵柄で、塾を開いて、学問ならぬ受験勉強のお手伝いなのだった。
彼は中学三年になった時からの保美の最初の、そして、たった一人の塾生になったというわけだった。
――ここで何をしてるの。
彼は、不意を突かれて言葉が出なかった。
サボったという後ろめたさもあって、頭の中が真っ白になった。
自分の子供っぽい思いが見透かされたような気さえした。
――大丈夫。サボっていることは誰にも言ってないから。
その日から、塾の日が増えた。休日や土曜日を利用しての個人授業を橋の下の檻の中ですることになったのである。その代わり、普段は、保美の家で勉強するという約束になったのだ。
青空の下での授業は自然の勉強だった。自由という気侭な感覚を堪能しつくすという心身の鍛錬だった。
五月の連休の間は、特訓の日々が続いた。
朝から晩になるまで愛を学び続けた。
寵愛とは何かを彼は知った。
保美は激発する欲望をからかい、弄り、挑発し、夢路へと誘っていった。
愛される一人の男であることの誇り。女を霧や夢想の彼方で想い描くのではなく、指と足と腰と腹とお尻と鼠蹊(そけい)と髪と唇とを重ね合い、奪い合い、与え合うことで知っていった。
女は飽くことのない泉だった。熱い迸りだった。男の本能など呆気なく飲み乾すアリ地獄だった。砂の穴へ誘い込むサソリだった。その毒の甘さは一端、知ったなら誰も逃げることはできない。
彼は、今や、保美の舌の先に息衝く一匹の獣だった。保美は舌と指先で彼の体中を毒という名の愛を塗りたくっていた。
――保美! ジャスミン!
ジャスミンというのは、保美の母が好きな花で、女の子ならジャスミンを語感で連想させる保美にしようと言い張ったのは彼女の母だったという。
毒は体中を駆け巡る。しかも、愛の毒は魂を干すまでは体から抜け出すすべがない。
愛の虜は逃げないどころか、獲物のほうから穴へと飛び込んでいく。深みに嵌まっていく。
嵌めているのに、嵌められて、二進も三進もいかない。
目の前に肉の壁があり、唇は蕩ける愛の河に塞がれ息も絶え絶えになった。
二匹の蛇は互いの尻尾を追っては食いつき食い破り、食い尽くし、蕩ける唾液は愛液と相俟って蜂蜜よりも甘く濃く、橋の下の寝屋を満たした。
彼は精根尽き果てて倒れ伏してしまう。なのに、時間が経つと、女は猶も男を駆り立てた。
カラカラに干からびた井戸の底へと飛び込ませ、素手で井戸の底の石の透き間を掻き削らせ、女という満足ということを知らない大地を湿らせ潤すことを命じられた。
彼女は彼女の旦那との夜を語った。結婚した当初の激しい性愛の日々。でも、旦那は彼女と結婚したことを後悔していた。彼女と知り合って間もなく、教授と親しくなり教授の家庭に招かれ、適齢期の娘さんがいることを知ってしまったのである。
あと、半年、いや、三ヶ月だけでも早く教授と親しくなっていたら今頃は助手になっていて、万年博士浪人という生活から抜け出せていたに違いないという思いが、彼の悔恨の念の始まりだった。
そして夫婦の破綻の始まりでもあった。
歯車は狂っていくばかり。
結婚して一年も経たないうちに、仮面の夫婦になってしまった。
旦那には彼女が疎ましいばかりだった。ほとんど毛嫌い同然だった。
彼は保美をシカトするばかりだった。そこに居るのに居ない。保美の肉の心が今にも開かれるのを待ち受けているのに、その上を乾いた風が吹き抜けていく。
でも、彼女は彼を愛していた。
彼の心も体も愛(いと)しいと思う気持ちに変わりはなかった。
でも、何年も経つうちに疲れ果てた。
そんな家庭の事情を知るものは親族にも学校関係者にも誰一人いなかった。二人は完璧な理想の夫婦像を演じていたのだ。
寝物語を聞いていても、彼には夫婦の機微の微妙なところは理解し切れなかったが、叔母さん夫婦の内情の血の吹き出るほどに冷め切っていることを日々思い知らされた。
それも、熱く激しく飽くことなく。
そんな或る日、彼女が病気で倒れた。
病気と言いながら、実は家庭内暴力(DV)で殴り倒されたという噂が飛び交っていた。
DVでは、外聞が悪いということで、主に彼女の旦那の関係者を中心に真相の揉み消しが図られていた。 まして、浮気がどうしたとか、近親何とかという噂は、表沙汰にはできないことだった。
そんな無責任な噂の中には、HIVがどうしたという話さえ流れていたことを知ったのは、荼毘に付される数日前だったろうか。
病院へは、彼女の家族しかお見舞いにいけなかった。旦那も旦那の親族らも来なかった。
個人授業を受けていた彼も面会謝絶で会えなかった。
というより、密かに彼は遠ざけられていたのだった。
彼は自分のせいだったのかと悩んだ。
でも、誘われたのは自分のほうではなかったのか。
誘惑したのはジャスミンのほうなのだ。
でも、彼女を愛したのも事実だった。世界が彼女の肉の色一色に染まるほどに彼女を愛したのだ。そして、愛された。
この貧相な自分があれほどの寵愛を受ける存在であるということ。女に欲せられ追われ、駆り立てられる存在であるということ。
彼女の葬式は夢のように現実感なく終わった。汗と愛液と涎(よだれ)と吐息と叫びしかない現実からはあまりに遠かった。
彼は、また、一人きりの檻で静かに過ごしていた或る日、流れゆく雲を見ていた。
いつだったか、彼女の家の書棚でたまたま手にした本の中で、「死骸を火葬にして灰を川に投ぜよ」という言葉を見出したことをふと思い出した。
彼女の本か旦那の蔵書なのか忘れてしまった。
エンゲルスの遺言だとあった。
――そうだ、川だ。保美を川に流すんだ!
そう思い立ったのは、火葬場で燃え尽きた彼女の骨と灰とを見た瞬間だった。
オレたちは、あの場所で愛を交わしたんだ。幾度、保美を引き裂きたいと思ったことか。
愛は惜しみなく奪う。肉を引き裂くほどに。
保美の体は彼には無間地獄のようだった。何処まで辿っても行き着く果てはない。そこに保美はいる。でも、自分が一体、保美の何を愛しているのか分からなかった。
――ああ、オレたちの愛が流れていく。流れていく前に、墓碑銘を刻まなくちゃいけない。
彼は、保美が死んでくれて助かったという思いが脳裏を駆け巡っているのを感じていた。
それどころか、自分が彼女を死に追いやったという思いさえ、沸々と湧きあがってくるのをどうしようもなかった。血が濁らされたという怨念のような、根拠のない直感が彼を苦しめていた。
――あのまま続いていたら、オレ、何を仕出かしたか知れやしない。本当に保美を…。…まさか、そんなオレの思いに気付いて保美は…。奴にも疎まれ、オレは愛に目が眩み…。
――ボク、分からないよ。
――何が?
――どうやって愛したらいいのか。
――私たちの世界を難しくしないでよ。とりわけ、私たちの世界を。今は、愛が全てなの。欲するがままに愛したらいいのよ。
……じゃ、貴方を引き裂いてもいい。
到底、口にすることのできない言葉だった。
彼は、流れる川に向って遺灰を投げた。灰は空中を飛び交い川面に落ち、紛れ、流れ去っていった。
――墓碑銘は……。墓碑銘は風に任せればいいんだ。……復讐は終わったのだ!
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
彼は足元の枯葉を蹴った。長い信号だった。
気がついたら、他の人は歩き出している。
なのに、彼はためらっていた。
やっぱり、ダメだ!
彼は踵(きびす)を返して美紀のもとに向かった。枯葉が驚いたように舞った。
あのままじゃ、ダメだ。絶対にダメなんだ。
初めは早足だったのが、次第に足が速まっていく。
幾度となく待ち合わせした公園の脇の近くのサツキの植え込みのある家の傍に差し掛かったとき、足が止まった。
何日か前の美紀との他愛もない会話を思い出したのだ。
これはサツキって言うの。
えっ、これって、ツツジじゃん。
どう見たって、ツツジだよ。
ううん、ツツジはツツジだけど、違うの。ほら、葉っぱがちょっと小振りでしょ。
云われて見ればそんな気もする。でも、彼にはどうでもいい。
要するにツツジの仲間なんだろう!
| 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (0)
Mystery Circle | コント | タクシー吟行 | ディープ・スペース | トンデモ学説 | ドキュメント | ナンセンス小説 | ペット | 俳句・川柳 | 創作:紀行 | 創作:落語篇 | 夢談義・夢の話など | 妄想的エッセイ | 宗教・哲学 | 小説 | 小説(オレもの) | 小説(タクシーもの) | 小説(ボクもの) | 小説(ボケもの) | 小説(幻想モノ) | 心と体 | 思い出話 | 恋愛 | 文化・芸術 | 日記・コラム・つぶやき | 旧稿を温めます | 書籍・雑誌 | 浅草サンバレポート・日記 | 詩作・作詞 | 趣味 | 酔 漢 賦 | 駄文・駄洒落・雑記 | 黒猫ネロもの
最近のコメント