昼行燈114「二つの影」
思いっきり開けたガラス戸の音や気配に気づかなかったのだろうか、すぐ目の前だというのに、ブロック塀の上の二羽の小鳥たちはじっとしている。
雨も雪も降らない日。そして風のない日だった。枝葉の陰で寒さを凌ぐ必要もなかったのだろう…。
二羽の小鳥たちをずっと、ずっと眺めていた。帰宅した時間は五時前。真冬の頃より幾分は日が長くなったとはいえ、段々、外は薄暗くなってくる。
小鳥たちは、付かず離れず、止まっている。私が眺めていることに気づいているような、気づいてこちらの様子を伺っているような、そんな気もする。
まさか、さびしい気持ちの私を慰めようと、気づいているのに逃げようとしないでいた? あなたは一人なんかじゃないよって? 私は身動きもならずに、彼らを眺めていた。番(つが)いの小鳥たちなの? それだったら、私を慰めてるんじゃなくて、二人の熱いところを見せ付けていることになるじゃないか! 違う? 二人でいてもさびしいんだって、教えてあげてるんだって?
窓の傍から離れたかった。家の中の暖房の傍に行きたかった。
当てにならない人の温もりより、灯油ストーブの暖房のほうが、確かなはずなのだから…。
やがて、小鳥たちは、一羽、そして一羽と、その場を離れ、近くの山茶花の葉群の中に移っていった。私も、ガラス戸を閉め、まだ凍て付いている部屋の中へ閉じ篭ったのだった。
二羽の小鳥たちの光景を見た翌日もほぼ同じ時間に帰宅した。
土曜日だし、明日は休日なので、帰宅してすぐに休んだりせず、家の周りをぶらぶらし、雪に傷んだ樹木の枝葉のようすを見て回ったりした。
庭には、松や杉、山茶花、梅、柘植、南天などの樹木から、度重なる降雪に耐えかねて折れ落ちた枝葉がいたるところに。それが黒い骸(むくろ)たちに見えた。
と、裏庭の先の田畑の向こうに二つの人影が見えた。
母親と三歳ほどの娘…と最初は思えたが、じっと眺めてみたら、父と娘の二人のようだった。
普段は母が娘の面倒を見ているのだろうが、土曜日は休日なのだろう、父親が娘の相手をしている。
娘も嬉しいのだろうが、父親のほうがもっと嬉しそうにも見える。
娘は両手を開いて待ち受ける父をはぐらかすように、(きっと気づいているはずなのに、知らん顔して)駐車場の片隅に融け残る巨大な雪塊に興味を示す。
雪の山に小さな足をかけて、雪の欠片を掻き削って、楽しんでいる。
父はそんな風にはしゃぐ娘を眩しそうに眺めている。
そんな二つの大小の影もやや長くなってきていた。冬の日の中で絵のように映って見えた。私には眩しすぎるようで、さっさと家に引っ込んでしまった。
[拙稿「月影と眺める我とそれぞれに」(2011/02/19)より]
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