昼行燈110「長崎の黒い雨」
「長崎の黒い雨」
長崎の地に降った黒い雨に俺は祟られている。あの、紫よりも周波数の 高い、怒る光のシャワー。肉が蒸発し、血が噴き、肺腑が踊り、羊水が煮え滾った。胎児は生煮えとなり、妊婦は遮光土器の模様と化した。鉄骨が蕩け、瓦が泡立ち、石が煤となり、コンクリートが灰燼に帰した。
そうだ、俺はあの原子野をやっとの思いで生き延びた女の忘れ形見なのだ。 俺は俺のお袋の影に過ぎないのだ。俺は生まれながらに呪われている。お袋の 怨念に呪縛されている。俺はお袋の復讐を果たさねばならない。でも、一体、 復讐の相手は何処にいる?
俺はお前を愛している。それだけは分かって欲しい。俺はお前に出会う前からお前に全てを捧げているのだ。与えるものなど何もなくなった、その時になって俺の前に現れたお前が悪いのだ。ああ、俺が魂の抜け殻に成り果てる前に、 お前よ、俺を連れ去っていくべきだったのだ。
でも、もう、遅い。俺は、俺の道を行く。闇の中の黒い馬に跨って、もっと深い闇の海へと潜って行く。きっと、その海の底でこそは、あの日と同じ蒼い閃光が瞬いてくれるに違いない。その蒼き稲光が俺を賦活してくれる。
俺を十字架に磔にした蒼き光には、夢の中にしか降らない黒い雨の夜でなければ出会えないのだ。俺はその闇の世界へ旅立たねばならない。この腐乱し肥え膨らんだ骨肉の身を嚙み砕いてでも。
[昼行燈27「黒い雨の降る夜」より抜粋。「黒い灰・黒い雨 | 原爆の惨状 | 長崎の原爆 | 調べる | ながさきの平和【公式】」参照。拙稿「田中好子さんの死と『黒い雨』と(後編)」も参照。画像は、「La Grenade Bleue | Alfred Otto Wolfgang Schulze Wols」より。]
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