昼行燈117「夏の終わりの雨」
「夏の終わりの雨」
俺は眠れないままに闇を見詰めていた。
じっと眺めていると、見えないはずの闇の中にいろんなものが見えてくる。
分厚いカーテンの向こうの何処か靄の掛かったような夏の終わりの夜の闇が、まるで船底の罅割れから水の洩れ入るように俺の部屋を満たしているようだった。
内と外とを厳格に分けるために、高いカネを払っておんぼろなアパートには不似合いな遮光カーテンを下げたのに、まるで役目を果たしていない。
「夏の終わりの雨」
俺は眠れないままに闇を見詰めていた。
じっと眺めていると、見えないはずの闇の中にいろんなものが見えてくる。
分厚いカーテンの向こうの何処か靄の掛かったような夏の終わりの夜の闇が、まるで船底の罅割れから水の洩れ入るように俺の部屋を満たしているようだった。
内と外とを厳格に分けるために、高いカネを払っておんぼろなアパートには不似合いな遮光カーテンを下げたのに、まるで役目を果たしていない。
「サナギ」
剥き出しなんだよ。裸じゃないか。皮膚さえ剥がれて。
まっさらのこころ。まっさらすぎて、この世では淡雪の如く、生まれた瞬間から手足の先が融けていく。
顔が蒸気のように大気に呑み込まれていく。
自分でも嗤っている。可笑し過ぎて涙もでない。
「長崎幻想」
浮腫する肉体。血肉の蒸発する風船玉。まるで癇癪玉だ。ああ、涙が出るほど滑稽な光景だ。ゴロゴロ転がっている。
衣服さえも天に召し上げられたのだ、髪など熱風と共に蒸発するのは当然じゃないか。髪は天へと揮発し、あるいは肉の底へと巻き込まれ縮こまっていった。天が地上世界をのし歩き睥睨して回る時、髪の毛など屁にもならぬ。
「長崎の黒い雨」
長崎の地に降った黒い雨に俺は祟られている。あの、紫よりも周波数の 高い、怒る光のシャワー。肉が蒸発し、血が噴き、肺腑が踊り、羊水が煮え滾った。胎児は生煮えとなり、妊婦は遮光土器の模様と化した。鉄骨が蕩け、瓦が泡立ち、石が煤となり、コンクリートが灰燼に帰した。
突如 空襲 一瞬ニシテ 全市街崩壊 便所ニ居テ頭上ニサクレツスル音アリテ 頭ヲ打ツ 次ノ瞬間暗黒騒音
その時を境に私は変わった。昨日の私は消滅し新しい私は居場所を天に変えた。
薄明リノ中ニ見レバ既ニ家ハ壊レ 品物ハ飛散ル 異臭鼻ヲツキ眼ノホトリヨリ出血 恭子ノ姿ヲ認ム マルハダカナレバ服ヲ探ス 上着ハアレドズボンナシ
私は全てを見ようと決心した。私とは非在の焔。それとも存在の無。
「月に吠える」
月をジッと眺めあげていると、つい月の面に淡い文様を見出す。煌々と照る月、未だに自ら光るとしか直感的には思えない月、その月は、その表面の文様を見分けることを許すほどには、優しい。
優しいのだけれど、秋の空の満月は、やはり、凄まじい。空にあんな巨大なものが浮かんでいるなんて、信じられなくなる。ポッカリ、浮いて、どうして落ちてこないのか、不思議でならなくなる。
「赤茶けた障子紙」
肉体的異常があったからといって、ひたすら精神的に打ちのめされ、打ちひしがれ、圧倒され、精神的な闘争に疲労困憊し、困窮し、心が枯渇し、それこそ、草木の一本も生えない荒涼たる、寒々とした光景ばかりがあからさまとなるケースもある。
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