昼行燈103「おしくらまんじゅう」
「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」
冬になると学校では、おしくらまんじゅうで遊ぶ。
校庭は雪がどっさり降っていて、さすがに遊べなくなっている。
いつだったか、自衛隊の人たちが来て、ブルドーザーで雪掻きしたことがあるって、近所のおばちゃんに聞いたことがある。そこまでは積もってないみたいだけど。
ああ、でも、そんな光景、見てみたい。
そうだ、校庭の端っこにある築山も、その頃に作られたとか。スキーで遊べるようにって。
父ちゃんは、築山では遊んでいない。もう、卒業していたらしい。母ちゃんも、遊んでいない。他所の町から嫁いできたから。
近所の姉ちゃんに聞いたら、あたしの卒業した後のことよ、だって。 ボクは、あの山じゃ、スキーよりグラススキーをよくやる。でも、スキーもやるけど、夏のソリが楽しいかな。ダンボールをお尻に敷いて、勢いをつけて一気に滑り降りる。学校じゃ、危ないからって禁止してるんだけど、みんなやってる。
冬は、雪合戦も大好きでやりたいけど、これも学校じゃ禁止されている。廊下じゃ縄跳びもダメだし、ベーゴマもダメ。で、やっぱり、おしくらまんじゅうってわけ。
これも、先生にはダメだって言われている。うん? ダメって言われてなくて、気をつけろよと言われてたんだっけ。小さい子がいたら危ないからって。でも、みんなボク等みたいな子だから、大目に見ているのかもしれない。
危ないより何より、息が出来ないほどに苦しかったりする。ほんの数分もやったら、体がポッポしてくるのはいいけれど。
ある日のこと、昼食のあと、ふと、やろう! ということになって、廊下にみんな集まった。ビックリしたのは、中に女の子が二人、混じっていたこと。大丈夫なのかな。
でも、本当に驚いたのは、そのうちの一人はボクの好きな女の子だったってこと。保育所の時代から、ずっと好きだった。小学校に入っても、クラスが同じと分かって、どれほど喜んだことか。
だって、クラスが一学年に十組もあるんだから、宝くじより当たるけれど、でも、離れ離れになるって覚悟していたんだ。
もち、喜んだのはボクのほうで、彼女、どう思っていたか、分からない。大人の表現を使えば、「せいそ」って感じの女の子。ボクと違って、勉強ができるし、躾もしっかりしている。
今まで何度となく、おしくらまんじゅうをやったけど、彼女は、教室で本を読んでいるか、友達とお喋りしている。廊下ではしゃぐボクたちのほうなど、見向きもしなかった。
なのに、どうして?
ボクは、喜んでいいのか、分からないでいた。あの子と堂々とくっ付き合えるけど、おしくらまんじゅうの大変さ、あの子、分かってるんだろうか。息が詰まるぞ! って言いたかった…けれど、ボクに言えるはずがない。
一体、誰が誘ったんだろうか。それとも、あの子、前からやりたかったのか。それも、昼休みのおしくらまんじゅうだ!
午前や午後の授業の合間にやるのは、それこそ、十分もないし、体が暖まったかなと感じ始めたら、チャイムで終了してしまう。
でも、昼休みのは、結構、きつい。なので、いつからか、廊下にワッカにした紐を楕円の形に置いて、そこから食み出したら負け、というルールが出来上がった。
廊下には十人ほどが集まっていた。ワッカから出たら負けという以外にルールなんて、あったのかどうか。泣いたら負けだという暗黙のルールみたいなのは、あったけど。
最初、廊下の真ん中で、みんなにらみ合うようなふうに見合っている。で、合図があるわけじゃないけど、よし! とばかりに固まりあう。段々、どちらかに押されていって、ついには板の壁に移動していく。
どういうわけか、ワッカも移動していく。きっと、食み出しそうになった奴が足で引き摺っているんだ(ボクも、そうしたことがある)。それとも、足に絡まったりしたのか。
みんな、背を向けたり、お尻を突っ込ませたり、正面から頭を押し付けてみたり。
最初は、「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」なんて、景気付けみたいに言っていたけど、すぐに、言葉なんて喉の奥に引っ込んでしまって、ただ黙々とおしくらやっていた。グーとかギューとか、むん! という言葉にならない呻きが響く。
ボクは、その時、ただただ、あの子のことが気になっていた。押し潰されたりしてないか、心配だった。ボクが体を張って守ってあげるんだ。ボクはいつも以上に踏ん張っていた。足が攣りそうなほど突っ張っていた。あの子の頬っぺが間近だった。よくは見えなかったけど、顔が真っ赤だ。目がギュっと閉じられている。
何本もの腕が交差している。その中にあの子の腕がある。冬なのに半そでのあの子。その手がボクの頬をぶった!
ぶったんじゃなくて、何かの勢いで頬に当たっただけなんだろうけど、ボクの頬はカッと熱くなった。
そう、嬉しくて。
でも、平手打ちされことより、その腕が毛深いのに驚いた。薄茶色の、そう、どこか金色の柔らかそうな、細ーい毛がびっしりと生えている。ボクの大好きなトウモロコシだ! それも茹でたての湯気が上がっている奴。
ボクは、なんだか、妙な気分になってしまった。生唾さえ、飲み込んだりした。かぶりついちゃおうか?!
それが、油断だった。ボクは、いつもなら、おしくらまんじゅうの最後の一人を争うはずが、真っ先にワッカから食み出してしまった。
負けだ!
ボクは、廊下の隅にすごすご退いていった。息をはーはーさせながら、あの子のいるおしくらを眺めていた。
ボクは負け犬になって、ずっと眺めていた。あの子は、予想に反して、最後まで残っていた。もしかしたら、他のやつ等も手加減していたのかもしれない。もう一人の女の子も、途中で脱落して、残ったのは、あの子と、やせっぽちのKの奴だ。
ボクは、今ごろになって気付いたけど、Kも、休み時間は、たいていは、本を読んで過ごしている。なのに、あいつまでおしくらを。
ああ、Kにあの子が盗られてしまっている。やせっぽちだけど、勉強のできるあいつ。あの子とクラスでトップを争っているあいつ。
まるで、今日のおしくらまんじゅうは、あいつら二人のために仕組まれたみたいだ…、ボクは、そんな情ないことを考えながら、口をあんぐり、眺めていた。みんなの前で堂々と、二人して、相撲みたいなことをやっている。ワッカの中で、はしゃぎながら、息を弾ませ、追い掛けっこしてみたり。
ボクは見ていられなかった。まるで、あのワッカは、二人を囲む光の輪のようだった。
ああ、負けた! おしくらまんじゅうでも、負けた!
もしかして、今、二人きりのおしくらまんじゅうが大好きなのも、あの日の悔しさを晴らすためなのだろうか。ね、お前。
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