小説(幻想モノ)

2020/10/15

赤い闇

 手探りして歩いている。何処を歩いているのかさっぱり分からない。何故に歩くのか。それは走るのが怖いからだ。早くこの場を抜け出したいのだが、漆黒の闇が辺りを覆っている。ぬめるような感覚がある。巨大なナメクジに呑みこまれているようだ。
 息はできている。空気はあるのだろう。吸う。溜める。吐く。意識して呼吸する。体の中に何かを取り込んでいる。肺胞がギリギリの活動をしてくれている。

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2020/03/05

俺の口は鍾乳洞

 夜、決まって観る夢がある。口の中に石膏のような味気のない白い塊が詰まる。吐き出したいけど、粘着いて、指で掻き出そうとしても剥がれない。ドアの向こうから足音がする。近所の人か、通り過ぎるだけなのか、それとも、俺に用なのか。足音が段々近づいてくる。まずい、ドアの前で足音が止まったぞ。
 口の中を懸命に穿り返している。粘膜が少々傷ついたって構わない。とにかく抉り出さないと、俺の秘密が知られてしまう。誰にも知られたくない、こんな無様な姿を見られたくない。流しに立って、水道の蛇口を直接口に含んで、石膏を融かそうとした。
 何だってこんなものが喉の奥から出てくるんだ。鍾乳洞じゃないんだぞ、俺の喉は。

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2020/03/04

呆然自失の朝が今日も

 夜陰を通り過ぎ行く人影。折々の月光が沈みがちな影をこの世に引き戻すように浮かび上がらせる。しなだれた木立や崩れかけた板塀は懸命に光を遮っている。黒い塊は痕跡を残すことを恐れているのか。
 何を恐れることがあろう。抉るつもりで地を蹴っても素知らぬ顔のまま闇の中の異物を滑らせているだけ。傷一つ残すことはできやしないのだ。
 お前は光を嫌っているのか。何か疚しいことがあるのか。何処から逃げている。何処へ逃げていく。辿り着く宛てなどないくせに。
 凝り固まった蝋、それとも松脂。琥珀か。命の源が封じ込められているとでも? 嘗めたら水飴の味がするとでも?

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2018/08/28

赤い闇

どこをどう歩いて行っても、逃げるように遠ざかってみても、まして開き直ってその場にへたり込んでみても、ズルズルと後退していく。不意を打つように後ろへ飛び去ってみても、奴には同じなのだ。

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→ ヴォルス Wols (Alfred Otto Wolfgang Schulze) [title not known] c.1944–5 (画像は、「Wols (Alfred Otto Wolfgang Schulze) 1913-1951 Tate」より)

 高みの見物とばかり、そう、高い空を舞う鷹のように、獲物をじっくりと追っている。
 こっちがじたばたしても、地上を右往左往するウサギのように、滑稽に見えるだけなのだ。
 眼光は鋭い。焦点は定まっている。照準はピタリ合っている。
 ああ、それだったら、じらしたりせず、いっそのこと一思いにやっつけてくれればいいんだ。

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2015/04/10

シラミの部屋

 この部屋を出たかった。出ないことには息が詰まって死んでしまう。
 今度こそ、この部屋を出る! そう決断したことは何度あることか。
 けれど、いざとなると、決心が鈍ってしまう。

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→ お絵かきチャンピオン 作「天井ピアノ弾き」

 何かが引き止めるのだ。
 殺っちまったことが露見するから? 
 それもある。部屋の模様替えなんかされたら大変だ。いや、壁紙でも貼っちゃえば、壁の汚れなど誤魔化すこともできよう。何年も経てば、建て替えだ。重機か何かで一気に倒され潰され跡形もなく消え去ってしまう。その頃には、何もかもが骨か皮だ。

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2013/12/31

黄色いライン

 フロントウインドーを叩いていた雨が不意にシャーベット状になり、ついには雪に変わった。
 ヘッドライトに浮かぶ無数の白い牡丹の花びらたち。
 高い空から風に乗り風に運ばれて長い旅をしてきた。

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 多くは屋根や田圃や道路に落ちては、他の仲間たちと合流する。
 でも、中にはこのようにウインドーに衝突して砕け散り、一瞬、粉雪かと思わせ、見ると濁ったような飛沫となってウインドーを涙のように流れていく。

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2013/08/08

闇に降る雨

 いつの日かの黒い雨の降った夜を思い出していた。
 あの日の雨も、目を閉じると見えてくる、タールのように粘る雨だった。 池の淵に佇み、心を閉ざし、闇に沈み、池の底に揺れる蒼白な月の影を思 っていた。

 血糊のようなタールは、口から吐き出されたのだ。鼻の穴から、目の端 から、耳の穴から、そして毛穴から溢れ出し流れ出し噴き出し、地を這い 伝い、低きに流れ、やがて抉られた一角を埋めていったのだった。
 肉片が浮き、毛髪が漂い、目玉が我こそは月影だとばかりに闇を凝視し ている。そう、見詰めるに値するものなど、この世に何もないと言わんば かりに、藪睨みしている。

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黒い雨の降る夜

 あれは夢の中でしか見ることの出来ない黒い雨の降る夜のことだった。
 鮮烈なほどの蒼い光が俺の目を刺し貫いた。貫通した光は、瞬時に消え去っ たが、俺の後ろの分厚い壁に怪しい人影を残していた。
 その日から俺は影の世界に生きてきた。
 俺にはもう、この世とやらとは縁も縁(ゆかり)もない人間に成り果てたの だ。
 けれど、俺は生きている。生きて喘いでいる。この胸の苦しさをどうにも晴 らせないでいる。なのに、誰も俺を見向きもしない。俺を素通りする。眼前の 俺を差し置いて、どこかあらぬ方を見遣り、楽しげに悲しげに退屈そうに語り、 あるいは黙する。
 こんなに胸を掻き毟りたくなる俺なのに、この世の誰にも俺の存在が認めら れない。

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2012/01/22

間に合わない

 何かの(長い)夢の続き、その挙句、ある家(我が家のようでもある)の前(庭)にいる。
 オレの隣に車(小型)がある。パステルカラー調のブルーの新車。でも、ほとんど乗った形跡がなく、放置されていたようだ。が、なぜか車窓が大きく(三分の一ほど)開いていて、細かな虫が好き放題に出入りしているし、くもの巣が張っているし、鳥(蝶)が時折、入り込んだりする。
 閉めてやろうか…。
 とにかく開いていることが気になってならない。

 突然、無線が飛び込んできた。
「クラウジウス(という名の会社)へ行け」という指示。
「そこに客が待っている…。12時(正午)までに行くように」
 暗黙の中で、その会社の場所、分かるの、教えなくていいのと、訝(いぶか)しむ係員の気持ちを感じる。

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2012/01/16

白い影

 わけもなく、遠い日の光景が目に浮かんでくる。
 でも、それは景色の断片、いや欠片ですらなく、古びた板戸の透き間から漏れ込もうとする陽光の一閃だ。
 その日、何かがあったに違いない。

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 だから、忘れたはずの記憶が蘇ろうとしているのだろう。
 脳みその奥の、赤潮に覆われた死の海のヘドロ。

 忘れたどころか、とっくに死滅して久しいはずなのに、なぜ、今頃になって炭酸ガスの泡のように、ブクブクと噴出そうとするのか。

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