小説

2009/04/09

猫、春の憂鬱を歩く

 春である。近所の犬コロどもも盛りの血が騒ぐ春である。我輩の可愛いお鼻もあちこちから春風に乗って漂ってくる匂いにヒクヒクしている。でも、臭いに関しては、犬コロどもには、ちょいと敵わない。
 まあ、それだけが奴等の取り柄なんじゃから、自慢気に大地をクンクンさせておけばよいのだよ。
 その代わり、我々猫族は、なんたって耳がいい。犬コロどもだって、人間には比べものにならないほどに音に敏感だ。そう、ドアの閉まった家の中にいたって、表から響いてくる足音で、ご主人様の草臥れかけたドタッドタッという足音、近くのガキどもの元気闊達なタンタンという足音を聞き分けているよね。

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 それでも、俺様たち猫族には、ワンコロも裸足で逃げだすに違いない。って、犬コロはいつも裸足だったっけ。
 ネズミだってゴキブリだって、人間さんたちには姿が見えない限り、退治しようがないんだろうけど、我々はネズミが天井に潜んでいようが、ゴキブリが台所の流し台の隅っこの透き間から出入りしていようが、見逃しはしない…、もとい、聞き逃しはしないのさ。

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2008/12/30

冬のスズメ

 茫漠とした空を見上げた。
 枯れて裸になった枝の先にスズメたちが止まっている。一心に何処かを見遣っている。
 あの木は何だろうか。降り積もった雪で近寄ることが出来ない。
 桜? そう、桜の木だ。寒さに凍えているけれど、それでもスズメたちの止り木になって春を待っているのだ。
 みんなに嫌われるスズメ。だけど可憐なスズメ。あのスズメ達を見ていると、心が憂鬱になる。何故だろうか。

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↑ スズメたち   by kei


 私を支える木はどこにあるのだろう。あの人は今、何処にいるのだろう。でも、あの人は遠い。会おうと思えばいつでも会える。そう、今日だって会ったばかりなのだ。あの人と言葉を交わしさえした。
「おはよう」そして「さよなら」と。
 そうそう、「これ、届けてきて」と言われたっけ。書類を手渡しさえ、された。あの人は、煙草を燻らせたままで、こちらを見向きもしなかった。

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2007/05/05

五月晴れの空へ

 彼は足元の枯葉を蹴った。長い信号だった。
 気がついたら、他の人は歩き出している。
 なのに、彼はためらっていた。
 
 やっぱり、ダメだ!
 
 彼は踵(きびす)を返して美紀のもとに向かった。枯葉が驚いたように舞った。
 
 あのままじゃ、ダメだ。絶対にダメなんだ。

 初めは早足だったのが、次第に足が速まっていく。
 幾度となく待ち合わせした公園の脇の近くのサツキの植え込みのある家の傍に差し掛かったとき、足が止まった。

 何日か前の美紀との他愛もない会話を思い出したのだ。

 これはサツキって言うの。

 えっ、これって、ツツジじゃん。
 どう見たって、ツツジだよ。

 ううん、ツツジはツツジだけど、違うの。ほら、葉っぱがちょっと小振りでしょ。

 云われて見ればそんな気もする。でも、彼にはどうでもいい。

 要するにツツジの仲間なんだろう!

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