昼行燈100「踏切の音」
今も印象に鮮明なのは、真っ白過ぎる空の広さ。なのに、青空だったかどうか、記憶があいまいなのはなぜだろう。
臆病な自分が、遠くへ歩いたはずがない。けれど、気が付いたら見知らぬ集落にいた。林や藪や原っぱに囲まれ、その外側には田圃や麦畑が広がっていた。自分の住む町と似ている。でも、馴染みのない地区。
正直に言おう。あの日、家を出た途端、それこそほんの十分も歩かないうちに、里心がついていた。家に戻ろうとしていた。ただ、焦って近道を選んだのが間違いだったのだ。
小道をどれほど歩いても、自分の知る家も、その頃には珍しかったコンクリート建ての二階家にも出会えなかった。
道端ですれ違う人はみんな、俯いてトボトボと歩いていた。それがボクには、まるでボクから目を背けるようにしていると感じられた。
歩いた道を逆に辿っても、目にするのは、家々を村をそっくり覆い隠すような、巨大過ぎる杉の列。竹林。
家を出たのは昼下がり。ボクが一番、嫌いな時間帯だった。持て余してしまう。時間が溢れ返っている。そんな時は、漫画の本もボクの味方にはなってくれない。
空白の時間が、怪物のようにボクを圧倒する。その巨大な口で呑みこもうとする。
家の中に居たって無事じゃいられない。だから家を抜けだしたんだ。
ボクは分かっていた。家の外はもっと空っぽだということを。もう、何度も経験してきたんだもの。
それでも、何処かへ逃げ出さなきゃという思いには勝てない。
道に迷ってしまった。日も暮れ始めてきた。夏も近かった頃で、寒さは感じなかった。心細さだけがボクを苦しめていた。何処へ向かえばいいんだろう。何を求めたらいいんだろう。ボクには何も分からない。
道に迷った時の癖なのか、それとも粗忽な自分の知恵なのか、分かれ道に出会うたび、右に折れることにしていた。右へ、右へ。目が回っても、右へ、右へ。
何処かの踏切に遭遇した。
踏切を越えたかどうかすら、覚えていない。渡るべきか否か。ボクはどうしたいいんだろう。
踏切の前で、月影をぼんやり眺めていた。星が見えたかどうか、覚えていない。そのうち、カンカンという音。遮断機が下りてきた。電車が来るのだ。
ボクはどうすべきか、一層、迷い始めた。踏切を今こそ、渡るべきなのかもしれない。警笛の音は、決断を促す合図なのかもしれない。
電車の近づく音が耳を聾した。
どうした、今が決断の時だぞ、電車の轟音はそう唸っていた。
ああ、ボクはどうしたいいんだろう。
[「踏切の音」(2014/07/07)より]
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