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<title>壺中方丈庵</title>
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<description>国見弥一の創作の館……小品、俳句、川柳　コメント、トラックバック大歓迎！　但し、一旦、留保し内容を確認の上、表示させていだだきます。</description>
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<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/12/post-2bda.html">
<title>クリスマス小風景</title>
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<description>　クリスマスの飾り付けで色めく街中を人々が忙しげに、あるいは賑やかに歩きすぎてい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　クリスマスの飾り付けで色めく街中を人々が忙しげに、あるいは賑やかに歩きすぎていく。冷たい空気の中だけれど、そうした人たちには熱気が漂っているようで、寒ささえ、心の温みへの郷愁を誘う小道具のようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　が、そうした活気に満ちた町の片隅を、時折、どこか寂しげな影が過ぎていくこともある。&lt;br /&gt;
　車の中で信号待ちをしていると、闊歩する連中より、何故かそうした影に小生は注意が向いてしまう。きっと、自分もそうした仲間だと感じているからだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう、今年も小生は一人っきりのクリスマスを迎える。バレンタインデーも誕生日も、そうだったように。&lt;br /&gt;
　小生はもう、既にいい年齢を迎えている。今更、そんな賑やかなざわめきが自分を取り巻いてくれなくても、別段、寂しいとは思わない。&lt;br /&gt;
　でも、そのポツン、ポツンと見える影は、どこまでも寂しそうに見えてならないのだ。あの子達が、体を常に街灯やショーウインドーに背を向けるように努めているのが、痛いほど分かる。&lt;br /&gt;
　顔の表情を曝したくないのだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　覗きこむというのではないが、チラッと小生の視野の隅を掠めるそうした人は、お世辞にも綺麗な人、可愛い人とは言えない。性格も地味そうだ。&lt;br /&gt;
　というより、性格の後ろ向きな所が彼女を、一層、暗い、時には陰惨とさえ思わせる雰囲気を顔や体全体から発散させるのだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　会社か学校での彼女の姿が髣髴とされる。&lt;br /&gt;
　みんなが（そう、そうした彼女たちには、まわりにいる人みんなが）幸せそうに見えてならない。みんな、誰かと約束がある。みんな、誰かに誘われている。みんな、何処か、行く当てがある。みんな、忙しそうだ。きっと、幾つも約束を抱えているに違いない…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その用件が、ホントは、アルバイトだったり、家の手伝いだったりするのかもしれないのだが、そうしたイジケた女性には、楽しげに忙しさを満喫しているようにしか見えないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実際、ホントは彼女だって誰かに誘われかけたりさえ、したのかもしれない。&lt;br /&gt;
　けれど、つい、妙な意地を張って、私、用があって、ダメなの、なんて断ったのかもしれない。持てない女性同士のパーティなんて味気ない、なんて、友達に背を向けてしまったのかもしれない。誘ってくれた女性の気持ちも考えずに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、彼女は、街に、あるいは世間に背を向けて、前屈みになって、顔を暗くして、歩を早める。何か、さも、約束があるかのように。時間に間に合わなくて、懸命なんだとでもいうように。つい、わざとらしく腕時計を見たりして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、家に辿り着いたけれど、部屋に灯りは点いていない。&lt;br /&gt;
　当然だ。彼女は一人っきりで暮らしているのだし。&lt;br /&gt;
　彼女は、明かりを灯す元気も今日は、ない。&lt;br /&gt;
　しっかりと閉められたカーテンの透き間越しに月明かりが洩れ込んでくる。月光が、カーペットの床に明暗を付ける。気が付くと、彼女の脛に斜めに月光が走っている。&lt;br /&gt;
　泣き出したいような、でも、泣く理由がないような、妙な気分が彼女を襲う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　不意に電話のベルが鳴る。&lt;br /&gt;
　暗い部屋、一杯に甲高いベルの音が満ちる。誰かいい人からの電話だったらいいのに、と、心底から思っている自分に気付く。でも、違うことを彼女は知っている。どうせ郷里からの電話に決まっているのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だから、電話には出ない。今日は、私はいないのだ、だから電話には出られないのだ…。そういうことにしておきたいのだ。明日にでも、さりげなく電話してみて、ああ、昨日、昨日は私、用があったから、なんて、さも、デートにでも出かけていた風を仄めかしてみる。そんな自分の明日の姿が、ハッキリ目に浮かぶ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何にいじけているのだろうか。考えてみれば、自分には家族がいる。自分のことを心配してくれる両親がいる。たまたま家族と一緒に居れないけれど、その気になればいつだって、一家団欒を楽しめるのだ。&lt;br /&gt;
　そうだ、私には健康が恵まれている。ちょっとした風邪をこの前、二三日、引いただけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分はなんて多くのものに恵まれているんだろうと冷静に思い返してみる。&lt;br /&gt;
　だけど、でも、自分の中の空っぽな心が埋められるわけもない。寂しいという気持ち、誰かと一緒に居たいという焦燥感、今頃、みんな、いい人と一緒に楽しくやってるんだろうという嫉妬心は、どうしようもない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夜は更けていく。どこまでも更けていく。けれど、朝は遠い。&lt;br /&gt;
　もしかすると、まだ、宵の口なのかもしれない。こんな時は、時があまりにゆっくりと流れる。月の明りの織り為す床の上の明暗も、苛立たしいほどに、のろのろと移動していく。&lt;br /&gt;
　ああ、私は、今夜も孤独という海の中を、深く深く潜り込んでいかなくてはならないのだ。朝は遠い。その前に闇夜の果てしない峠を越えなくてはならないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　不意にクラクションの音。&lt;br /&gt;
　信号が変わっている。&lt;br /&gt;
　余計なお世話は、やめだ。&lt;br /&gt;
　車を走らせなければ。&lt;br /&gt;
　小生には小生の道があるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（&lt;a href=&quot;http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/christmas-1.htm&quot;&gt;01/12/23 作&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>タクシーエッセイ・レポート</dc:subject>
<dc:subject>妄想的エッセイ</dc:subject>
<dc:subject>心と体</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>祈りのエッセイ</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T20:31:47+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/12/post-1bc1.html">
<title>我がタクシードライバー時代の事件簿（番外編：夜間飛行）</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/12/post-1bc1.html</link>
<description>「夜間飛行を堪能する」 　真夜中の高速道路を一路、都心を目指してタクシーを巡航さ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2006/04/post_091e.html&quot;&gt;夜間飛行を堪能する&lt;/a&gt;」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　真夜中の高速道路を一路、都心を目指してタクシーを巡航させる。ほんの一瞬だけれど、ふと、「夜間飛行」という言葉が脳裏を過（よぎ）ることがある。&lt;br /&gt;
　この言葉、そして感覚が不意に浮上してくるのは、あくまで帰路である。往路では、まずそんな経験はない。&lt;br /&gt;
（中略）&lt;br /&gt;
往路は、上記したように、行灯が消えているので、タクシーも普通車も区別がない。少なからぬ車が黒っぽい塊と化して下りの道をひた走っているだけである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　それが、夜半過ぎの帰路となると、様子は一変する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう、一般の車は数えるほどだし、トラックも少ない。時に、高速道路上を走っているのは岐路を急ぐタクシーだけだったりする。そして、そのタクシーのバラけた群れは、それぞれの車の上の行灯に灯りが灯っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夜半を回った高速道路を都心を目指してひた走る。すると、夜の闇の中を朧に光る黒に近い灰色の幅広い帯がまっすぐに走っている。帯には路肩や車線を示す白いラインが描かれている。防音壁がまた夜の川を土手のように闇にどこまでも続いていく。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　車は未明も近い時間帯となると、疎ら。&lt;br /&gt;
　そう、そこには点々と散在する光たちが藍色と灰色との闇の海の帯に沿って走っていく。&lt;br /&gt;
　夏も近くなれば、尾っぽを光らせる蛍たちの群れが、遠くの餌場を目掛けて、それとも雌の臭いを嗅ぎつけて、無心になって飛び去っていくようでもある。&lt;br /&gt;
　中には百キロ余りで走っている凡百のタクシーをあっという間もなく抜き去ってく個人タクシーもある。きっと、余人に増して欲望が強いのか、それとも仕事に打ち込んでいるのか。&lt;br /&gt;
　だから、闇の中の光の群れは、秩序だった光の列ではないのだ。間近に見えた光が、あれよという間に高速のゆったりしたカーブの先へ吸い込まれていく。消え去っていく。置き去りにしていくようでもある。光が消滅していくかのようだ。&lt;br /&gt;
　無論、自分の車も、その一台なのである。遠目には自分の車も、黒から藍の海へ、鉛色から底光りする灰色の闇へと変幻する無機の空間に明滅する数知れない虫たちのただの一匹に過ぎない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、おれも、夜間飛行する一匹の虫なのに違いない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この感覚が襲ってきたときには、スピードを無闇に上げたりしない。遅からず早からずというスピードがいい。エンジンの唸り音より道路に削られるタイヤの悲鳴のほうがやや大きいほどがいい。風の唸り声が脅威に感じられない程度がいい。&lt;br /&gt;
　うまくスピードを調整すると、まるで道路の上を走っているのではなく、滑っている。&lt;br /&gt;
　否、それどころか、ある種、うまく自分を誤魔化せたならば、空を宙を飛んでいるような感覚さえ、覚えることが不可能ではない。&lt;br /&gt;
　闇の宇宙を、闇の空を、闇の海の帯を、闇の海の澪を極めて自然になぞっているだけかのように思えたりする。&lt;br /&gt;
　この形而上的感覚！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あの車、この車のどれにも運転手がいる…はずである。防音壁の下、それとも彼方には住宅街があり、森があり、山があり、海があり、あるいは川がある。そのどこにも、人間の、それとも動物の、植物たちの、微生物たちの、ウイルスたちの生活が、命が、犇めき合い、蠢き合っている。タイヤが削れてまでも走っている今、道路の下では何かの生き物の新たな命が生まれようという瞬間に際会しているかもしれない。末期の時を迎えているのかもしれない。ただただ、生きる苦しみに呻吟している人もいよう。肉体の喜びに嗚咽しているかもしれない。飢え飢えているのかもしれない。&lt;br /&gt;
　目に見えるもの、耳に聞こえるもの、匂ってくるもの、味わえるもの、考え感じ思い想像し妄想するその全てを賭けても、人の想像力の遥かに及ばない世界が空に地に宙に広がっている。電波が一点へと収斂せんと幾重もの虚の波を闇の彼方の磯を目掛け打ち寄せ続けている。クォークが飛びぬけ、宇宙線が体を貫き、宇宙塵が漂い、星が煌くことを忘れ直視せんとする者から光を奪おうとしている…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夜間飛行の感覚。&lt;br /&gt;
（中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　地上世界を何処までも離れていくという感覚。それは、肉と心の世界からの離脱のようにも見える。ただ、離れれば離れるほどに、離れた両者は不可視の強烈な接着剤でパートナーに引き寄せられるのを感じる。重力より凄まじい力で。引力と斥力。&lt;br /&gt;
　夜間飛行を続けていると、人間の心が肉ほどにモノなのだという感覚を知る。思い知らされる。&lt;br /&gt;
　あるいは、その形而上的感覚を誰よりも感じ味わうために夜間飛行という名の星への旅を続けていたのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（転記終わり）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;関連拙稿：&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-5f3d.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（序）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-6e0d.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（１）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-133a.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（２）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-ec9c.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（３）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-6e0d-1.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（４）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-82b0.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（５…前篇）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-d0ea.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（５…後篇）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/11/post-ddb3.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（６）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2009/12/post-4f4a.html&quot;&gt;我がタクシードライバー時代の事件簿（７）&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>タクシーエッセイ・レポート</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>祈りのエッセイ</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T20:15:27+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/11/post-4db4.html">
<title>赤い闇</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/11/post-4db4.html</link>
<description>　初めに何があったのだろう。 　何一つ、覚えていない。 　忘れてしまった？ 　そ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　初めに何があったのだろう。&lt;br /&gt;
　何一つ、覚えていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　忘れてしまった？&lt;br /&gt;
　それとも、最初から記憶の網に掛かっていなかった？&lt;br /&gt;
　ある言い知れない不快感。&lt;br /&gt;
　いや、不快の念というより、ある種の裂け目。&lt;br /&gt;
　引き裂かれる痛み。&lt;br /&gt;
　…痛みさえ、覚えることのできない痛烈な捩れ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　体が捩れるのか、それとも時空自体の歪みが己に及んだだけのことなのか。&lt;br /&gt;
　限りなく血の色に近い、オレンジ色の時空。&lt;br /&gt;
　血反吐（ちへど）のような時空の塊（かたまり）。&lt;br /&gt;
　喉なのか、それとも脳髄のどこか奥まった箇所なのか、血栓が決壊して、薄く透明なパイプの膜を突き破って時空の結晶が飛び出してしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　鉄分の匂い。&lt;br /&gt;
　…血の匂いなのか…？&lt;br /&gt;
　凝結した血がヘドロとなって溢れている。&lt;br /&gt;
　目や鼻や耳や口から溢れ出ている。&lt;br /&gt;
　切り裂いてしまったのか。&lt;br /&gt;
　一体、何を引き裂いた？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　…息ができない！&lt;br /&gt;
　血飛沫という濃密な、甘いような苦いような不思議な味の蜜が喉を口を満たしている。&lt;br /&gt;
　血糊が舌を嬲っている。鉄錆の何処か寂しげな匂いが周辺に漂っている。&lt;br /&gt;
　匂いが鼻の粘膜に、血糊が舌の先に粘りついてしまって、こいつらはきっと、一生、付き纏うに違いない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　赤い闇が覗けている。&lt;br /&gt;
　何処までも深い闇。&lt;br /&gt;
　幾重にも塗り固めた漆の光沢にも似た、赤茶けた表層を滑っていく。&lt;br /&gt;
　裏返り、宙返りし、もんどりうって、その上、体が捩られ擂（す）り潰される。&lt;br /&gt;
　心までが眩暈の余り、吐き気に苦しんでいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　それでいて、間欠泉の如き唐突な愉悦に嗤ってしまいそうだ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　それは…、二つの肉塊に別れてしまった。&lt;br /&gt;
　別れ別れになってしまった。&lt;br /&gt;
　溶けて分離し、南の海へと孤独な旅をする氷山。&lt;br /&gt;
　ちょうどそのように、二つの肉の塊たちは、それぞれの海へ、それぞれの崖っぷちへ流れ去り行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;br /&gt;
　寂しい。&lt;br /&gt;
　何物とも触れ合うことのない二つの塊。&lt;br /&gt;
　せめて北の海へ舞い戻って、いつの日か氷の海に閉じ込められるがいい。&lt;br /&gt;
　深く固く篭って、いつの日かの夢を貪るがいい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、けれど、肉の塊はさらにさらに細切れの刑という憂き目に遭っている。&lt;br /&gt;
　あそこにも、そして、あんなところにも、元は一つだったはずの片割れの肉片が転がって呻いているじゃないか！&lt;br /&gt;
　まるで、真夜中過ぎの町の灯りのように、孤独に沈んでいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう、拾い集めることも叶わない。&lt;br /&gt;
　懸命に集めたところで、何かが足りなくなるのは目に見えている。&lt;br /&gt;
　ボタンを掛け違えたのだ。&lt;br /&gt;
　擦れ違ってしまったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　辻褄が合わない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　寂しいのだ。&lt;br /&gt;
　会いたい！&lt;br /&gt;
　路上の石ころどもがそう叫んでいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな悲鳴が誰にも聞こえないのか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　青い石、赤い石、黄色い石、透明な石、有り触れた砂利。&lt;br /&gt;
　あれらは…、もしかして、我が身の成れの果てではないのか…。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（了）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;関連しないけど&lt;/strong&gt;、（「赤い闇」つんがりということで参照してほしい）&lt;strong&gt;拙稿：&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2005/02/post.html&quot;&gt;雪幻想&lt;/a&gt;」&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（09/11/28 作）&lt;br /&gt;
　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ナンセンス小説</dc:subject>
<dc:subject>創作（断片）</dc:subject>
<dc:subject>心と体</dc:subject>
<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-11-28T20:38:13+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/10/post-a9b4.html">
<title>母と息子の「カラス　なぜなくの」談義</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/10/post-a9b4.html</link>
<description>「からす　なぜなくの」 「それはね、からすは山に かわいい七つの 子があるからよ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「からす　なぜなくの」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それはね、からすは山に かわいい七つの 子があるからよ♪」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ふーん。ところでさ、山にいるのは七羽のカラスの子供なの、それとも七歳の子供なの？」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それはね、からすの子供が待っているんじゃないの」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えっ、じゃ、からすは、人間の子供が可愛いからって、カアカア鳴いているの？」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「バカだね、この子は。カラスの子供が七歳じゃ、とっくにお爺さんかお婆さんでしょ。とてもじゃないけど、丸い目をした いい子だよ♪　なんて、唄えるはずなわよね」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「分かんなくなってきた。からすが鳴いているんでしょ。巣に子供が居るからって、待っているからって。巣に居るのが人間の子なら、飛んでいるのは、からすじゃなくて、人間ってこと？」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ばかだね、お前は。つくづく、我が子だね。人間が空を飛べるはずないでしょ」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あーあ、ますます分かんないや。巣に人間の子供が待っているってことは、何？　からすって、人間の子供を捕まえて巣に閉じ込めているの。その子供を早く食べたい、腹減った、と鳴きながら飛んで帰っているってわけ？」&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
「何て子だろうね、お前は。できることなら、お前の脳味噌と、カラスのと入れ替えてもらいたいもんだね」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「大体さ…。あれ、飛んでいるのがからすだったらさ、どうして、巣に子供を残しているんだろうね」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それはね、親は餌を探し求めて、まだ幼い我が子を巣に残して働いているんだよ」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ふーん、だから、母ちゃん、いつもいないんだね。父ちゃんは、でも、いつも家に居るよ。父ちゃんは、働かなくていいの。いつも、部屋でグータラしているよ？」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいの、父さんはね、夜、しっかり、働いてもらってるから」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「？？？？？」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（「&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/10/post-d7a2.html&quot;&gt;カラスのことあれこれ&lt;/a&gt;」より）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ナンセンス</dc:subject>
<dc:subject>小説（ボケもの）</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-10-18T19:41:33+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/10/post-d7a2.html">
<title>カラスのことあれこれ</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/10/post-d7a2.html</link>
<description>　小生の気のせいかと思っていたら、どうやら実際に東京ではカラスの数が減ってきてい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　小生の気のせいかと思っていたら、どうやら実際に東京ではカラスの数が減ってきているようである。なんらかの形で数えられているのかどうかは知らないが、そういう話を耳にするようになってきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そういえば、いつだったか、東京都知事の石原慎太郎氏が、東京のカラスの数が減っているという話をしていたような。いつだったかの談話で、都内の白いハトは、カラスの跋扈のため駆逐され、黒っぽいカラスばかりが目立つようになったのだとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうか、小生は、東京のスモッグなどのせいでハトが薄汚れているのだとばかり思っていた。とんだ勘違いだったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　余談だが、過日、両国にある東京江戸博物館に行った際、博物館を出て、近くに止めておいたスクーターのところへ戻って、ヘルメットを被ろうとしていたら、カラスが、トコトコ歩いている。驚いたのは、背中などの模様の美しさ。虹の七色のような色が明瞭に発色している。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　仕事柄、都内を車で走り回っている。駅の構内などで客待ちしていることも多い。すると、駅の庇などの裏か何処かに潜むハトが、餌を求めてか、ロータリーに舞い降り、アスファルトの路面を啄ばんでいる。&lt;br /&gt;
　そうしたハトの背などを何気なく観ていると、排気ガスか埃などのせいなのかは分からないが、薄汚れている。汚れを通して、なんとなく模様があるらしいとは分かるのだけど、とても、綺麗だとは言えない。そんなハトを見慣れている小生には、両国で観たハトの羽根の模様の美麗さは驚きそのものだったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　繰り返すが、小生は、ハトは一昔前は白っぽかったのが、都会の俗塵に塗れて薄汚れていったのかと思い込んでいたりする。白いハトというのは、飼われたハト、何かのセレモニーの際か、手品などに使われるだけなのかと思っていた…。&lt;br /&gt;
　そうか、白いハトは、カラスに駆逐されていたのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、その強い、また、強そうなカラスの数が減っている。一頃は、ゴミ置き場の生ゴミを漁ったりするということで、社会問題にまでなり、ゴミに網を張ったりして防御対策に大童だったりしていたものだ。今も、そうだ。&lt;br /&gt;
　で、カラスの駆逐作戦が都内でも始まった（これは石原都知事の音頭によって始まったのかどうかは覚えていない）。実際、カラスの数が減った。作戦が効を奏したということかとばかり思っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、予想に反して、実情は違うらしい。これは（テレビで）石原都知事の談話を見聞きして知ったのだが、カラスは、カモメに敵わないのだという。そのカモメが増えている。カモメはゴミ置き場の生ゴミを漁ったりしないので、目立たないが、運河などを人生を儚みつつ、つくねんと眺めていると、水面を白い鳥が群れをなして飛び交ったり、あるいは漂ったりする光景を目にすることがあるはずである。それらがカモメなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それにしても、近くで見ると、嘴の頑丈そうなこと、切っ先の鋭さからして、カラスは獰猛そうに見える。大人の小生でも、カラスが生ゴミを漁っている傍を通り過ぎる際は、目を背けて、わたし、なにも、みてない、あるよ、と静かに息を潜めて、ひたすら何事もありませんようにと思いつつ、祈るような気持で居る。&lt;br /&gt;
　そのカラスを圧倒するカモメって奴は、どんな奴等なのだろう。幸か不幸か、近くではカモメの怖いかもしれない形相を眺めたことはない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　仄聞するところによると、カラスは頭がいいという。目もいいが記憶力もいいのだとか。カラスを虐めた奴等は、覚えておいて、後で仲間と一緒になって、虐めた奴に仕返しするのだとか。暴走族みたいな連中だ。が、そのカラス、頭のよさが禍するのか、カモメには負ける。何も考えずに突っ込んでくる連中には、さすがのカラスも退散するのだろう（か）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、そんなカラスではあるが、一昔前までは、カラスというと、童謡に歌われるような、何処か郷愁を誘う生き物でもあった。&lt;br /&gt;
　そう、ちょっと前までなら、誰もが知っていたであろう童謡『七つの子』に唄われている世界である。野口雨情の詩を、改めて味わってみよう：&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　からす　なぜなくの &lt;br /&gt;
　　からすは山に &lt;br /&gt;
　　かわいい七つの &lt;br /&gt;
　　子があるからよ &lt;br /&gt;
　　かわい　かわいと &lt;br /&gt;
　　からすは　なくの &lt;br /&gt;
　　かわい　かわいと &lt;br /&gt;
　　なくんだよ &lt;br /&gt;
　　山の古巣に &lt;br /&gt;
　　いって見てごらん &lt;br /&gt;
　　丸い目をした &lt;br /&gt;
　　いい子だよ &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　間違っても、「からす　なぜなくの」に続けて、「からすの勝手でしょう」とは歌わないほうがいいだろう。気分がぶち壊しになる。&lt;br /&gt;
　遠い昔、小生が紅顔の美少年（？）だった頃、近所のガキ連中と遊び疲れ、気が付くと、みんなそれぞれの塒（ねぐら）というか自宅へ帰っていって、何故か一人、取り残されたりする。すると、宵闇迫る空の何処かからカラスの鳴き声が聞こえてくる。なんとなく、赤ん坊が泣き喚いているような、あるいは産声でもあるようなオギャーという声に思えたりする。時折は姿も垣間見えたりするが、大概は、薄暮を背に真っ黒なシルエットが見えるだけの林の黒に溶け込んでいて、カラスの影を見ることの叶わないことのほうが多かったような気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうそう、落ち零れで、出来の悪かった小生は、カラスの鳴き声が、気のせいか、バカーバカーとか、アホーアホーと聞こえたりして、カラスが忌々しかったりしたものだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところで、余談の徒然ついでに書くと、多くの方が童謡『七つの子』を思い入れタップリに唄いつつも、この歌詞に疑問に感じたことがあるに違いない。&lt;br /&gt;
「からすは山に かわいい七つの 子があるからよ♪」と唄いつつも、小生も疑問に感じていた。七つの子って、七歳の子供という意味なの、それとも七羽の子供があるという意味なの、という疑問だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小生は、至って小心で内気でもあったので、もしかしたら回りのみんなはとっくに正確な理解が出来ているに違いにない、分かっていないのはボクだけなのだ、&lt;br /&gt;
　だって、学校の成績だって、悲惨なんだし、先生に質問なんかしたことないから、今更、先生にも友達にも聞けない…。その疑問は、脳裏にこびり付いたまま、とうとう、忘れ去ってしまった。それとも、忘れることにしたのだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところで、では、立派な大人として更正（？）した今、改めてこの歌詞を読んで、あるいは唄ってみて、すんなり理解できるか。どうも、あやふやである。今でも、こうなのだとしたら、厚顔の、いや、紅顔の美少年だった小生に分かるはずがないと納得する。よくも、こんな難解な歌詞の歌を堂々と歌わせたものである。どうも、童謡や唱歌には、理解不能ないし困難な歌詞の歌が多いように思う（この辺りのことは、前にも書いたので、ここでは略す）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、幼少だった小生が、仮に先生か、あるいは母親に、この歌詞について説明を求めても、到底、理解は及ばなかったと思う。&lt;br /&gt;
　ちょっと、想定問答を以下に書いてみた：&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「からす　なぜなくの」&lt;br /&gt;
「それはね、からすは山に かわいい七つの 子があるからよ♪」&lt;br /&gt;
「ふーん。ところでさ、山にいるのは七羽のカラスの子供なの、それとも七歳の子供なの？」&lt;br /&gt;
「それはね、からすの子供が待っているんじゃないの」&lt;br /&gt;
「えっ、じゃ、からすは、人間の子供が可愛いからって、カアカア鳴いているの？」&lt;br /&gt;
「バカだね、この子は。カラスの子供が七歳じゃ、とっくにお爺さんかお婆さんでしょ。とてもじゃないけど、丸い目をした いい子だよ♪　なんて、唄えるはずなわよね」&lt;br /&gt;
「分かんなくなってきた。からすが鳴いているんでしょ。巣に子供が居るからって、待っているからって。巣に居るのが人間の子なら、飛んでいるのは、からすじゃなくて、人間ってこと？」&lt;br /&gt;
「ばかだね、お前は。つくづく、我が子だね。人間が空を飛べるはずないでしょ」&lt;br /&gt;
「あーあ、ますます分かんないや。巣に人間の子供が待っているってことは、何？　からすって、人間の子供を捕まえて巣に閉じ込めているの。その子供を早く食べたい、腹減った、と鳴きながら飛んで帰っているってわけ？」&lt;br /&gt;
「何て子だろうね、お前は。できることなら、お前の脳味噌と、カラスのと入れ替えてもらいたいもんだね」&lt;br /&gt;
「大体さ…。あれ、飛んでいるのがからすだったらさ、どうして、巣に子供を残しているんだろうね」&lt;br /&gt;
「それはね、親は餌を探し求めて、まだ幼い我が子を巣に残して働いているんだよ」&lt;br /&gt;
「ふーん、だから、母ちゃん、いつもいないんだね。父ちゃんは、でも、いつも家に居るよ。父ちゃんは、働かなくていいの。いつも、部屋でグータラしているよ？」&lt;br /&gt;
「いいの、父さんはね、夜、しっかり、働いてもらってるから」&lt;br /&gt;
「？？？？？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　さて、カラスというと、比較的最近の歌で好きなのは、元モーニング娘のメンバーだった中澤裕子の『カラスの女房』。小生は、彼女のキャラクターと、なんといっても声が好きなのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『カラスの女房』の歌詞は下記：&lt;br /&gt;
　&lt;del&gt;http://member.nifty.ne.jp/kamon3/morning/karasu.html&lt;/del&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一読すれば分かるように、この歌詞にも、童謡『七つの子』の詩が織り込まれている。但し、さすがに、「七つの子」は「七つの子供」と変えてある。&lt;br /&gt;
　さすがである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　最後に、余談になるが、カラスの行水というが、カラスの入浴時間は結構、長いという。「羽根についたダニやシラミを落とすためで、一日に何度も行うこともあ」るのだとか：&lt;br /&gt;
　&lt;del&gt;http://www.mirai.ne.jp/~chuousho/22Quiz/mondai/karasukotae.htm&lt;/del&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　となると、小生はカラス以下の存在ということになる。&lt;br /&gt;
　どうでもいいことだが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（&lt;a href=&quot;http://www.melma.com/backnumber_31740_59851/&quot;&gt;04/04/26 メルマガにて公表&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>トンデモ学説</dc:subject>
<dc:subject>ナンセンス</dc:subject>
<dc:subject>妄想的エッセイ</dc:subject>
<dc:subject>心と体</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>音楽</dc:subject>
<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-10-13T20:53:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/09/post-c4c1.html">
<title>ディープブルー</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/09/post-c4c1.html</link>
<description>「国稚（わか）く浮べる脂の如くして、くらげなすただよへる時、葦牙（あしかび）の如...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「国稚（わか）く浮べる脂の如くして、くらげなすただよへる時、葦牙（あしかび）の如く萌え騰（あが）る物に因りて…」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/09/23/kuragenazuna_2.jpg&quot; class=&quot;mb&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Kuragenazuna_2&quot; title=&quot;Kuragenazuna_2&quot; src=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/images/2009/09/23/kuragenazuna_2.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;←　本作は、この絵に触発されて創作したものの一つです。絵は、&lt;a href=&quot;http://www.h6.dion.ne.jp/~nazuna/&quot;&gt;なずな&lt;/a&gt;さんの手になります。同氏は、こんな作品が生まれようとは、夢にも思わなかった、不本意と思っている…かも。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夢の中にいる。夢だと分かっている。間違いなく夢に違いないのだ。そんな世界がありえるはずがないし。&lt;br /&gt;
　でも、この世界から抜け出せない。上も下も右も左も、どっちを向いても、水である。水に浸されている。口を固く閉じているつもりだけど、つい油断して口を開けてしまう。すると、口の中に水が浸入してくる。水が口中だけじゃなく、喉にまで入り込み、内臓をも水浸しにしてしまう。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　喉に入った水は、容赦なく気管支に流れ込み、肺にも入り込んで、肺胞を水攻撃し、水鉄砲で突っつき始め、ついには、無数に分枝したその末端にある肺胞の一個一個が肺の本体から剥がれ落ち、気が付けば、ブクブク上がる水の泡どもと紛れてしまって、もう、水の泡なのか肺胞だったのかの区別も付かない。&lt;br /&gt;
　ああ、これでは、肺胞での換気はどうなるのだ。溺れてしまうぞ。息が出来ないぞ。これまでのオレの人生が泡沫と化してしまう。オレの努力が水の泡だ。&lt;br /&gt;
　喉が競りあがってきそうだ。疲れきって、口が開き、顎が上がってしまう。オレは一体、どうしてしまったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　苦しい！&lt;br /&gt;
　苦しい？&lt;br /&gt;
　あれ、苦しくない。苦しいなら苦しいだけにして欲しいのに、まるで苦しくない。オレは、水浸しになっているのに、どうして溺れないんだ。溺死して、それで一巻の終わりになっていいはずなのに、なぜ、未練たらたらに生きているんだ？&lt;br /&gt;
　生きている？　オレは生きていると言えるんだろうか。なるほど、オレは生前は生きているとは到底、言えないような人生を送ってきた。むしろ、人生を見送ってきた。見過ごしてきた。&lt;br /&gt;
　だからって、オレを水の刑に処して、水の中に晒し者にして、この期に及んでまで、生き恥を晒させようというのか。このオレが、どんな悪さをしたというのか。何もしてこなかったじゃないか。&lt;br /&gt;
　えっ？　それとも、何もしなかったから、こうして水中の汚泥として生き長らえさせようというのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、オレは丸裸だ。真っ裸だ。赤裸だ。薄暗い理科資料室の標本だ。赤面している魚だ。服を脱がされてしまっただけじゃなく、肌さえも剥ぎ取られてしまっている。内臓が透け透けになっている。なけなしの脳味噌さえ、水に漬かって、ふわふわしている。&lt;br /&gt;
　あっ、あれは何だ？　まさか、そんな、嘘だろ。オレの内臓が、オレの体から離れ去って、勝手に蠢きだしているじゃないか。今更、オレに義理立てなどする必要が無いとばかりに、水に浮いている。水中で漂っている。プカプカしている。一切の柵（しがらみ）を捨て去って、そう、ご主人様のはずのオレをも見捨てて、我が道を歩み始めている。&lt;br /&gt;
　ああ、オレにも我が道を歩めというのか。オレにどんな人生があるというのだ。内臓がバラバラに離散し、骨だって、関節の箍が緩んでしまって、90度どころか 180度どころか360度どころか、オレへのあてつけみたいに、むやみやたらとグルグル回転している。今までがあまりにゴツゴツ、コツコツし過ぎていたと言わんばかりじゃないか。&lt;br /&gt;
　内臓も骨格も我が侭のし放題になっている。離散どころか、我が人生は悲惨そのものだ。&lt;br /&gt;
　ああ、我が脳味噌だけが、宇宙の中の島宇宙のように、プカプカ浮いている。オレは今じゃ、太平洋の離れ小島なのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、なのに、この、なけなしの脳味噌さえ、今にも破裂しそう。それとも、破裂するんじゃなくて、脳細胞が、脳の神経が、分裂しかけている。離反しそうだ。誰に対して謀反をしかけようというのか。脳細胞がバラバラになったら、反発する相手もなくなってしまうじゃないか。思い止まれよ。寄り添って生きていこうじゃないか。オレに悪いところがあったら、直すよ。生まれ変わるよ。&lt;br /&gt;
　ああ、オレは、無数の細胞の離散した雲のような存在に成り果ててしまった。オレとは、確率だ。確率の雲だ。霧だ。水中の霧だなんて、想像もつかない。雲を掴むような話だ。オレは何処に居る。あの雲の彼方か。あの水平線の向こうなのか。地平線は何処に消えた。山の高原に降る霧がオレだというのか。たまに霜になって地上にしがみ付いて、そうして、地上世界に生きた過去の思い出を懐かしんでいるというのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、雲よ。固まるんだ。一個の存在に戻るんだ。早く！　&lt;br /&gt;
　そうしないとお日様が上がってきたら、霧なんて掻き消されてしまうじゃないか。雲散霧消しちゃう。気体のままじゃ、風に呆気なく流されてしまうぞ。一個の塊となるという夢が朝日と共に蒸発してしまう。元の肉体に戻れるかもという期待が吹き飛んでしまう。&lt;br /&gt;
　早く、霧たちよ。無数の微粒子たちよ。数知れない確率の雲たちよ。量子崩壊して一点へと凝縮するのだ。＜わたし＞になるのだ。＜わたし＞が嫌なら、＜それ＞になるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、青い水。青い水の中の花。眺めるはずのオレが眺められている。真っ裸以上に赤裸のオレがジロジロと眺められている。&lt;br /&gt;
　オレは形をとっくに失い、ブヨブヨし、プヨプヨし、フワフワし、プカプカし、プニュプニュし、風に吹き流され、無数の花粉と隣り合わせになり、誇りを失い、埃の雲に覆われ、焦点を見失い、そして、水中にあって、目に見えない流れに押し流されている。&lt;br /&gt;
　体を失ったオレとは、一体、何だ。何処にオレは居る？　オレは一個の感覚ではなかったのか。オレとは一個の幻想だったのじゃなかったのか。オレとは、幻想への幻想、感覚への感覚、夢への凝縮、形への崩壊の夢、変幻しつつも、いつかは一個の形を取れるはずという、何の根拠もないのだとしても、その期待に生きていたのじゃなかったのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、オレは勝手に裏返しにされている。見透かされている。薄っぺらな自分が曝け出されている。嘘が吐（つ）けなくなっている。夢を見るはずが、夢そのものになっている。夢とは、青い空に浮かぶ雲だ。変貌極まりない天然自然だ。無辺際なる未来も過去もない無明の宇宙。雲の裏の金色の耀き。裏？　裏って、一体、どっちが裏なのだ。オレのいないほうが裏？　それとも、オレのいるほうが裏なのか。眩い光。光芒の照射。オレの生きていたことは、光芒の誤りに過ぎなかったのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ、我は一体、何処へ消えたのか。我への執着心。そうだ、オレとは我への執着心以外の何物であろうか。幻想だ、無為だと謗られ軽蔑されようと、我へ固執する意志、一個の塊への執心、我であろうとする欲、そう、我執、妄執以外に、オレなど、何ほどのものであるはずがないじゃないか。&lt;br /&gt;
　なのに、雲だ。霧だ。霞だ。靄だ。曖昧模糊だ。もやもやだ。&lt;br /&gt;
　オレとは一個の感覚。考えることなどとは、一切、無縁の感性だけの存在。在るとは思うことではなく、感じること。エッセ・エスト・ペルキピー Esse est percipi。存在とは知覚。感じること。存在とは存在。&lt;br /&gt;
　では、オレは今、感じているのか。水に漂って。漂ってさえ、いないじゃないか。オレは今や、水の粒子とさえ、溶け合っている。混じりあっている。混在している。水とは万能の溶液だとか。ああ、オレは水の罠に掛かってしまったのだ。水の策略に嵌ってしまったのだ。水に溶け去って、溶液の中に消え去っている。&lt;br /&gt;
　ビーカーの中の水。ああ、透け過ぎている。視線が透過してしまって、閉じられた瞼の裏の水晶体に封じ込められてしまっている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こうなったなら、オレは、開き直るしかないのだろう。そうだ、オレは、水になればいいんだ。水は方円の器に従うというじゃないか。今のオレは、水そのもの。だったら、オレは、変幻自在なる夢そのものとなる。器さえ、邪魔だ。オレは宇宙になる。そうだ、雲なんて、論外だったのだ。雲も霧も霞も靄も、吹き飛ばしてしまえばいい。何故なら、オレは宇宙なのだ。宇宙の時空に偏在しているのだから。&lt;br /&gt;
　水とは、水素と酸素だ。その水さえも、還元してしまえばいい。一切を還元してしまえば、そこにあるのは、宇宙だ。宇宙の根源だ。宇宙の根源とは、何か。それは、青だ。青い海だ。海が宇宙より根源であるはずがないって。海とは混沌。混沌の海こそが宇宙じゃないか。青みの底へ。青の時代へ。青に透過された海の底の泥濘。堆積した悲しみと喜び。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　クラゲが浮かんでいる。泳いでいる。それとも、漂っている。漂流している。意志などない。水の流れが、即ち、意志なのだ。夢とは意志そのものだ。オレは今、意志そのものとなっている。存在と不即不離にある。オレはオレに完璧に重なっている。&lt;br /&gt;
　オレとはナルシストなのか。まさか、自分の存在を信じないオレがナルシストたりえるはずがない。オレとは、無なのではないか。無以上に、それとも無以下に蒼白なる海なのだ。海の、宇宙の大きさのクラゲ。水の流れ、気の流れ、意の流れ、闇の海を渡る船の水路を示す杭を、そう、澪標（みおつくし）を感じることのできるクラゲなのだ。闇の宇宙の中の水先案内人なのだ。何故なら、オレそのものが存在なのだから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　青い海の、その果てしない深みを誰よりも味わう。闇の海の静寂に鳴る響き。宇宙の鼓動。光の明滅に他ならない鼓動。&lt;br /&gt;
　瑞々しさを堪能していた。潤う心になっていた。泉の湧く岩場にいた。花の咲く高原だった。抽象的にして、現実そのものである夢そのもの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こうして、オレは水に浮かび漂いながら、目覚めることのない光る夢となっていたのだった。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（&lt;a href=&quot;http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/deep-blue-time.htm&quot;&gt;04/09/27 作&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ディープ・スペース</dc:subject>
<dc:subject>小説（オレもの）</dc:subject>
<dc:subject>小説（幻想モノ）</dc:subject>
<dc:subject>心と体</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-09-23T20:51:59+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/09/post-4e91.html">
<title>秋茄子と言えば</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/09/post-4e91.html</link>
<description>「秋茄子と言えば」（本稿は駄文です！） 　例えば、中森明菜さんが、明菜’ｓなんて...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/hobby/akinasu.htm&quot;&gt;秋茄子と言えば&lt;/a&gt;&lt;/strong&gt;」（本稿は駄文です！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　例えば、中森明菜さんが、明菜’ｓなんていう自分のブランドを作ってみるとか（当然、シンボルはナスなんでしょうが）思うのは、可愛げ気があるけど、かの中世の神学者・哲学者、トマス・アクィナス（Thomas Aquinas）などを思い出す、なんて言うと、教養をひけらかすようで、ちょっと気が引ける。&lt;br /&gt;
　まあ、駄洒落はともかく、秋茄子と言うと、秋茄子は嫁に食わすなという昔からの言い伝えというか、諺がある。&lt;br /&gt;
　意味合いは、一頃は、「秋茄子はとっても美味しいので嫁には食べさせるのはもったいない」とか、「秋茄子は種が無いので嫁に子供が出来ない事を気遣う」などという意味なのだと、言い習わされたりもしたものだが、クイズなどによく採り上げられ、今では、「ナスは、体を冷やすので食べ過ぎるのは体に良くない」ので特に嫁には食べさせないほうがいいのだという思いやり乃至は知恵の含まれた諺だと理解されてきている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　泉鏡花に『&lt;a href=&quot;http://web-box.jp/schutz/zuihitu/ganwaren_r_all.html&quot;&gt;雁われの秋茄子は所帶の珍味&lt;/a&gt;』という極めて短い作品がある。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　この小品を読むと、「雁《がん》われの秋茄子《あきなす》は、鮎《あゆ》の味《あぢ》がすると思《おも》へ、所帶持《しよたいもち》の珍味《ちんみ》なり」とある。雁われの秋茄子は鮎の味がするというが、雁われの秋茄子とは、どんなものか、小生はよく分からない。&lt;br /&gt;
　同じく、この作品を読むと、明治の頃には、「鰹《かつを》の鹽辛《しほから》、烏賊《いか》の鹽辛」とか、「納豆」売りの声が街中で聞こえたのだと分かる。&lt;br /&gt;
　イカの塩辛は好物で、昔はよく食べたものだったが（塩分が濃いので、今は控えている）、鰹の塩辛というのは、食べたことがないので、一度くらいは試してみたいものである。&lt;br /&gt;
　それにしても、この頃は、金魚売りも風鈴売りの姿も見ない。&lt;br /&gt;
　せいぜい、「棹や、青竹」の声くらいのものか。そんな風情のある時代ではないと言うことか。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
　さて、言い忘れたが、小生は、ナスが嫌いだった。食わず嫌いだった。しかも、嫌いなのはナスだけではない、小生のは度を越していて、ナスどころか、凡そこの世に食べるものが何もないくらいにありとあらゆるものが嫌いだった。食べられるものは、御飯と具のない味噌汁か御汁（おつゆ）くらいのもの。御飯にマヨネーズか、それとも味塩を振りかけて食べることしかできないところまで追い詰められた。&lt;br /&gt;
　ここまで来ると、偏食という生易しいものではない。ほとんど拒食症である。小生が保育所の頃か、それとも小学校に上がった頃のことだ。そうそう、御飯に醤油を掛けて食べることもよくあった。オカズなど一切、箸を付けない。&lt;br /&gt;
　野菜の類いが、牛蒡から大根からニンジンからフキから、何もかもが嫌いだったのだ。確か、小生はついに腎臓を壊して入院したことさえあった。&lt;br /&gt;
　それが少しずつ食べられるようになったが、それでも野菜はダメで、御飯に卵とか、肉とかコロッケとかがせいぜいだった。小学校の終わり頃だったか、永谷園だったかの振りかけなるものが売られ始め、小生は御飯に振りかけというパターンに凝ったことがある。何のことはない、マヨネーズや味塩や醤油が振りかけに変わっただけなのだが、それでも、海苔も入っているし、多少は栄養面で進歩したことになる…のかどうか。&lt;br /&gt;
　そういえば、ラーメンでも、ネギは残すし、シナチクも残す。たまにモヤシの入っているラーメンもあったりするが、当然、もやしなど口にするはずもない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな小生に＜革命＞の時代が来たのは、大学生になってから。小生は下宿暮らしとなった。同じ下宿には郷里を同じくする者もいるし、そうでなくてもすぐにみんなと友達になってしまう。&lt;br /&gt;
　朝と夕食の二食の賄い付きの下宿。下宿して、すぐに驚くべきことに、八宝菜なるものが出て、魂消てしまった。&lt;br /&gt;
　小生は偏食家ではあるが、見栄坊でもある。小生は御飯はともかく竹の子やニンジン、木耳（きくらげ）などの具に関しては、噛むことを一切せず、ひたすら飲み込み作戦で乗り切ったものだった。&lt;br /&gt;
　カレーライスも、玉葱やニンジンがたっぷり入っている。入っているだけではなく、我が家のように具の原型がなくなるまで煮込まれているわけではない。そんなものでも残さず＜食べた＞。&lt;br /&gt;
　下宿生活は二年間を経験した。この二年間が小生の食の上での訓練の時期となり、好き嫌いはほとんど変わらなかったのだが、食べられるか否かということでは、ゲテモノ以外は基本的に何でも食べられるようになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただし、それでも、最後の最後まで、口に出来ないものが一つだけ残った。それは松茸とか椎茸の類いである。これだけは食わず嫌いではなく、何度トライしても口に出来ない。無理して口に入れると吐き気がする。というか、吐いてしまったこともある。何かの虫を喉にしているようで、どうにも我慢がならない。八宝菜の時は、冗談じゃなく死ぬ思いだったのだ。他の具は嫌いだけれど噛まない限りは口に入れることもできるし、御飯で丸めて喉を潜らすこともできる。が、椎茸、松茸だけはどうにも。&lt;br /&gt;
　そして、そう、炒め物の茄子も大嫌いなのだ。これも、食わず嫌いではなく、とにかく喉を通らない。通る以前に口に入らない。口が受け付けない。吐き気との闘いとなる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな小生なのである。が、年を取るとは凄いことだと思う。今は、台所のない狭い部屋に暮らしているので料理など論外だが、前の住居ではそれなりの台所があったので、結構、料理をした。味噌汁も、味噌から適当に濃さ加減を見ながらの本格的な味噌汁である。&lt;br /&gt;
　焼肉が大好きなので、週に二度三度と焼肉料理がオカズとなるのだが、ただの焼肉ではなく、最低でも野菜ミックスを買ってきて、肉野菜にする。当然、キャベツもニンジンもモヤシも木耳も、とにかく（見た目には栄養のなさそうな）野菜類がいろいろ入っているのを、肉と絡めて焼くのである。肉だけを食べるのも美味しいが、野菜と絡めて食べるのもグッド。&lt;br /&gt;
　それが、もっと年を取ると、スーパーではほとんど手にしなかったというか、眼中に入らなかった山菜なども買ってみて、食卓を賑わせてみたり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう一度、茄子に戻ると、依然として、炒め物の松茸・椎茸と同様、炒め物の茄子は嫌いである。が、浅漬けなど、漬物の茄子なら今では、わざわざスーパーで買ってきたりすることさえあるのだ。変われば変わるものである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そういえば、これはただの直感で、ちょっと怖いので試してはいないのだが、松茸・椎茸も炒め物は嫌だが、焼いて食べるのなら、口に入るような気（予感）がする。&lt;br /&gt;
　まだ、確信は持てないので、買って、焼いてみて、それでもダメかもしれないし、敢えて購入はしないでいる。誰か、松茸・椎茸の新鮮なものをプレゼントしてくれないものか（饅頭、怖いかという落語の話をしているわけじゃない）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところで、この駄文は、名エッセイスト・仲江太陽さんの「されど茄子」というエッセイ（と、そのエッセイにコメントされる名コメンテーターの方との遣り取り）を契機に書いてみたものである。&lt;br /&gt;
　たかが茄子。されど茄子。&lt;br /&gt;
　実は、もう、夏も終わりだから、「さらば茄子」と駄洒落たタイトルを付けようかと思った。しかし、これでは、名エッセイストの方の名文との比較対照の果ての差があまりに歴然とする恐れがあること、同時に、年を取るごとに、味覚というか食の好みが変わっていく自分を感じるので、さらば茄子というのは寂しい気がしたので、表題の如くにしたのである。何事も為すあたわざる自分を感じる。敢えて他のタイトルを付けるなら、「為すば成る」とでもなるのだろうか。&lt;br /&gt;
　ま、そんなことをつらつら思った、夏の終わりの夜だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（03/08/30 作）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>思い出話</dc:subject>
<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-09-09T20:34:22+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/09/post-6454.html">
<title>帰京ドタバタツーリング</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/09/post-6454.html</link>
<description>［本稿「帰京ドタバタツーリング」は、ドキュメント風日記です。ひょんなことで、この...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;［本稿「&lt;a href=&quot;http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/kikyo-touring.htm&quot;&gt;帰京ドタバタツーリング&lt;/a&gt;」は、ドキュメント風日記です。ひょんなことで、この日記を久しぶりに読むことになった。もう、６年も前のメモ書き。バイクに絡むドキュメントは、&lt;a href=&quot;http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2007/11/post_a17f.html&quot;&gt;今までも書いてきたし&lt;/a&gt;、題材はまだまだあるが、書く暇がない。（09/09/08 アップに際し、付記）］&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「&lt;strong&gt;帰京ドタバタツーリング&lt;/strong&gt;」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今日は富山（北陸）は相変わらずの雨。一昨日から昨日に懸けて降り続いていた雨が、昨日の夜には一旦、上がり、もしかしたらと思ったけれど、やっぱり雨模様だとか。それも時間が経つに連れ、曇り空が堪えきれなくなり、ついには降る確率が高くなるとか。実に生憎の空である。&lt;br /&gt;
　しかたなく、ダラダラしがちな小生も、できれば雨を少しでも避けたくて、でも、両親の手前、起き掛け（朝の10時）に即、出かけることもできず、炊き立ての御飯を目玉焼き、ジャガイモとワカメの味噌汁、もみじこ、バナナのぶつ切りをオカズにお代わりなどしたりして食べた。ついでに味噌汁もお代わり。&lt;br /&gt;
　ツーリングの朝は、普通はそんなに食べない。何故なら走っていると眠気が来易くなるから。でも、食欲には勝てない。おふくろ等の好きな時代劇（再放送）を見ながら、ついつい長居。気が付いたら11時半近く。天気予報の番組がなかなかない。&lt;br /&gt;
　痺れを切らし、出発準備。靴にゴムのブーツカバーを被せ、下はスラックスの上に雨用のズボン、上は、ポロシャツの上に春・秋物のジャケットを着、その上に更に薄手の合羽を着る。&lt;br /&gt;
　この防水通湿のジャケットは、確か80年代の前半、小生がサラリーマン時代にゴルフを始めた頃にゴルフショップで買った優れもの。未だに重宝しつつ使っている。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　手には、通常の皮手袋ではなく、雨に濡れても大丈夫なウレタンっぽい素材のグローブ。多分、ダイバーなどが使うような素材なのではないか。防水ではなく、逆に水を含みやすくなっている。水を含みはするが、その代わり、握っている手の部分は体温でそれほど冷たくはならない。頭には、勿論、ヘルメット。80年代後半からジェットタイプのヘルメットを愛用している。顔を覆うシールドを上げれば、飲んだり食べたりが容易にできるので助かるのである。それに、走行中に、ふと、顔が痒くなっても、簡単に掻けるのが嬉しいってわけ。&lt;br /&gt;
　バイクに荷物を積み込み、いざスタート。&lt;br /&gt;
　背中に両親の熱い視線を感じつつの出発。&lt;br /&gt;
　始動する前は雨は降っていなかったのに、走って数分もしないうちに雨がバイクやヘルメットのシールドを叩き始めた。やっぱり雨だ。バイパス手前のスタンドでガソリンを入れる。富山へ帰着した時、既にエンプティの警告が示されていたのだ。ついでに、出発時間や出発時の走行距離をメモ。さて、いざ出発。&lt;br /&gt;
　バイパスを１０分ほど走って、雨粒ではなく、雨となってきたので、早めに高速道路に入ることに決め、立山インターから高速へ入った。北陸自動車道だ。ここ数年は、北陸自動車道で新潟方面へ走り、上越インターで上信越自動車道に、岡谷インターチェンジで中央道というルートを使っている。その前は、上信越自動車道の更埴で関越自動車道へ向かったものだが、関越は雨が降ると、雨だけではなく霧が深くなる傾向があり、下手すると濃霧のため、高速を降りてくださいとなることも考えられる（実際に経験した）ので、使わなくなった。&lt;br /&gt;
　それと、関越で練馬まで来ても、高速を降りて、そこから一般道を使って我が町までの道のりが遠いし、混むので、それだったら、我が大森から環七を使い、中央道へ入ったほうが、結果として相当に早いという判断が働いている。&lt;br /&gt;
　さて、立山インターから北陸自動車道に入った。風は？&lt;br /&gt;
　そう、小生は雨よりも風が嫌いなのだ。風が怖いのだ。風邪も嫌だが、道路では風が大嫌いなのである。これは、小生の迂闊さも実は一因となっていると分かってはいる。というのは、東京でオートバイに乗り始めたのは82年の4月からなのだが、当初は嬉しさもあり、サラリーマンだったから、バイクにも、バイクウエアにも必要なカネを投じることが出来た。バイク用のジャケットにヘルメットも立派なのを用意し、グローブもちょっとでも穴が開いたら交換（今は、穴が開いたらガムテープで補強している。ブーツも踝（くるぶし）が隠れるライダー用のブーツ。合羽も通湿防水素材の最新ファッションのもの。&lt;br /&gt;
　ああ、みんな夢のまた夢となってしまった。今は、靴は長距離を走るときも、通勤の時と同じ普通の靴を併用。合羽は近所のコンビニで買ったものを着用。僅かに昔、ゴルフショップで買った合羽（上のみ）が残っているので、ゴルフはしないので、それをバイクに流用。&lt;br /&gt;
　そして、問題はジャケットである。バイクにカネを惜しむ必要がなかった頃は、ちゃんとしたジャケットを羽織っていた。当然、体にピッタリとした優れもの。今は、ただの街着の上着を流用している。当然、風が吹くと袖や背中などがバタバタする。高速道路で１００キロ以上で走っているのに、そんなちゃらんぽらんなジャケットを羽織っているから、まるでヨットのい帆を懸けて走っているようなものだ。つまり、風に簡単に煽られるわけである。&lt;br /&gt;
　しかも、小生は、そういう簡単な原理をすっかり忘れて、ここ数年は走っていたのだ。&lt;br /&gt;
　気が付いたら風が怖くてならなくなっていたというわけである。&lt;br /&gt;
　そうはいっても、ちゃんとしたジャケットなど買えるわけもなく、この帰省ツーリングでも、秋・冬用の厚手の上着を流用している。わりと生地が厚く、しかも、これが小さめなので、結果として体にぴっちり被さっているような感じになるのだ。風が吹いても、そんなに煽られることもない、というわけである。&lt;br /&gt;
　で、風は？　というと、なくはないが、それほどでもない。それに冷夏の故に冬用のジャケットを羽織っているので、風が吹いてもバタ付く心配はない。&lt;br /&gt;
　雨は、さすがに降っている。しかし、これは覚悟の上。一旦は上がるかもしれないが、昨日の予報では関東は雨のはず。雨は、特に夏の雨は怖くない。少々、雨が染み込んだって、体が冷えることもないのだし。湿気による汗と浸透した雨水とが混じってしまって、訳が分からない状態。気持ち悪いが、覚悟の上。夏なら、気温が低いといっても、最悪の状態を考える必要はない。&lt;br /&gt;
　走行は順調…と思ったら、さにあらず。最初のトラブルが発生していた。実は小生の駆る６００ccのスクーターの右側にチケットなどを入れるポケットがあるのだが、その蓋が不良品なのである。&lt;br /&gt;
　最初は小生、このスクーターを中古で買ったので、最初のオーナーの使い方が荒いから、結果として蓋の閉まり具合が悪くなったのかと思っていた。しかし、違う。オートバイの雑誌で小生の乗るバイクのライディングの印象を書いた記事を読んだのだが、この不具合は、かのホ×ダとは思えない、細部の作りの雑さということで、その蓋の作りつけの悪さが指摘されている。&lt;br /&gt;
　で、走行中に蓋が開いているような感じがして、手でその蓋を抑える。するともっと蓋が開く。慌てて閉める。閉まったような開いているような。&lt;br /&gt;
　そして、この時、トラブルが発生していたのだ。走行し始めて、二時間ほど経っただろうか。トイレのため、上信越自動車道のとあるＰＡにバイクを止めた。ちょっと不安があったので、その蓋を開いてみた。すると、ない！　立山インターで入ったとき、自動で出てきた高速の通行券がなくなっている！　やっぱり、北陸自動車道で蓋をバタバタやっている最中に飛んでしまったのである。&lt;br /&gt;
　真っ暗。しかし、ないものはない。気分を切り替えるのが早い小生のこと、開き直りを決め込んだ。ないものはない。今更、後戻りも出来ないし。走るしかない。規定では、場合によってはかなりの額を請求されることもあるという脅しめいた文句を何処かで読んだような気がするが、そんなことは後で考えることにしようと、オシッコを済ませ、ペットボトルのお茶も飲んで気分も一新したところで、天気もいいのだし、走り出した。&lt;br /&gt;
　そう、上越インターから上信越自動車道に入った頃には、快晴とはいかないが、晴れ間も望めていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　すると、しばらくは気分よく走ったのだが（と言っても、実はこの１０日ほど、体調が悪い。最悪からは脱したが、田舎では下痢便を幾度も）今度は、案の定、眠気が襲ってきた。仕方なく、何事も無理はしない、頑張らないがモットーの小生、姥捨ＰＡで仮眠。ヘルメットを枕に、合羽を脱いでそれで日差しを遮って、居眠りすること40分。ふと、目覚めた。頭がすっきりしている。それにしても、ロングを走るときは、御飯をお代わりするもんじゃないね。&lt;br /&gt;
　それからまた、メーターが110キロから115キロと控えめにして、調子よく走行。梓川で給油。計算からは、あと、230キロなので、給油はこれでお仕舞いのはず。&lt;br /&gt;
　岡谷インターチェンジで中央道へ。既に東京まで200キロあまりとなっている。うまくいけば、居眠りで時間をロスしたけれど、夕方の6時には帰れるかもしれない、などと胸算用。&lt;br /&gt;
　ああ、そんな皮算用などするものじゃないね。実は、上信越自動車道を走っている時からも、小渕沢と須玉の間、長坂の辺りで事故があり、渋滞とあった。１㌔ほどの渋滞とか。&lt;br /&gt;
　小生は、我輩がそこを通る頃には事故の処理も終わっているものと皮算用していた。&lt;br /&gt;
　ああ、根拠のない計算などするもんじゃないね。その事故現場近くで渋滞が始まっている。渋滞の車の列の間を駆け抜けていくと、通行止めという表示。ここでまたまた、小生は判断を間違った。そこで高速道路を降りればよかったのだ。&lt;br /&gt;
　が、小生は、上記したように高速の券を紛失しているので、その申告を先延ばしにしたいという気持ちが前に出てしまった。で、車も多くは事故現場方向へ走っていくし、小生はバイクなら、通らせてくれるかもしれないと言う淡い期待というか胸算用もあって、渋滞の奥へと走っていった。&lt;br /&gt;
　次第に車の多くが道路の真ん中を空けるようにして止まっているようになった。気が付くと、小生のバイクの前を救急車が一台、そして交通警察の車が一台、まるで小生を先導するようにして走っている。我輩のバイクを通すために、彼らが先導してくれている、そんな錯覚もしてしまいたくなる、そんな状況。&lt;br /&gt;
　でも、そんな気分など儚く潰え去った。やがて、救急車と警察の車が止まった。事故現場に差し掛かったのだ。そして仕方なく小生も止まった。&lt;br /&gt;
　実は、ここでも小生は、もしかしたら人の良さが出たのかもしれないと思う。というのは、その時点ではまだ事故処理の始めなので、バイクは通らせてくれたかもしれないのだ。警察も現場をしっかり仕切れていない段階だったようだし。実際、通り過ぎていったバイクも、小生の直前にはあったらしい。&lt;br /&gt;
　が、小生はバイクを止めた。で、晴れ間の覗く蒸し暑い中、合羽などを着込んで、着グルミ状態になった小生が、とことこ、事故現場へ。&lt;br /&gt;
　事故は、トラック、タンクローリー、外交官ナンバーの車（外交官の一家なのかな。中に、中学生ほどの女の子がいて、事故で額をぶつけたらしく、さかんにおでこを気にしていた。たんこぶのようなものがおでこに垣間見えたような）。ほかにワンボックスの車が二台。乗用車が数台と、所謂、多重衝突事故だったのである。最初に数台（二三台）の事故だったものが、そこに更に数台が絡んで、お巡りさんの口ぶりでは、全部で10台が関係した事故だとか。&lt;br /&gt;
　事故現場の先頭には消防車が止まっていた。その脇には救急車。書き漏らしたが、外交官の車はフロントが大破し、その際、エンジンが燃え上がったようで、外交官が自分の車に積んであった消火器で消化したのだろう、フロント全面が真っ白になっていた。&lt;br /&gt;
　外交官が懸命に英語でお巡りさんに事故の事情の説明を試みるが、お巡りさんは、ＯＫ、ＯＫと、分かっていると言わんばかり。でも、一体、何が分かっているのか、傍で聞いている小生もさっぱり分からない。&lt;br /&gt;
　そのうち、別のお巡りさんが、外人の多分父親らしき人に指を指して、何人、何人と聞く。外人さんは分からない、すると、お巡りさんが、女の子達を指差し、スリー、フォー、とやり、ファイブ。外人さんが、そこで頷くと、ＯＫ、ＯＫ。ボディランゲージを地でやっていたのだった。おまわりさんも、大変だね。&lt;br /&gt;
　さて、怪我人のことを書かないわけにいかない。路肩には担架に載せられたトラックの運転手らしい人。上は白いアンダーシャツ姿で、下は作業ズボンという格好だが、胸というか腹が血塗れ。近づくのはさすがに憚られたのだが、遠目には、胸の起伏も見えるし、お腹と胸の間辺りに、自分の手をあてがっている。輸液などの初期の処置も既にされている。&lt;br /&gt;
　なのに、消防車の脇にあった救急車は小生が近づいてしばらくして去って行った。ということは、もっと重症な人がいたということかもしれない。事故に関係した２台のワンボックスの車は、どららもまさに大破の状態だったが、先頭のほうの運転手は、小生は見かけなかった。ということは、そのワンボックスの運転手が真っ先に運ばれたということだと察せられた（もう一台のワンボックスもフロントが大破していたが、運転手は、携帯電話で恐らくは損保会社に電話していた。おまわりさんに盛んに事故現場の位置を訪ねたり、事故の状況についてアテストを求めたりしていた。しまいには、別のお巡りさんに、そのアテストを求められていたお巡りさんが、まだ、そんなのに返事するなと耳打ちされていた。つまり、まだ事故関係者の供述の統一が取れていないから、という理由らしい。&lt;br /&gt;
　後で、事故関係の運転手が集められて（無論、個々には聞かれていたが）全員の前で事故についての概要の確認をしていた（但し、小生は、その輪に近づけなかったが、お巡りさんが、全員の供述の一致云々と、お巡りさん同士で話しているのを漏れ聞いた）。&lt;br /&gt;
　路肩に担架（この担架は、小生のバイクの前を走った救急車から降ろされたもの。遠めに、運転手が担架に乗せられるのを垣間見た）に載せられて横たわるトラックの運転手の脇には、６０過ぎのおばちゃんが、呆然というか、キョトンというか、路肩に腰掛けながら、路面を見るでもなく見詰めていた。看護士が傍に付いて、声を懸けている。それでも顔は彼を見向きもしない。&lt;br /&gt;
　ところで、小生のバイクが通り抜けるスペースがあるにも関わらず、通してくれないのは、レッカー車が、逆走してくるからというお巡りさんの話だった。&lt;br /&gt;
　それは、事故現場の先頭にはトラックが走行車線、タンクローリーが追い越し車線に止まっており、どちらも走行不能。しかも、その後ろには中央道でも特に路肩の狭い区間で、乗用車は両脇に寄せられているとはいえ、その間をレッカーのトラックがやってくるのは難しいという判断が当初あり、それでレッカー車が逆走と言う話になったのだろうと思われる。&lt;br /&gt;
　しかし、話が変わり、トラックはともかく、追い越し車線のタンクローリーは、移動程度なら、女の運転手の手により可能ということで、そうしたレッカー車の逆走は、不用になった。&lt;br /&gt;
　誰か責任者らしい人が、ローリーさえ移動すれば、後は片側１車線を開けることができ、徐々に乗用車を流しつつ、レッカー車を通常の形で走らせることができる、などという判断を本部らしきところに携帯で報告していた。二度三度、遣り取りがあって、その了解が取れたのだろう。&lt;br /&gt;
　事故が発生してどれほどの時間かが経過したのか分からないが（小生が事故の表示を電子掲示板で見てから小生が到着するのに一時間あまり）、小生が到着してから一時間半以上を経過して、やっと徐々に車が流れ始めた。&lt;br /&gt;
　ととと、関係ないけど、小生が事故現場に到着して三十分ほどしてだったろうか、ＮＨＫのスタッフの人たちがやってきた。なんとカメラマンは若くてスリムな美人さん。ほかに男のスタッフが二人。小生は何故か、あちこちをカメラを肩に担いで写して回る女性に見惚れていた。蒸し暑いこともあって、彼女の頬が紅潮している。体というか腕が締まっているいる…、でも、カメラを支えるため、脇が開いている…、その若き女性カメラマンの撮影の凛々しい姿に感動したりして。&lt;br /&gt;
　それからややあって、山梨の民放のスタッフもやってきた。&lt;br /&gt;
　そうか、こういう時にデジカメ（付き携帯）を持っていたら、スクープ映像を取れるのかと思った次第。こんなことをこんな時に思うのは、不謹慎なのだろうか。&lt;br /&gt;
　気がつくと空には報道関係と思しいヘリコプターが一台、うろうろ。地上を上空から撮影しているのだろうか。&lt;br /&gt;
　そういえば、小生はバカみたいに、というか、ホントのバカとなって、何をするでもなく、警察官の輪に加わり、報道のスタッフのカメラの先に突っ立ち、警察官が事故車の様子を撮るカメラの先にいたり、外交官一家を眺めなどして、随分と、皆様の（撮影や検分）のお邪魔してしまったような気がする。&lt;br /&gt;
　しかし、こちらにも言い分はある。確かに事故は悲惨だが、小生にも差し迫った事情があったのだ。先に、高速の券を紛失したことに気づいたＰＡでオシッコして以来、オシッコをしていないのだ。もう、限界に近づいている。お巡りさん達がや、他のギャラリーがたくさんいところでは、ちょっと憚られるし。&lt;br /&gt;
　車の通行が警察の誘導の下、少しずつ始まる中、小生は先頭から３番目に並び、膨れきった膀胱から勢いよく飛沫が飛び跳ねるように、小生は走り出し、すぐ近くの八ヶ岳ＳＡへ。そこで要件を済ませると、後は一路、東京へ。&lt;br /&gt;
　さて、残す関門は通行券のこと。水飛沫というか水煙の濛々と舞う中、八王子ＩＣへ。料金所の手前でバイクを止め、料金所のおじさんに通行券を無くした！　と叫ぶと、そのまま料金所を通るようにと指示され、道路公団の詰め所へ誘導された。&lt;br /&gt;
　余程、しっかりしたチェックが入るのかと思ったら、案外と丁寧な対応の末、住所と名前と電話番号を書くだけで、後は小生の言う通りを信じてもらえた。これは小生の人徳の賜物と思いたいが、実は、北陸自動車道の立山インターに入る前に、ガスを給油しているのだが、その時の領収書が取ってあったので、それを見て、納得してもらえたらしいのである。&lt;br /&gt;
　その領収書をコピーし、後は規定の料金を支払って放免。&lt;br /&gt;
　さて、帰着し、スクーターの荷物を下ろし、部屋に入った時、ほぼ夜の８時となっていた。&lt;br /&gt;
　つまり、東京から富山の時は、５時間２０分だったのが、帰京に際しては８時間半のドタバタツーリングとなったいうわけである。往復で９６０キロ余り。今年は帰路に関しては久しぶりに印象に残るミニツーリングとなったのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（03/08/20 作）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ドキュメント</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>趣味</dc:subject>
<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-09-08T20:24:42+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/07/post-4689.html">
<title>頬杖</title>
<link>http://atky.cocolog-nifty.com/houjo/2009/07/post-4689.html</link>
<description>　頬杖ついているあの子は、何を想っているんだろう。多摩川の土手に腰掛けて、じっと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　頬杖ついているあの子は、何を想っているんだろう。多摩川の土手に腰掛けて、じっと川のほうを眺めている。&lt;br /&gt;
　声をかけてみたいような。&lt;br /&gt;
　でも、そんなことができるわけもない。&lt;br /&gt;
　俺は、子供には、いや誰にもただの小父さん。それも変な小父さんに過ぎないのだ。&lt;br /&gt;
　あと、ほんの数年もすれば太鼓腹になりそうなお腹を見ると、遠くで、できるだけ遠くで見つめているしかない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あの子の視線の先を追ってみる。川面？　そうかもしれない。川の向こう岸の釣り舟が珍しくて、関心が奪われているだけなのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ぼーんやり、川を眺めている。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　ふと、遠い昔、俺自身がガキだった頃、授業中いつも窓の外の銀杏並木を眺めていたことを思い出した。&lt;br /&gt;
　真っ青な空を背景に、銀杏の葉っぱが陽光を粉々に打ち砕いて、校庭の長い並木にビーズの飾りをプレゼントしていた。&lt;br /&gt;
　やがて脳裏に軽い眩暈のような不思議な感覚が漂い始める。&lt;br /&gt;
　教室の外には世界がある。俺たちの狭苦しい空間が、奴隷船なら、船の外は当然、海だ。それも光の海。青い大海原と太陽が一杯の海。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　授業中は蓄膿症の俺は、いつも鼻が詰まっていた。&lt;br /&gt;
　でも、気が小さいから授業中にはとても鼻をチンすることなどできない。詰まるに任せるしかなかったのだ。先生のお話など、意識が遠くなっている俺の耳に届くわけ、ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　不意に先生に指されても、俺は鼻水が垂れるのが心配で、もし垂れたらみんなに笑われるなと思うのがやっと。それでいて、みんなに注目されることの恥ずかしさで一杯で、ニヤニヤ笑っているだけだった。酸欠で体に熱が篭っているようでもあった。顔が紅潮しているのが自分でも分かる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だから、綽名はヘラ太郎だった。いつも、エヘラエヘラと笑っているようだったから。&lt;br /&gt;
　…俺は、居たたまれなくてならないだけだったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　授業が終わると、一目散に教室を出る。行き先は誰もいない場所。俺だけの秘密の場所。そこに隠れて鼻をチンする。やっと頭に空気が巡る。一人きりになって、口を開けて息をする。思いっきりハーハーと息をするんだ。&lt;br /&gt;
　学校が終われば校庭へ飛び出すのだけれど、そういうわけにもいかない。まだまだ授業は続く。俺の責め苦の時は蜿蜒と続くのだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あれからもう何十年と経った。今では、俺はあの苦しい日々をどうやってやり過ごしたのか分からないほどになっている。&lt;br /&gt;
　誰もが子供の頃に帰りたいなどという。あの頃は無邪気で、目一杯遊べたし、我が侭もできたし、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうなのか。他の人の子供の頃って、そうだったのか。&lt;br /&gt;
　俺には周りの何も見えていなかったのだ。苦しいだけの日々。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だからこそ、窓の外の銀杏並木が目に眩しかったのかもしれない。俺の心が粉々の光となって、青い空と白い雲だけの世界で存分に泳ぎ回ることができるのだろうから。俺と世界が一つになり、波間にプカプカ浮かび漂っていられるのだろうから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今、俺はこの年になって、やっと世界に溶け込んでいる。&lt;br /&gt;
　何故なら、俺はいつも一人っきりだからだ。部屋の中も一人。外を歩いても一人。鼻水もようやく止まったし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ふと、見ると、さっきの頬杖の子は消えていた。誰か友達の輪に加わったのだろうか。&lt;br /&gt;
　俺は一人、川っ縁を歩く。&lt;br /&gt;
　変な小父さんが一人、ふらふら歩いていく。&lt;br /&gt;
　漫然と、風に吹かれて。&lt;br /&gt;
　俺は今、自由を満喫しているのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（&lt;a href=&quot;http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/hoozue.htm&quot;&gt;02/07/04 作&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説（オレもの）</dc:subject>
<dc:subject>小説（ボクもの）</dc:subject>
<dc:subject>思い出話</dc:subject>
<dc:subject>旧稿を温めます</dc:subject>
<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-07-30T00:41:48+09:00</dc:date>
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<title>赤い髪の女</title>
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<description>「どうして髪、赤に染めたんだ？」 　別に深い意味があって聞いたわけじゃなかった。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「どうして髪、赤に染めたんだ？」 &lt;br /&gt;
　別に深い意味があって聞いたわけじゃなかった。ただの沈黙の埋め草のつもりだった。 &lt;br /&gt;
「何よ。悪い。赤じゃ、いけない？」 &lt;br /&gt;
　意外なほどのきつい返事だった。 &lt;br /&gt;
「いや、悪いとかじゃなくて、その、ただ何故かなって」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何が原因で二人が気まずくなったのか、俺には分からないでいた。何かあいつの癇に触れることを喋ったらしいのだけど、まるで見当が付かないのだ。 &lt;br /&gt;
「何故って、そんなこと説明しなきゃいけないわけ。あたしにそんな義務あるの」 &lt;br /&gt;
「いや、まさか…」 &lt;br /&gt;
「大体、そんなこと、分からない？　普通」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　胸の中で、（俺が悪かったら謝るよ。でも、何が悪かったのか聞かせてくれよ）という文句が渦巻いていた。&lt;br /&gt;
　でも、声にすることはできないのだった。下手な口を利くとますます泥沼に嵌りそうに思えた。 &lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　見慣れた風景が目の前にあった。ゴミを捨てるのはやめましょうと書いた看板の立つドブ川が蜿蜒と続いている。子供が川っ縁で遊ばないよう金網で仕切られている。俺が越してきた三年前にはなかったものだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そういえば、引越しの直前だったか、近所の子供が川で溺れるという事故があったと聞いたことがある。 &lt;br /&gt;
　眺めそこなった子供の水死体。 &lt;br /&gt;
　コンクリートの細い道の先に、銭湯の煙突の先っぽがちょこんと見える。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　幾度この道をあいつと歩いたことか。そう、あいつのマンションと俺のアパートは、歩いて通える距離しか離れていないのである。その道のりが、やたらと長く感じられる。川から漂う臭気が今日はいつもより強いようだ。 &lt;br /&gt;
　俺は口が渇いていた。この沈黙が耐えられない。鈍感な俺に、雰囲気を打ち破る気転が利くわけもない。ひたすら、ド壺をまっ逆さまだった。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「鈍感ね」とあいつが不意に言った。 &lt;br /&gt;
　俺がたった今、胸中で口にしていた言葉があいつの口から出てくるなんて。聞き返す余裕すらなかった。 &lt;br /&gt;
「馬鹿ね、あんたって」 &lt;br /&gt;
（俺の何処が悪かったっていうんだ…） &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　けれど、相変わらず乾いた唇が苦しいだけだった。それでも、やっと俺は思い切ってあいつに聞いた。 &lt;br /&gt;
「何だよ、俺の何処が馬鹿だって言うんだ、え？！」 &lt;br /&gt;
「あんたが、戸田選手の真似をしたからじゃない、バーカ」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（&lt;a href=&quot;http://homepage2.nifty.com/kunimi-yaichi/essay/akaikami.htm&quot;&gt;02/06/23 作&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
［７年前の作品です。戸田選手といっても、今となっては覚えている人は少ないだろうなー。７年前頃だったか、Ｊリーグのスターだったこともあるんだけど。髪を真っ赤に染めたりして…。 （09/07/28 註）］&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:subject>駄文・駄洒落・雑記</dc:subject>

<dc:creator>やいっち</dc:creator>
<dc:date>2009-07-28T20:09:39+09:00</dc:date>
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