昼行燈112「サナギ」
「サナギ」
剥き出しなんだよ。裸じゃないか。皮膚さえ剥がれて。
まっさらのこころ。まっさらすぎて、この世では淡雪の如く、生まれた瞬間から手足の先が融けていく。
顔が蒸気のように大気に呑み込まれていく。
自分でも嗤っている。可笑し過ぎて涙もでない。
滑稽だ。
何が滑稽って? 形が定まらないんだもの、嗤わずにいられないじゃないか。
こんな奴でも、ほんの束の間、姿を現す瞬間がある。
それは凍て付く日のこと。
陽光さえも、お前にはすげなくする、そんな日のこと。
紫外線が氷の台座の上のお前を刺し貫く、そんな北風の吹いている日のこと。
氷の中の花を取ろうとした奴の姿が一瞬、夢幻のように浮かびあがったのだ。
それは、蛹(さなぎ)だった。甲殻を毟られ、手足も繊毛と見紛うような儚さ。卵の中で眠っていたはずの未成の命が引きずり出されてしまった…お前にはそう見えたってね。
糸杉の天辺に串刺しになって、カラスたちにやわらかすぎる腸(はらわた)を啄まれている。ホントに滑稽というか、哀れというか、まあ、凝視するしかない光景だった。
嗤いは松の葉を揺らし、鏡の面(おも)を響かせ、真空の空を突き抜けていった。
お前、無防備すぎるよ、誰だって嘲笑うにきまってるよ、そんな透明な肉の身じゃ。
ああ、剥き身の心が皿の上で泣いている。何処までも薄く切られて、透き通っている。
それなのに、ボクは食べなくちゃならない。お腹が空いているんだもの、仕方ないよね。
じゃ、いただいちゃうよ、いいね、いいよね。
(トップ画像は、「いろいろな時期のプルテウス幼生」より。中途の画像は、Jesse Reno作「Magic In The Breeze」より。本文は、拙稿「サナギ」より。)
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