思い出話

2008/02/04

明けない夜に

 エロティシズムへの欲望は、死をも渇望するほどに、それとも絶望をこそ焦がれるほどに人間の度量を圧倒する凄まじさを持つ。快楽を追っているはずなのに、また、快楽の園は目の前にある、それどころか己は既に悦楽の園にドップリと浸っているはずなのに、禁断の木の実ははるかに遠いことを思い知らされる。

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← ジョルジュ・バタイユ【著】『聖なる陰謀―アセファル資料集』(マリナ・ガレッティ【編】・吉田 裕・江澤 健一郎・神田 浩一・古永 真一・細貝 健 ちくま学芸文庫)

 快楽を切望し、性に、水に餓えている。すると、目の前の太平洋より巨大な悦楽の園という海の水が打ち寄せている。手を伸ばせば届く、足を一歩、踏み出せば波打ち際くらいには辿り着ける。

 いざ、その寄せ来る波の傍に来ると、波は砂に吸い込まれていく。波は引いていく。あるいは、たまさかの僥倖に恵まれて、ほんの僅かの波飛沫を浴び、そうして、しめた! とばかりに思いっきり、舌なめずりなどしようものなら、それが実は海水であり、一層の喉の渇きという地獄が待っている。

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2008/01/27

刀葉林の夢

 ガキの頃とて、説明の詳細などは右の耳から左へ抜ける前に、何処かで滞ってしまっていたと思うが、絵図の印象は鮮明であり、強烈だったようである。

 小生は、小学校に上がる前に、一時期、夜毎、地獄の世界を彷徨っていた。

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→ 『地獄極楽図部分・刀葉林』 (画像は、「長岳寺 地獄図解説」より)

 といっても、家を脱け出て、どこかの地獄をうろついていた…といった類いのことではない。
 夜、眠りに就くと、決まって、焦熱地獄とでもいうのか、炎の燃え上がる崖の上を逃げ回っていたりする自分がいるのだった。

 特に幾度も繰り返し見た光景は次のようなものである。

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2008/01/26

真冬の明け初めの小さな旅

 正確な年限などは覚えていないけれど、小生が子供の頃、雪明りの外を歩いて回るのが好きで、よく未明の朝などにこっそり家を抜け出したものだった。
 その頃はまだ雪がタップリ降っていた。平野(田圃)の片隅に位置する我が家だったけれど、ともすると一階の窓からは降り積もる雪に視界が遮られて何も見えなかったりする。

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 降る雪だけではなかった。屋根から落ちる雪、雪降ろしで堆積した雪などが積み重なって、しかも、建物に面する雪の山は凍っていて、粗目(ざらめ)のような、それでいてツルツルに磨きたてられたような、形容の難しい様相を呈していた。

 不思議なのは、視界が完全に塞がれているにも関わらず、夜になり部屋の明かりが消されると、外がボンヤリとだけれど、明るく輝いているように見えることだ。分厚い雪の堆積を透かして外部の光が漏れ込む だけど、真夜中だったり明け方だったりするのだから、外は暗いはずなのだ。

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2008/01/25

雪蛍の舞った頃

(前略)窓の雪を見ていると、何か胸が締め付けられるような、自分がここにいるべきじゃなくて、何処か他にもっと自分がいるべき場所があり、そこで誰かが俺を呼んでいる…といったような、郷愁とも違う、不思議な感傷に囚われるものである。

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 小生が未だ郷里である富山で住み暮らしていた頃は、まだ雪も毎年、たっぷり降ったものだった。だから、3月になっても、さすがに降雪の日は少ないとしても、根雪は深く固く大地を覆っていた。

 特に民家の屋根などからの雪や、道を空けるために道端などに積み上げられた雪は、3月の初めや半ばだと、当分溶けそうにないように感じられる季節だったように思う。

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2008/01/19

誰かが見ていた

 何歳の頃のことだったかよく覚えていない。
 物心付いたかどうかという頃だった。
 まだ雪が降っていなかったから、師走だっただろうか。

 父のあとに付いていった。
 土間。秋口までは農作業で人の出入りで賑やか。足踏みの脱穀機やら千歯こきやら竈(かまど)やら稲藁やらで足の踏み場もないほど。

 でも、農閑期ともなると、冷たい空気が肌を刺すだけ。竈も臼や杵が隅っこで大人しく出番を待っているだけ。

 父が何の用事があって土間に向ったのかは覚えていない。

 多分、最初から分かっていなかったと思う。好奇心だったのだろうか。
 それとも、何か無言の圧力のようなものが引っぱっていったのか。

 深々とした土間の隅で父が突然、蹲(うずくま)った。
 そいこは古い角材が積み重ねられていた。その裏のほうから何かを引っ張り出した。

 見ると、手に何やら金網のようなものを手にしている。

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2007/12/03

夢の話・二題半

 最近、よく夢を見る。
 というより、大概は就寝中に仮に夢を見ていても目覚めた瞬間、シャボン玉の弾けるように、呆気なくパッと消え去ってしまう。
 せいぜい、シャボン玉の表面の虹の七色めいた、夢の印象の欠けらが脳裏の片隅に残るだけなのが、この頃は、目が覚めても、夢の全体というわけではないものの、かなりの部分を覚えている、ということなのかもしれない。

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 といっても、夢の内実がスッキリ見通せるというものでもない。多くは不分明なままに、脚本家のいない、演出過剰な、あるいは役者の独善的な演技ばかりが目立つような、それでなければ、舞台の背景などの雰囲気ばかりが濃厚な、そんな掴みどころのないストーリーの見えない<ドラマ>が展開されていく。

 小生が夢を多く見るときは(目が覚めても覚えている時は)、体調が何処かしら不調な時だったり、実生活において先の展望が見えない、人生の選択肢をどちらかを選ぶことを強いられる状況にあって迷っている時だったりする。
 恋に苦しんでいる時にも夢を見ることが多くなるってこともあるかもしれない。
 いずれにしても、自分でも自分の心の全貌が見えるわけではなさそうである。
 とにかく、夢で目が覚めるという現実がある、それだけが事実なのである。

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2007/09/11

靴職人の夢

 靴に魅せられたのは、オレが十歳の頃だった。
 オレは父と居間でテレビを見ていた。普段はサラリーマンで日曜日などは農業に携わっている父は、趣味が他にないわけじゃないけど、食事の際は、テレビを見るのが楽しみ。
 チャンネルの選択権は父にある。オレが選べるのは父が居ない時だけ。
 ちょうど、あの日も、父がチャンネルの抓みを回していた。
 何を見るかと思ったら、NHKの教育番組ではないか。
 ガキのオレはアニメが見たかったのに。

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← サルヴァトーレ フェラガモ著『夢の靴職人―フェラガモ自伝』(堀江 瑠璃子訳、文藝春秋) (画像は、「Amazon.co.jp 通販サイト」より)

 でも、オレは何も言えない。
 それに、オレはアニメ好きだが、そもそもテレビが好き。
 テレビで画面が動くってのが未だ感動の時代でもあった。
 確か、家にテレビが来て、そんなに日にちが経っていなかったような気がする。
 番組の内容は覚えていない。
 けれど、何故かオレは退屈なはずの教育番組に釘付けになってしまった。
 確か、ドイツの靴職人の世界を淡々といった調子でドキュメントしたような番組だった。
 オレの印象にはそのように思えた。

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2007/09/06

涸れない女

 奴はオレを急かす。

 確かめなくていいのかって言われると、オレだって引き下がれない。

 でも、一体、どうして奴が彼女のことを知っているのか。
 記憶をどう辿っても、奴に彼女のことを喋ったことなどないのだ。
 というか、オレは誰にも彼女のことは喋っていない。
 親友の誰も知らないはずなのだ。

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→ 「2005 VOLVO C70(屋根開)」 (画像は、「クーペカブリオレ - Wikipedia」より)

 そんなオレの戸惑いなど知ってか知らないのか、奴はドンドン先へ急ぐ。
 とある町の一角。人通りが多い。
 
 いた! 彼女だ。あの日の彼女だ。
 あの日のままじゃないか!

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2007/08/24

夕焼け雲

 ずっと昔、ずっとずっと昔のこと。
 おれがボクだった頃のこと。
 
 ボクにはお兄ちゃんがいた。頼りになる近所のお兄ちゃんだ。ボクがいじめられていると、助けてくれる。
 でも、二人っきりだったりすると、時々、ボクをいじめるので、そんな時はボクはお兄ちゃんをオニちゃんと声に出さないで呼んでいた。
 ある日、何処かの町をボクはお兄ちゃんと歩いていた。
 はっきり覚えていないのだけど、縁日へ行く途中だったような気がする。
 一人ぼっちで庭先でしょんぼりしているボクを見かねてお兄ちゃんがボクを連れ出してくれた…ような。
 お兄ちゃんは縁日は隣の町でやっているという。
 隣の町!
 ボクには遠い遠い、山の向こうとも思える。そんな見知らぬ町へ行くなんて、ボクには大冒険だ。
 
 夏の日差しはようやく和らいでいた。砂利道も照り返しでまぶしいってことはない。運河に掛かる橋の上から遠くの真っ青な空も段々運河の水面の濃紺に負けそうになっていた。

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← 真っ青な空。空の青以上に紺碧の運河の水面。

 どういう話の流れだったのか、夕焼けの話になった。
 それが段々と、夕焼けと朝焼けの違いの話に変わっていったような気がする。

 その疑問はお兄ちゃんが口にしたはずだった。…でも、記憶が曖昧だ。もしかしたらボクが兄ちゃんに訊いたのかもしれない。
 夕焼けの空と、朝焼けの空を、写真で見た時、その写真の光景だけで見分けることができるかどうか。

 思い出した! 前の晩、ボクの姉ちゃんがボクにそんな話をしたのだった。
 
 お兄ちゃんはできると言った。
 ボクは仕方なくできないよって言った。
 ホントはボクができるって言うつもりだった。だって、姉ちゃんはできないって言っていた。だから、お兄ちゃんにはできないと言ってもらって、できると言い張るボクをたしなめてもらうつもりでいたのだ。
 そしてお兄ちゃんはボクのこと、ダメだな、なんて言って可愛がってくれる…はずだったのに…。

 見分けるなんて、出来ないよね、ボクは申し訳なさそうに小さく言うしかなかった。

 できない? できるさ。お前、夕焼けや朝焼けをあんまり見たことがないんだろう。

 そんなこと言われても、ボクは困るだけだった。夕焼けはボクだって、何度となく見たことがある。
 でも、朝焼けはどうだろう。朝寝坊ってわけじゃないけど、朝焼けが出ている頃は、寝床の中のはずだ。

 ボクは懸命に朝焼けと夕焼けの光景を思い浮かべようとした。でも、似たような空の感じがぼんやり浮かぶだけだった。

 どうにも困ってしまって、苦し紛れに、「空の方角が違う」って言ったら、お兄ちゃんにフン! と言われてお終いだった。

 写真だけって言ってたじゃないか! それも見知らぬ土地の夕焼け写真なんだろ?

 ボクは見知らぬ土地、とお兄ちゃんに言われただけで訳もなくビビッてしまっていた。
 見知らぬ土地の空なんて、見たことがないんだから、なーんにも分るはずないよ。
 そう、言い切ることができたらすっきりするんだろうけど、ボクにそんなことが言えるはずがなかった。

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→ 夕焼け空 (画像は、「夕焼け - Wikipedia」より)

 お前、今度、夕焼けとか朝焼けを見ることがあったら、空の様子をジッと見てみろ。

 ジッと?

 そうさ、ジッとだ。するとな、白い雲が真っ赤に染まった、その後ろに何かが見えるはずだ。

 何か? 何かって?

 何かだ! 見りゃ、分るって。 あのな、夕焼けの空にゃ、後ろに風の神様がいるんだ。

 風の神様?

 風神さ。

 フウジン?

 そう、風の神と書いて風神だ。ほら、夕焼け雲をよく見ろよ。あれは風神様の衣(ころも)だ。風に吹かれてなびく白い着物なのさ。

 えっ、あれは雲じゃなくて、白い着物なの?

 そうさ、神様の神々しい衣装ってわけさ。その衣装が赤く染まるんだ。

 何が染めるの?

 何が染める? お前、トンチンカンな質問をするんじゃないよ。太陽に決まってるじゃないか。

 太陽が染めてる…。でも、日中のほうが太陽、カンカン、照ってるんだから、昼間のほうが神様の白い服も赤いんじゃないの?

 ボクの疑問がお兄ちゃんを怒らせたみたいだった。
 
 お前のへ理屈にも呆れるよ。 分かった、お前、夕焼けと朝焼けを写真だけ見て区別する仕方が分からないものだから、話を逸らそうとしてるんだろ。ずるいぞ!
 あのな、昼間は暑いから風神様も休んでるんだ。空にはな、水神様に雷神様もいるんだぞ!

 ずるいって…、そんな。ごめんなさい。

 そっか、風神様だって、真昼間は辛いよね。じゃ、夏の空の白い雲は…、きっと、風神様が脱いだ白い着物を干しているんだね。(赤くならないのが不思議だけど…。)

 ボク、分からないや。……そうだ、朝焼けの雲は、フウジン様もまだ朝で元気だから、きっと雲も、その、白い着物も真新しいに違いないよ。パリッとしてさ。
 で、夕方になると、空を飛び回って疲れているから、着物もシワが寄ったり、汚れたりして…、そうだ、分かった。白い着物が新しいのが朝で、夕方のは多分、よれよれなんだよ、きっと。ほら、雲、千切れそうだし。

 朝焼けの雲はあまり見たことがないので、ボクは自信がなかった。もう、当てずっぽうだった。破れかぶれだ。どうにでもなるがいいんだ!

 この答えはお兄ちゃんをもっと驚かせたみたいだった。そんな答えがまさかこのボクから返ってくるとはお兄ちゃんは想像もしなかったに違いない。

 段々、話が予想外の方向に流れてしまって、お兄ちゃんはダンマリを決め込んでしまった。お兄ちゃんが頭に来ている証拠だ。このままだと縁日にも行くのをやめるって言い出しかねない。仮に行っても、いつだったかみたいにボクを置き去りにするかもしれない。

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← 暮れなずむ空に怪しい色と形の雲が。風神様か。

 その時だった。二人の背後でビューという音がした。振り向くと、空に一本の鋭い剣(つるぎ)のような形の雲が飛んでいた。妖しい色が不気味だった。

 あれは!

 あれが…もしかして…、風神様?

 そうだ、風神様だ。どうだ、風神様はやっぱり居るだろう!

 うん、居るんだね。凄いね。お兄ちゃんの言った通りだ。
 
 さあ、縁日に急ごう。

 お兄ちゃんは鼻高々という表情をしていた。
 平気を装うお兄ちゃんの足がブルブル震えていたのをボクは見逃さなかった。
 でも、ボクは見て見ぬふりだ。
 縁日へ行くのがフイになっちゃ、困るもの! 

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2007/07/17

虹の彼方に

 あれは…オレが五つか六つだった頃のこと。

 激しかった雨が上がったと思ったら、白い雲があるだけで真っ青な空が広がり始めた。
 示し合わせたわけでもないのに、近所のガキ連中が集まってきた。
 集まる場所は大体、決まっている。何故だか大きな土管が隅っこに置いてある原っぱだ。
 そこで、野球をやったり、縄跳びしたり、石蹴りしたり、鬼ごっこをしたり。
 土管の中で、お医者さんごっこもしたっけ。

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 小学校の高学年の子もいたはずだから、土曜日の午後か日曜日だったのか。

 集まったからには、何かして遊びたい。
 でも、みんなの考えが纏まらないうちに、誰かが、虹だ! と叫んだ。
 
 雨上がりの青い空に雲から突き出る七色の剣のような虹が姿を現していた。
 でっかい虹だった。
 あんな虹は、ボクは、いや、とっくにガキの心を失ったオレも見たことがない巨大な虹だった。

 しばらくはみんなあまりの見事さに見惚れていた。

 そのうち、仲間のリーダー格である兄ちゃんが、虹の根元って知ってるか、と聞いた。

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2007/05/05

五月晴れの空へ

 彼は足元の枯葉を蹴った。長い信号だった。
 気がついたら、他の人は歩き出している。
 なのに、彼はためらっていた。
 
 やっぱり、ダメだ!
 
 彼は踵(きびす)を返して美紀のもとに向かった。枯葉が驚いたように舞った。
 
 あのままじゃ、ダメだ。絶対にダメなんだ。

 初めは早足だったのが、次第に足が速まっていく。
 幾度となく待ち合わせした公園の脇の近くのサツキの植え込みのある家の傍に差し掛かったとき、足が止まった。

 何日か前の美紀との他愛もない会話を思い出したのだ。

 これはサツキって言うの。

 えっ、これって、ツツジじゃん。
 どう見たって、ツツジだよ。

 ううん、ツツジはツツジだけど、違うの。ほら、葉っぱがちょっと小振りでしょ。

 云われて見ればそんな気もする。でも、彼にはどうでもいい。

 要するにツツジの仲間なんだろう!

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2007/04/10

蜃気楼の欠けら

 バスが魚津にあるまいぼつりん博物館の駐車場に着いた時は、ボクはフラフラだった。
 ボクはバスに弱いのだ。
 バスの排気ガスに酔うのか、揺れるバスに弱いのか、ボクには分からない。
 乗ってものの十分もならないうちに、それこそ、まだ発車していないうちにでも、バスに乗ったというだけで、酔う。
 酔っているような気分になる。
 酔わないと、かえって自分が変なのかもと心配になるほどだ。
 だから、遠足なんて、大嫌いなのだ。

 先生が何か言っている。
 バスを誘導し終えたバスガイドさんが降り口のところで、立っている。乗り物にも弱いけれど、見栄っ張りでもあるボクは、足元がふらつかないよう、懸命に降りた。

 ああ、きれいなおねえさん。
 でも、ボクは、言ってらっしゃいというガイドさんの声に返事も出来なかった。
 酔っていたから、それとも、恥ずかしかったからなのか、考えないことにした。

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2007/02/25

猫と扇風機の思い出

 今は東京でも大田区の工場町に住んでいる。
 その前は港区の高輪のマンションに住んでいた。もう、この地名とマンションに居住するというだけで事情を知らない人は何か豪奢な感じを受けるらしい。
 しかも、その高輪に住んで間もなく会社の必要もあって、車の免許を取り、会社の同僚の紹介で安く車を入手することさえできていた!

 買ったのは中古ではあるが、スカイライン2000GT-Xである。
 GT-Rでないところに、車通の方は多少の落胆の念を覚えるかもしれない。
 そのスカイラインは、ハンドルがミニハンドルで、まさに暴走族仕様だった。気の弱い小生は、すぐにハンドルをノーマルに換えてもらったものだ。

 高輪のマンションに住み、スカイラインを乗り回しているという噂がどう伝わったものか、数年来、音信普通だった友人連とも再会した。彼らは共に既に結婚していた。
 彼らがやってきた小生の部屋は、狭っ苦しいワンルーム(1K)に過ぎず、スカGも相当の中古に過ぎず、会社でも倉庫番というウダツの上がらぬ仕事をしているのだと知れるのに、数時間も要するわけもない。
 小生はその八階建ての中古のマンションの八階に住んでいた。最上階であり、冬は寒く夏は暑い。屋上からの熱気がコンクリート越しに容赦なく伝わってくる。冬は冬で、どんなに暖めても、熱は呆気ないほどに逃げ去っていく。


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2007/01/21

ボクの金閣寺

 冬の北陸特有の鉛色の空だった。
 分厚い雲が垂れ込めていて、庭に出て北東の空を見ても立山連峰は見えない。
 夏の白銀に輝く、天空の襟首を飾るような巨大な屏風も、北陸の冬の空にはすっかり凍えてしまっている。

 皮肉だ。夏よりはるかに純白な衣装に身を飾っているというのに、姿がまるで見えないなんて。
 そうか、今は遠くの空より一面に降り積もった眼前の雪を見ろ、ということなのか。
 雪の眩しさに目が瞑れてしまえ、ということなのか。

 ああ、どうでもいいようなことばかりが頭に浮んでくる。
 憂鬱なのだ。
 何か鬱屈したものが蟠(わだかま)っている。
 暗い情の河が堰き止められて、今にも溢れてしまいそうなのを感じる。
 こんな時は、何もかも吐き出してしまうことだ。

 不意に目頭が熱くなるのを感じた。

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2006/12/15

有峰慕情

[ 本稿は、「無精庵徒然草 有峰慕情」から、思い出話に関わる部分だけを抜粋したものです。思い出話ということで、一応、実話! 記憶が曖昧な部分もあるし、ちょっと暈した記述もあって…。 (06/12/15 記)]

 遠い昔、高校二年の時、多分、秋の頃のある祭日だったと思うが、何故か有峰湖へ一緒に行こうという話になった。どうして有峰湖だったのだろう。デートなら、他にもいろいろあったはずなのに。
 小生が誘ったのか、相手が場所を仄めかしたのか、それすら覚えていない(当時の日記も二十歳の時に全て焼却したし)。
 有峰湖までは最寄の鉄道の駅からも、ずっと遠い(記憶では当時は十キロほどはあった)。交通機関としては本数が少ないがバスを利用するしかない。
 なのに、記憶からはバスに一緒に乗った時間がすっぽり消え去っている。
 二人で砂利道をテクテク歩いたことしか覚えていないのだ。
 まさに峠道で片側は急斜面で岩がところどころで剥き出しになっている。バスどころか普通車だって擦れ違うのは、どちらかが道の端っこギリギリに寄せて止まらないと不可能な道。
 その道をほんの一歩、踏み外すと崖を真っ逆様に遥か眼下の川か石で一杯の河原まで一気に転げ落ちるしかない。

 峠の道の何処かが、最近の雨のせいか、車どころか人さえ、通れなくなっている。斜面の岩や土砂が道路を塞いでいたのだ。
 あるいは、だから、バスの運行は取りやめになっていたのかもしれない。
 それとも、途中まではバスは走ってくれたのか。
 なんとなく、共に学生服姿の二人(学校の規則で、外出の際は学生服着用が義務付けられていた)を運転手はどう思っているんだろう、なんて思っていたような微かな記憶もあるのだが…。

 が、二人は、どうしても有峰湖へ行きたかったのだ。
 だから、最寄の駅で降りてからは、あるいはバスを降りてからは、気持ちは一つで、とにかく有峰湖へ。
 十キロもの道…。
 
 砂利道が岩などで塞がれているし、斜面からはいつ岩が落ちてくるか分からないような状況だった。

 が、幸いというか、その峠道のさらに斜面側に人が二人ほど並んでならなんとか歩ける程度の細い、天井の低いコンクリートで固められた崖崩れの際の緊急の避難通路のような道があった。
 ちょっと通路の中を覗いてみる。
 薄暗い道だった。
 片側は斜面だが、片側にはコンクリートの壁に透き間があり、そこから外光がやっと入るだけ。
 その光があるお蔭で、避難路(勝手に命名しておく)には灯りの類いが一切ないにも関わらず、目を凝らせば手探りしなくても歩けるかも、と思えたのだった。

 薄暗い、かび臭いコンクリートの通路の壁からは水が染み出していて濡れているのが分かる。天井からも水滴が落ちてくる。
 水滴がポタリポタリというより、雨滴が雨ほどに落ちている。どうしたものか。
 通路の外の峠道は岩や土砂で埋まっているし、崖が今にも崩れそうな気配。
 仕方なく、二人して暗い通路を行くことにした。

 いざ隧道に入ろうとすると、彼女は、さすが女性である、小さなバッグから折畳みの傘を取り出した。目にも眩しいピンク色の傘。
 でも、小生は、それを目で制して、彼女の肩を抱き寄せた。
 通路は狭いし天井も低い。雨滴は少なからず落ちているが、雨というわけじゃない。
 そんな判断を口にしたのか、それとも、目で彼女が傘を取り出す仕草を制したのか、覚えていない。

 彼女の肩を抱き寄せ、薄暗い隧道(ずいどう)を歩いた。
 彼女の肩を抱いた瞬間、彼女の体が一瞬、強張ったのを感じた。でも、すぐに解けて、成り行きに任せる感じになった。間近にあるはずの、息遣いだって感じられるはずの彼女の顔を覗き込む勇気は、小生にはなかった。だから、彼女の表情までは分からない。
 覗いても長い髪と隧道の暗さで分からなかったろう。

 長い隧道だったのか、それとも、その崖崩れした数十メートルの部分だけの短い区間だったのか、これも記憶の彼方である。
 仮に隧道がずっと続いていたとしても、コンクリートの壁からは峠の砂利道が歩いても無事そうなのは分かってしまう。
 そのまま彼女を抱き寄せながら歩き続けたかったけれど、それほどに図々しくはなれなかった。

 隧道を出て、彼女の肩を放す。
 彼女は、小さく、「ありがとう」と言った。
「ありがとう」の言葉が水臭く感じられたのは、小生が若かったからだろうか。

 そうして気がつくと、有峰湖なのだった。
 湖畔に二人して立つ。
 崖下の湖から冷たい風が吹き上げてくる。彼女の髪が揺れ、彼女の頬が冷気で火照っている。
 何故か小生は、彼女を斜め後ろから眺めている。見惚れていた? 
 そうかもしれない。
 
 さて、である。小生の情けないところなのだが、その後、二人はどうなったのか。どうやって麓(ふもと)の駅まで戻ったのか、まるで覚えていないのである。
(彼女の肩を抱き寄せた時、彼女の体が強張ったのには、もっと別の理由がある…のだが、これはまた別の機会に。)

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