駄文・駄洒落・雑記

2009/11/28

赤い闇

 初めに何があったのだろう。
 何一つ、覚えていない。

 忘れてしまった?
 それとも、最初から記憶の網に掛かっていなかった?
 ある言い知れない不快感。
 いや、不快の念というより、ある種の裂け目。
 引き裂かれる痛み。
 …痛みさえ、覚えることのできない痛烈な捩れ。

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2009/10/18

母と息子の「カラス なぜなくの」談義

「からす なぜなくの」

「それはね、からすは山に かわいい七つの 子があるからよ♪」

「ふーん。ところでさ、山にいるのは七羽のカラスの子供なの、それとも七歳の子供なの?」

「それはね、からすの子供が待っているんじゃないの」

「えっ、じゃ、からすは、人間の子供が可愛いからって、カアカア鳴いているの?」

「バカだね、この子は。カラスの子供が七歳じゃ、とっくにお爺さんかお婆さんでしょ。とてもじゃないけど、丸い目をした いい子だよ♪ なんて、唄えるはずなわよね」

「分かんなくなってきた。からすが鳴いているんでしょ。巣に子供が居るからって、待っているからって。巣に居るのが人間の子なら、飛んでいるのは、からすじゃなくて、人間ってこと?」

「ばかだね、お前は。つくづく、我が子だね。人間が空を飛べるはずないでしょ」

「あーあ、ますます分かんないや。巣に人間の子供が待っているってことは、何? からすって、人間の子供を捕まえて巣に閉じ込めているの。その子供を早く食べたい、腹減った、と鳴きながら飛んで帰っているってわけ?」

「何て子だろうね、お前は。できることなら、お前の脳味噌と、カラスのと入れ替えてもらいたいもんだね」

「大体さ…。あれ、飛んでいるのがからすだったらさ、どうして、巣に子供を残しているんだろうね」

「それはね、親は餌を探し求めて、まだ幼い我が子を巣に残して働いているんだよ」

「ふーん、だから、母ちゃん、いつもいないんだね。父ちゃんは、でも、いつも家に居るよ。父ちゃんは、働かなくていいの。いつも、部屋でグータラしているよ?」

「いいの、父さんはね、夜、しっかり、働いてもらってるから」

「?????」

(「カラスのことあれこれ」より)

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2009/10/13

カラスのことあれこれ

 小生の気のせいかと思っていたら、どうやら実際に東京ではカラスの数が減ってきているようである。なんらかの形で数えられているのかどうかは知らないが、そういう話を耳にするようになってきた。

 そういえば、いつだったか、東京都知事の石原慎太郎氏が、東京のカラスの数が減っているという話をしていたような。いつだったかの談話で、都内の白いハトは、カラスの跋扈のため駆逐され、黒っぽいカラスばかりが目立つようになったのだとか。

 そうか、小生は、東京のスモッグなどのせいでハトが薄汚れているのだとばかり思っていた。とんだ勘違いだったのだ。

 余談だが、過日、両国にある東京江戸博物館に行った際、博物館を出て、近くに止めておいたスクーターのところへ戻って、ヘルメットを被ろうとしていたら、カラスが、トコトコ歩いている。驚いたのは、背中などの模様の美しさ。虹の七色のような色が明瞭に発色している。

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2009/09/09

秋茄子と言えば

秋茄子と言えば」(本稿は駄文です!)

 例えば、中森明菜さんが、明菜’sなんていう自分のブランドを作ってみるとか(当然、シンボルはナスなんでしょうが)思うのは、可愛げ気があるけど、かの中世の神学者・哲学者、トマス・アクィナス(Thomas Aquinas)などを思い出す、なんて言うと、教養をひけらかすようで、ちょっと気が引ける。
 まあ、駄洒落はともかく、秋茄子と言うと、秋茄子は嫁に食わすなという昔からの言い伝えというか、諺がある。
 意味合いは、一頃は、「秋茄子はとっても美味しいので嫁には食べさせるのはもったいない」とか、「秋茄子は種が無いので嫁に子供が出来ない事を気遣う」などという意味なのだと、言い習わされたりもしたものだが、クイズなどによく採り上げられ、今では、「ナスは、体を冷やすので食べ過ぎるのは体に良くない」ので特に嫁には食べさせないほうがいいのだという思いやり乃至は知恵の含まれた諺だと理解されてきている。

 泉鏡花に『雁われの秋茄子は所帶の珍味』という極めて短い作品がある。

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2009/09/08

帰京ドタバタツーリング

[本稿「帰京ドタバタツーリング」は、ドキュメント風日記です。ひょんなことで、この日記を久しぶりに読むことになった。もう、6年も前のメモ書き。バイクに絡むドキュメントは、今までも書いてきたし、題材はまだまだあるが、書く暇がない。(09/09/08 アップに際し、付記)]

帰京ドタバタツーリング

 今日は富山(北陸)は相変わらずの雨。一昨日から昨日に懸けて降り続いていた雨が、昨日の夜には一旦、上がり、もしかしたらと思ったけれど、やっぱり雨模様だとか。それも時間が経つに連れ、曇り空が堪えきれなくなり、ついには降る確率が高くなるとか。実に生憎の空である。
 しかたなく、ダラダラしがちな小生も、できれば雨を少しでも避けたくて、でも、両親の手前、起き掛け(朝の10時)に即、出かけることもできず、炊き立ての御飯を目玉焼き、ジャガイモとワカメの味噌汁、もみじこ、バナナのぶつ切りをオカズにお代わりなどしたりして食べた。ついでに味噌汁もお代わり。
 ツーリングの朝は、普通はそんなに食べない。何故なら走っていると眠気が来易くなるから。でも、食欲には勝てない。おふくろ等の好きな時代劇(再放送)を見ながら、ついつい長居。気が付いたら11時半近く。天気予報の番組がなかなかない。
 痺れを切らし、出発準備。靴にゴムのブーツカバーを被せ、下はスラックスの上に雨用のズボン、上は、ポロシャツの上に春・秋物のジャケットを着、その上に更に薄手の合羽を着る。
 この防水通湿のジャケットは、確か80年代の前半、小生がサラリーマン時代にゴルフを始めた頃にゴルフショップで買った優れもの。未だに重宝しつつ使っている。

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2009/07/30

頬杖

 頬杖ついているあの子は、何を想っているんだろう。多摩川の土手に腰掛けて、じっと川のほうを眺めている。
 声をかけてみたいような。
 でも、そんなことができるわけもない。
 俺は、子供には、いや誰にもただの小父さん。それも変な小父さんに過ぎないのだ。
 あと、ほんの数年もすれば太鼓腹になりそうなお腹を見ると、遠くで、できるだけ遠くで見つめているしかない。

 あの子の視線の先を追ってみる。川面? そうかもしれない。川の向こう岸の釣り舟が珍しくて、関心が奪われているだけなのかもしれない。

 ぼーんやり、川を眺めている。

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2009/07/28

赤い髪の女

「どうして髪、赤に染めたんだ?」
 別に深い意味があって聞いたわけじゃなかった。ただの沈黙の埋め草のつもりだった。
「何よ。悪い。赤じゃ、いけない?」
 意外なほどのきつい返事だった。
「いや、悪いとかじゃなくて、その、ただ何故かなって」

 何が原因で二人が気まずくなったのか、俺には分からないでいた。何かあいつの癇に触れることを喋ったらしいのだけど、まるで見当が付かないのだ。
「何故って、そんなこと説明しなきゃいけないわけ。あたしにそんな義務あるの」
「いや、まさか…」
「大体、そんなこと、分からない? 普通」

 胸の中で、(俺が悪かったら謝るよ。でも、何が悪かったのか聞かせてくれよ)という文句が渦巻いていた。
 でも、声にすることはできないのだった。下手な口を利くとますます泥沼に嵌りそうに思えた。

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2009/07/07

バタイユへ寄せるオマージュあるいは懺悔

 エロティシズムへの欲望は、死をも渇望するほどに、それとも絶望をこそ焦がれるほどに人間の度量を圧倒する凄まじさを持つ。快楽を追っているはずなのに、また、快楽の園は目の前にある、それどころか己は既に悦楽の園にドップリと浸っているはずなのに、禁断の木の実ははるかに遠いことを思い知らされる。

 快楽を切望し、性に、水に餓えている。すると、目の前の太平洋より巨大な悦楽の園という海の水が打ち寄せている。手を伸ばせば届く、足を一歩、踏み出せば波打ち際くらいには辿り着ける。

 が、いざ、その寄せ来る波の傍に来ると、波は砂に吸い込まれていく。波は引いていく。あるいは、たまさかの僥倖に恵まれて、ほんの僅かの波飛沫を浴び、そうして、しめた! とばかりに思いっきり、舌なめずりなどしようものなら、それが実は海水であり、一層の喉の渇きという地獄が待っているのである。

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2009/05/20

麻雀用語 欲情篇

麻雀用語 欲情篇(または欲求不満篇!)

○×▲さん!

副底(フーテイ)のやいっちと申します。

一荘・一荘(イーチャン・イーチャン)しましょうね。
西入(シャーニュウ)も盲牌(もうパイ)も、楽しそう。
一緒にお副露(フーロ)に入りましょう。
背中など、流し満貫(ながしまんがん)!
起家(チーチャ)いパイもなんのその。
オイラは、無理清(ムリチン) で一気通貫(イッキツウカン)すよ。
もう、吃(チー)ポン(碰)が立直(リーチ)して聴牌(テンパイ) ですよ。
加符(カフ)でも、上家(かみチャ)んでもかまわない。
燕返し(つばめがえし)やら大車輪(だいしゃりん)やらで徹マン(てつまん)しましょ。
お互い、裸単騎(はだかたんき)で一荘(イーチャン)!

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2009/05/18

父、子を叱る! 麻雀用語篇

 今朝(18日)、あるサイトで麻雀用語を使っての、以下の言葉遊びを見つけた:

へ~い! 麺単品! 三食 いっぱい食う どらどら?
(メンタンピン サンショク イイペイコー)

7萬 (  ) 9萬
    ♪来てよ「8萬(パーマン)」僕のところへ~

よし! 字一色(ツーイソー)で追走よV^^


Mahjongsetup

→ 「麻雀牌」 (画像は、「麻雀 - Wikipedia」より)

 恐らくは、小生がその前に書いた、「麻雀残酷物語なんて、国士無双級の映画だろうけど、今はやってないか」という愚言に触発されての書き込みだろうと思われる。

 挑発(?)されているような気がしたので、オヤジギャグが病膏肓の域の小生、負けてなるものかと、即座に麻雀用語遊び(駄洒落)してみた:

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