日記・コラム・つぶやき

2008/04/21

嗤わぬ月

 毎日ではないが、夕方から真夜中過ぎまで、そう草木も眠るという丑三つ時頃まで、富山の町を車でウロウロしつつ働いている。
 昨晩は見事な月を折々に愛でることができた。暖かな日差しに恵まれた日中は、それでも吹き渡る風がやや強かった。東京など関東や東日本では突風というのか強風が吹き荒れていた。
 その風も夜には収まっていた。

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 風が空の塵や埃や花粉の類いを綺麗に拭い去ってくれたようで、夜気が澄み渡って感じられる。
 夕方になって仕事先へ向う道すがら、夜になって雨にならないかと天蓋を眺めてみると、月影が清かである。ほぼ満月の月。今夜どころか明日も雨の心配はなさそうである。
 月が地上の世界を明るくしている。夜空を横切る筋状の雲を背後から照らし出して真っ白に、そして薄い真綿のように見せている。
 そんな透き通るように眩く輝く雲よりも月は煌々と照っている。

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2008/03/05

煙草に火を点けて

 街がやたらと変化していく。
 ほんのしばらく足を向けないだけで、気が付くと嘗てはあったはずの木造二階建てのアパートや古びた工場が消え去って、更地か駐車場になっている。

 俺は某町の一角にあったアパートを見るのが好きだった。
 何十年という歳月を感じさせる朽ちかけた木の塀や壁。きっと開け閉てするとギーという音がするだろうし、びったり閉まることはないだろうという窓。
 雨が降ったら、紙の家のように水が染み込み、そう、きっと廊下とか誰かの部屋のベニヤ板の天井には雨漏りの染みの痕が生々しいに違いない。
 モルタルの壁の透き間にはウレタンのテープなどが巡らせてあるに違いない。触るとポロポロ剥げ落ちる壁には、麻田奈美のポスターなどが貼ってあったりして。
(奈美の奴、あの顔で、凄い胸だった。)
 今度、強い風が吹いたら倒壊するに違いない。

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2008/02/27

放火魔

 真夜中の病室。隣り合う人たちも、ようやく眠りに就いている。
 看護の人も先ほど見て回って行ったばかりである。

 静まり返った病室での楽しみは、こっそり蝋燭に火を灯すこと。

 蝋燭の焔は、今日は真っ暗闇の中に何を浮かび上がらせてくれるだろうか。

Fire

 そもそも闇の中でポツンと立つ蝋燭が何かを照らし出したとして、それが何か意味を持つのだろうか。

 誰もいない森の中で朽ち果てた木の倒れる音というイメージと同じく、病室という名の、誰も見ていない闇夜の地蔵堂に立てられた蝋燭の焔の織りなす影は、ある種、夢幻な世界を映し出していると、ほとんど意味もないレトリックを弄して糊塗し去るしかないのか。

 夜の深みに直面して、何を思う?

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2008/02/04

明けない夜に

 エロティシズムへの欲望は、死をも渇望するほどに、それとも絶望をこそ焦がれるほどに人間の度量を圧倒する凄まじさを持つ。快楽を追っているはずなのに、また、快楽の園は目の前にある、それどころか己は既に悦楽の園にドップリと浸っているはずなのに、禁断の木の実ははるかに遠いことを思い知らされる。

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← ジョルジュ・バタイユ【著】『聖なる陰謀―アセファル資料集』(マリナ・ガレッティ【編】・吉田 裕・江澤 健一郎・神田 浩一・古永 真一・細貝 健 ちくま学芸文庫)

 快楽を切望し、性に、水に餓えている。すると、目の前の太平洋より巨大な悦楽の園という海の水が打ち寄せている。手を伸ばせば届く、足を一歩、踏み出せば波打ち際くらいには辿り着ける。

 いざ、その寄せ来る波の傍に来ると、波は砂に吸い込まれていく。波は引いていく。あるいは、たまさかの僥倖に恵まれて、ほんの僅かの波飛沫を浴び、そうして、しめた! とばかりに思いっきり、舌なめずりなどしようものなら、それが実は海水であり、一層の喉の渇きという地獄が待っている。

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2008/01/26

真冬の明け初めの小さな旅

 正確な年限などは覚えていないけれど、小生が子供の頃、雪明りの外を歩いて回るのが好きで、よく未明の朝などにこっそり家を抜け出したものだった。
 その頃はまだ雪がタップリ降っていた。平野(田圃)の片隅に位置する我が家だったけれど、ともすると一階の窓からは降り積もる雪に視界が遮られて何も見えなかったりする。

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 降る雪だけではなかった。屋根から落ちる雪、雪降ろしで堆積した雪などが積み重なって、しかも、建物に面する雪の山は凍っていて、粗目(ざらめ)のような、それでいてツルツルに磨きたてられたような、形容の難しい様相を呈していた。

 不思議なのは、視界が完全に塞がれているにも関わらず、夜になり部屋の明かりが消されると、外がボンヤリとだけれど、明るく輝いているように見えることだ。分厚い雪の堆積を透かして外部の光が漏れ込む だけど、真夜中だったり明け方だったりするのだから、外は暗いはずなのだ。

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2008/01/25

雪蛍の舞った頃

(前略)窓の雪を見ていると、何か胸が締め付けられるような、自分がここにいるべきじゃなくて、何処か他にもっと自分がいるべき場所があり、そこで誰かが俺を呼んでいる…といったような、郷愁とも違う、不思議な感傷に囚われるものである。

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 小生が未だ郷里である富山で住み暮らしていた頃は、まだ雪も毎年、たっぷり降ったものだった。だから、3月になっても、さすがに降雪の日は少ないとしても、根雪は深く固く大地を覆っていた。

 特に民家の屋根などからの雪や、道を空けるために道端などに積み上げられた雪は、3月の初めや半ばだと、当分溶けそうにないように感じられる季節だったように思う。

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2008/01/23

犬とコロッケ

 あれはいつもと同じように一人で学校から帰る途中での出来事だった。
 あの頃の俺は、みんながそれぞれ友達と帰るのが羨ましかった。いつかは俺だってと思っても、結局は一人ぼっちで帰る羽目になってしまう。

 みんな連れ立って一体、何処へ行くんだろうか。
 単に帰る方向が一緒だから、すぐそこまで一緒になるだけなのだろうか。それとも、何処かに秘密の面白い場所があって、ワクワクする思いでそこへ向かうのだろうか。
 だから顔があんなにもにこやかなのだろうか。

 俺には何も分からなかった。

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2007/12/25

汗駄句・駄目駄句・楽駄句・辛句

昼顔も夕顔も捨て朝の顔
                 (2007年11月07日作


行く末を我の如くと枯れ葉散る

終(つい)の日は風に任せん落ち葉道

夕焼けをビルの谷間に今も追う
             (以上は、2007年11月09日作

  
鴛鴦を一人見つめて秋の暮

雪虫の舞い飛ぶ如くフケも散る

彼岸花オレの耳には悲観かな

暖冬も懐までは届かざる

極東は何処にあっても極東だ
             (以上は、2007年11月14日作


人に馴れそれで忍ばず変だよね

そうなのよ胡麻塩頭今我も 

絵の餅に落胆しきり笑うなよ

懐を懐炉で温め火傷せし
  
極東やファー言う人はゴルフ好き  

徹夜してブログを書いて読まれざる
             (以上は、2007年11月15日作


故郷は遠くにありて見えないよ

木枯しや自転車の手の温み消え

かさこそと落ち葉の道を影一つ

行き交いし人々の群れ我一人

落ち葉道踏み締める日の少なかる
               (以上、2007年11月19日作


髪の毛はヒトの証し長き友
               (2007/12/23作


絵の餅も手が伸びるのは誰〈た〉がためぞ

この道は行く人もなくためらいし
                (2007/12/25作)

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2007/12/16

開かずの扉、オープン!

[本稿は、12月14日の夜に書いた日記。本来なら「無精庵徒然草」にアップするはずのもの。でも、予定稿があるので、掲載する余地がなく、また、創作の館に間借り。まあ、若干、駄文系なので、いいかな。若干、追記。]

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← 画像は、ポーランドの画家ズジスワフ・ベクシンスキーの絵。凄い絵でしょ。凄惨なまでの母子愛?詳しくは 「ベクシンスキー:廃墟の美学」参照。

日中は所用があって外出するか、何処かからの連絡があったりする。
なので身動きは取れない。
でも、それ以外は暇。

暇だと何をするか。
寝る! 喰う! 寝る! 喰う! 寝る! 喰う! → 太る!

……のは当然として、本を読む、ネットする、そして部屋の片付け。

今日はユニットバスの換気扇のタイマーの修理に来るはずが明日に(勝手に)延期された。

来客があるとなると、掃除(というか部屋の片付け)をする小生。
まあ、世間体を気にする。
部屋の汚さを赤の他人に見られたくない!

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2007/12/07

鍵束がない ! !

[本稿は、12月6日の午後二時半頃、外出前の慌しい時の合間に書いた日記です。本来の日記のブログがいろいろ予定稿があり、この日記をアップさせる余地がないので、余儀なくこの創作のブログに載せるもの。ことは、6日の午前のとっても、瑣末な、ウソのようなコントの日記。あくまで日記なので、つぶやき調なのは仕方ないものと理解されたい。]

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→ 某所でこの夕焼けを見て帰ったら、郵便受けに待ちに待った封書が。そう、引き続く書類を持って来いという役所の<通知>の書面が入った封書。「ホッと一息、でも憂鬱」でいろいろ書いたけれど、なんとか試験には通ったようで、いよいよ次ぎの段階へ行動開始である。この日記での外出もその一環だったのだが、たださえ忙しいのに余計なトラブルを自らの愚かしさゆえに招いた…招きそうになったのだった。

鍵束がない ! !

今日、所用があって(金策)我が愛車(パナソニックの電動自転車)で外出。

が、目的地に着いて、鍵を掛けようと思ったら、鍵束がない!!

稗ー! 冷えー! ヒエー!

まるで古びた褌を引き裂くような悲鳴か雄叫び…を思わず上げそうになった。

また、落っことしたのか。

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2007/12/04

ボタン付け

[本稿は、12月3日の昼間に書いた日記です。夢の話でもなければ、創作でもない(こんな他愛もない創作はない)! 本来の日記のブログが3日も4日も予定稿が入っていて、この日記をアップさせる余地がないので、余儀なくこの創作のブログに載せるもの。ことは、3日の未明のとっても、瑣末な日記。あくまで日記なので、呟き調なのは仕方ないものと理解されたい。]

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← これが成果! ボタンに注目。

ボタン付け

長年着ている冬用のジャケット。
洗濯機で洗うこともあってか(ちゃんとネットに入れて!)、仔細に見ると、さすがに細かなほつれがちょこちょこと。
でも、気にしない。

とはいっても、ボタンが取れそうなのは拙い。実際、一個、取れてなくなっている。

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2007/12/03

夢の話・二題半

 最近、よく夢を見る。
 というより、大概は就寝中に仮に夢を見ていても目覚めた瞬間、シャボン玉の弾けるように、呆気なくパッと消え去ってしまう。
 せいぜい、シャボン玉の表面の虹の七色めいた、夢の印象の欠けらが脳裏の片隅に残るだけなのが、この頃は、目が覚めても、夢の全体というわけではないものの、かなりの部分を覚えている、ということなのかもしれない。

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 といっても、夢の内実がスッキリ見通せるというものでもない。多くは不分明なままに、脚本家のいない、演出過剰な、あるいは役者の独善的な演技ばかりが目立つような、それでなければ、舞台の背景などの雰囲気ばかりが濃厚な、そんな掴みどころのないストーリーの見えない<ドラマ>が展開されていく。

 小生が夢を多く見るときは(目が覚めても覚えている時は)、体調が何処かしら不調な時だったり、実生活において先の展望が見えない、人生の選択肢をどちらかを選ぶことを強いられる状況にあって迷っている時だったりする。
 恋に苦しんでいる時にも夢を見ることが多くなるってこともあるかもしれない。
 いずれにしても、自分でも自分の心の全貌が見えるわけではなさそうである。
 とにかく、夢で目が覚めるという現実がある、それだけが事実なのである。

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2007/11/28

「蜘蛛の糸」を裏読みする

[本稿は、「藤原作弥…香月泰男…蜘蛛の糸」から「蜘蛛の糸」関連の部分を抜粋したものです。]

『蜘蛛の糸』(くものいと)は芥川龍之介が1918年(大正7年)に雑誌「赤い鳥」に発表した子供向けの短編小説」だという。

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→ 芥川龍之介/著『蜘蛛の糸・杜子春』(新潮文庫 新潮社

 有名な話なので、今更ネタバレもないだろう:

 カンダタは大泥棒や人殺しと様々な悪事を行った為に地獄に落とされてしまいました。しかし、生涯で一度だけ善い事をした事がありました。それは小さな蜘蛛を助けたこと。そこでお釈迦さまは、地獄の底のカンダタを極楽への道へと案内するために、一本の蜘蛛の糸を、カンダタに下ろしました。
カンダタは蜘蛛の糸をつたって、地獄から何万里も上にある極楽へと上り始めました。ところが、糸をつたって上っている途中でカンダタはふと下を見下ろすと、数限りない罪人達が自分の上った後をつけていました。このままでは糸は重さによって切れて、落ちてしまうとカンダタは思いました。そこでカンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだぞ。お前達は一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ。」と喚きました。次の瞬間、蜘蛛の糸がカンダタのぶら下がっている所から切れてしまいました。カンダタは再び地獄に落ちてしまいました。
 お釈迦さまは極楽からこの一部始終をご覧になっていました。自分だけが地獄から抜け出そうとするカンダタの無慈悲な心が、お釈迦様には浅ましく思われたのでしょう。

 とっても、深い内容の、教訓に満ちた子供向けの話…。

 が、小生はこの話を初めて知った時、お釈迦は実に厭らしい人だと思ってしまった。童話の形に易しくされた本を読み聞かされたりした、あるいは劇(漫画)で見た際、お釈迦様は老獪な方だと感じたのだ。

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2007/11/17

初恋の人を見た!

[ 以下は、昨夜半(16日)の日記から。16日の午後だったかに見た夢を叙述。夢の内容は一応は事実です。ただ、小生の記憶力に心もとなさがあるのと、表現力には更に拙さがあるので、描いている内容の元は事実であっても、いざ書き起こしてみると、なんだかなーというものになってしまう。夢の叙述なんて、リアルに描こうとしても創作めいてしまう。時間が経つにつれ、そして描こうという作為が働くにつれて、手の平から零れ落ち、グジャグジャになっていく。 虚構と酷似している(似て非なるものだけれど…)。(11/17 記)]

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← ブグロー(ブーグローとも表記)「浴女」(「浴女|ブログで名画」より) 「草城の句境を知らず人は過ぎ」など参照。

初恋の人を見た!

でも、夢の中で!

まあ、約束どおりの落ちです。

まあ、聴いてくださいよ、お客さん。

あのね、何処かの事務所、それとも銭湯の脱衣場だったか、オイラ、着替えしていた。

同僚か先輩らしい二人が近くに。
二人のうちのどちらかがボソッと、隣にあの子が居る、とか何とか。
オレに言ったわけじゃないけど、オレを促す意図が嗅ぎ取れた。

隣って、風呂場じゃないか!

一瞬、躊躇った(夢の中でも謙虚な小生です!)。

でも、見たい、ちゃうちゃう、会いたい。

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2007/10/30

自明性の喪失

[以下は、小生の手になる書評エッセイ(からの抜粋)である。途中からはもうまるで書評でもなければ感想文でもなく、無手勝流の想像が闇の時空を舞い狂っている!]

 が、小生は、そんな用語などすっ飛ばして、もっと直感的に、さらに言えば、共感を以って『自明性の喪失』を読んでいた。否、その中の患者の症例に身につまされるものを実感していたのだ。
 観念連合の弛緩といい、現実との生ける接触の喪失といい、あるいは自明性の喪失という曖昧な、しかし他に表現の方法のないある心の事態。

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 現代においては、精神医学が発達して、かなりの精神的な病が投薬などで治療ないし対処されることが多いらしい。また、精神的な疾患などというものは、所詮は脳の先天的な異常か、いずれにしろ脳内の不具合に帰着するに違いないと見なされている。
 癲癇にしろ、病には違いないのだろうし、その発作がなんらかの肉体的異常(それがたまたま脳内の部位に局在しているだけのこと)の精神的な発露・爆発なのだろうと言われれば、それはそうなのだろうと、一応は認めるしかない。

 ここで気になるのは、肉体的異常の結果、では、その人がどのように振る舞うか、あるいは場合によっては精神的所産を為すのかどうかは、全く理論的には整合的に説明できないだろうという点である。

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2007/10/06

闇に浮ぶ赤い花

 何年か前の秋口のこと、タクシー稼業で<経験>したちょっと怖かった話をする。
 但し、一瞬、錯覚したというだけの話である。

 日付はとっくに変わっていた。
 何処かの出口で高速道路を降り、市街地を走っていた。
 高速道を走っていた間は姿を見せていた月影も街道を走り始めた頃には隠れてしまった。

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→ 月影が雲間に次第に呑み込まれていく。

 お客さんの指示に従い、幾つかの角を曲がる。いつしか住宅街を通り抜け、林というには繁りの分厚そうな木々の立ち並ぶ道を走る。
 
 街灯も古い白熱灯が点々とあるだけなので、闇を照らし出すヘッドライトが唯一の頼りという気になってくる。
 人影などあるはずもない。
 ああ、何処まで行くのだろう。人気のない道を何処までも走る、いつの間にか自分が得体の知れない世界へ引き込まれていくような、闇に飲み込まれていくような感覚を覚え始めている。
 運転しているのは自分。そう、ハンドルを握っているのは確かに自分なのだ。
 けれど、行く先を決めるのは自分の意志ではない。

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2007/08/30

ウラ版・浅草レポート「敗軍の将、兵を語らず」

 オモテ版レポートは既にアップ済み:
私的第27回浅草サンバカーニバル
 以下は、表には書けなかった手記風なレポート。
 題して「敗軍の将、兵を語らず」 !
 サブタイトルは、「ウラ版・浅草レポート

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← 以下、アレゴリア置き場である浅草寺の駐車場で撮影。パレード直前の各チームの作業状況画像が続く。撮影は小生。

 何ゆえ、「敗軍の将、兵を語らず」なのかは、一読すれば分かる。
 本来ならドキュメントに仕立てるつもりだった。なので、事実乃至は真率な心情のみで綴っていくつもりでいた。
 でも、結果として、多少なのか相当なのか分からないが事実と虚構と願望と妄想とが入り混じってしまった(書き手は分かっているはず…だが、書いているうちに脳味噌が興奮状態になったこともあり、話が膨らんできて、収拾が付かなくなった)。

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 ま、真実というものは、そしてこうした心情溢れる文というものは、虚実皮膜(きょじつひまく乃至きょじつひにく)の微妙な按配と韜晦とにあってこそ滲み出すもの生きるものだという小生なりの信念で、通常のレポートでは書けない領域まで踏み込んで描けるのでは、という野心というか目論見というか算段というか切ない希望で以て書いてみた。

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2007/08/19

誕生日に寄せて

 以下は、物語でも虚構作品でもありません。数年前、ある人の誕生日に寄せて書いた、やや感傷的なエッセイです。既に公表済み。
 ただ、エッセイと言いつつ、一読すれば分るように、薄っすらと虚構の隠し味があったりする。
 
 つい先日、ある方が誕生日を迎えられたので、遠くからの囁きめいたメッセージとして贈ろうかと思ったけど、メッセージとしては長過ぎるし、ある意味、誰彼へというより自分に向けてという気味が紛々と漂ってくるようで、ちょっと気後れして、気がついたら誕生日を数日も過ぎてしまった。

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2007/03/27

「安室奈美恵」さんに絡んでみました!

安室奈美恵」さんに絡むお遊びです。
 最近の元気ぶりが嬉しいですね。

 以下、都合上、「安室なみえ」さんと表記します。
        
Artistp1

→ 「安室奈美恵 (あむろなみえ)(アムロナミエ) Official Website

入浴している安室ちゃんを見て          あ 風呂、なみえ
お歯黒をした安室ちゃんを見て          お歯黒 なみえ 
頭から墨を被った安室ちゃんを見て        真っ黒 なみえ
禿(はげ、かむろ、とも言う)の鬘を被った安室ちゃんを見て   かむろ なみえ
鏡に映った安室ちゃんを見て           安室 なみえ!
 あれっ? 最後の当たり前じゃん?!

マグロの刺身を食べているなみえちゃん…     まぐろ なみえ
なみえちゃんはアマチュアじゃない        あ、プロ なみえ
アフロヘアーにした安室ちゃん          あふろ なみえ

やたらとおおきくなった安室なみえちゃん…    マクロ なみえ
安室なみえちゃんは、どんな果物が好きなの…   ザクロ なみえ
安室なみえちゃん、他に好きな果物はあるの…   アップル なみえ
安室なみえちゃんが、何人も揃っている…     たむろ なみえ

馬の轡を取って…                博労 なみえ
スキャンダルが発覚!              暴露 なみえ

安室なみえちゃんが、かの有名な画家パブロ・ピカソと結婚    パブロ なみえ
安室なみえちゃんが帽子をかぶろうとしている   かぶろ なみえ
安室なみえちゃんが蕪と並んで写真を撮っている  蕪と なみえ
安室なみえちゃんが虻(あぶ)と並んで写真を撮っている 
                               虻と なみえ
安室なみえちゃんが頭に兜をかぶっている     兜 なみえ 

おなかをすかしたなみえちゃん          あ、食お! なみえ
カラス(crow クロウ)を見て        あ、クロウ なみえ
ちょっと太ってしまって             あ、太! なみえ
生活苦のなみえちゃん              あ、苦労 なみえ
寄せ鍋の灰汁を掬ってるなみえちゃん       あくを なみえ
イカを炙っているなみえちゃん          あぶろ なみえ
風呂でもただの風呂じゃない           泡風呂  なみえ

☆あの…、断っておきますが、大切なことは(?!)、常に「安室」ちゃんに掛けていることを意識して、声に出して発音することです。

なみえちゃんが風邪薬を飲んでる         パブロン なみえ
なみえちゃんが袋をかぶっている         あ、袋 なみえ

家具の前でポーズを取るなみえちゃん       家具と なみえ
においで分かるなみえちゃん           嗅ぐと なみえ
髪をアップにして                アップの なみえ
飴を舐めて                   飴を なみえ
雨に降られて                  雨の なみえ
あ、服が破れてる                あ、ボロ なみえ
そこからオッパイが               あ、ポロッ なみえ
で、見えすぎて                 あ、モロ なみえ

☆「飴を なみえ」は、「飴を なめえ」にしようかと、考えたけど、でも、「なみえ」を弄らないという禁欲的な制限を課して遊ぶから面白いんだと、止めた。だから、「なみえ」を例えば、(磯野)波平などと遊ぶのも、やらない。

顔を真っ黒に焼いて               ガングロ なみえ
おもちゃ(玩具)と遊ぶ             玩具と なみえ
太麺のカップうどんを食べているなみえ    ごんぶと なみえ
なみえちゃんと会ってみると            会うと なみえ

電車、目の前で行っちゃった!           アウト! なみえ
ふと、なみえちゃんを思い出した         あ ふと なみえ
なみえちゃんが髪を三つ編みに          編むと なみえ

レ・ミゼラブルを読んでいる            あ 無情 なみえ
霧と氷の世界の中のなみえちゃん         あ 霧氷 なみえ
フランスの車に乗ってるなみえちゃん       あ プジョー なみえ
なみえちゃんは婦女子なのだ           あ 婦女 なみえ

☆ここまで来ると、どんな遊びをしているか、忘れそうである。繰り返すが、大切なことは(?!)、常に「安室」ちゃんに掛けていることを意識して、大きく声に出して発音することである。
 さらに蛇足を:

ダムで写真を撮るなみえちゃん          ダムと なみえ
織田無道と写真を撮るなみえちゃん        あ 無道 なみえ
ちょっと怒ってるなみえちゃん          あ むっと なみえ
竹刀を振り回してるなみえちゃん         あ 武道 なみえ
葡萄を食べてるなみえちゃん           あ 葡萄 なみえ

 声に出して遊んでくれた方、どうもありがとう。お疲れ様でした。一緒に安室なみえちゃんファンになって応援しましょう!

 ……さて、本題は、これからです。

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2007/02/25

猫と扇風機の思い出

 今は東京でも大田区の工場町に住んでいる。
 その前は港区の高輪のマンションに住んでいた。もう、この地名とマンションに居住するというだけで事情を知らない人は何か豪奢な感じを受けるらしい。
 しかも、その高輪に住んで間もなく会社の必要もあって、車の免許を取り、会社の同僚の紹介で安く車を入手することさえできていた!

 買ったのは中古ではあるが、スカイライン2000GT-Xである。
 GT-Rでないところに、車通の方は多少の落胆の念を覚えるかもしれない。
 そのスカイラインは、ハンドルがミニハンドルで、まさに暴走族仕様だった。気の弱い小生は、すぐにハンドルをノーマルに換えてもらったものだ。

 高輪のマンションに住み、スカイラインを乗り回しているという噂がどう伝わったものか、数年来、音信普通だった友人連とも再会した。彼らは共に既に結婚していた。
 彼らがやってきた小生の部屋は、狭っ苦しいワンルーム(1K)に過ぎず、スカGも相当の中古に過ぎず、会社でも倉庫番というウダツの上がらぬ仕事をしているのだと知れるのに、数時間も要するわけもない。
 小生はその八階建ての中古のマンションの八階に住んでいた。最上階であり、冬は寒く夏は暑い。屋上からの熱気がコンクリート越しに容赦なく伝わってくる。冬は冬で、どんなに暖めても、熱は呆気ないほどに逃げ去っていく。


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