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2024/07/18

昼行燈100「踏切の音」

  「踏切の音

 眩しく広がる空に惹かれて歩き出していった。何処へ行くあてなどない。家の中に籠っているのが億劫になっただけかもしれない。
 外には誰かがいる。何かがある。そんな期待があったのだろうか。
 あまりに遠い昔のことで、ろくすっぽ覚えちゃいない。


 今も印象に鮮明なのは、真っ白過ぎる空の広さ。なのに、青空だったかどうか、記憶があいまいなのはなぜだろう。
 臆病な自分が、遠くへ歩いたはずがない。けれど、気が付いたら見知らぬ集落にいた。林や藪や原っぱに囲まれ、その外側には田圃や麦畑が広がっていた。自分の住む町と似ている。でも、馴染みのない地区。

 正直に言おう。あの日、家を出た途端、それこそほんの十分も歩かないうちに、里心がついていた。家に戻ろうとしていた。ただ、焦って近道を選んだのが間違いだったのだ。
 小道をどれほど歩いても、自分の知る家も、その頃には珍しかったコンクリート建ての二階家にも出会えなかった。

 道端ですれ違う人はみんな、俯いてトボトボと歩いていた。それがボクには、まるでボクから目を背けるようにしていると感じられた。
 歩いた道を逆に辿っても、目にするのは、家々を村をそっくり覆い隠すような、巨大過ぎる杉の列。竹林。
 家を出たのは昼下がり。ボクが一番、嫌いな時間帯だった。持て余してしまう。時間が溢れ返っている。そんな時は、漫画の本もボクの味方にはなってくれない。

 空白の時間が、怪物のようにボクを圧倒する。その巨大な口で呑みこもうとする。
 家の中に居たって無事じゃいられない。だから家を抜けだしたんだ。

 ボクは分かっていた。家の外はもっと空っぽだということを。もう、何度も経験してきたんだもの。
 それでも、何処かへ逃げ出さなきゃという思いには勝てない。

 道に迷ってしまった。日も暮れ始めてきた。夏も近かった頃で、寒さは感じなかった。心細さだけがボクを苦しめていた。何処へ向かえばいいんだろう。何を求めたらいいんだろう。ボクには何も分からない。
 道に迷った時の癖なのか、それとも粗忽な自分の知恵なのか、分かれ道に出会うたび、右に折れることにしていた。右へ、右へ。目が回っても、右へ、右へ。

 何処かの踏切に遭遇した。
 踏切を越えたかどうかすら、覚えていない。渡るべきか否か。ボクはどうしたいいんだろう。
 踏切の前で、月影をぼんやり眺めていた。星が見えたかどうか、覚えていない。そのうち、カンカンという音。遮断機が下りてきた。電車が来るのだ。

 ボクはどうすべきか、一層、迷い始めた。踏切を今こそ、渡るべきなのかもしれない。警笛の音は、決断を促す合図なのかもしれない。
 電車の近づく音が耳を聾した。
 どうした、今が決断の時だぞ、電車の轟音はそう唸っていた。
 ああ、ボクはどうしたいいんだろう。

 

         [「踏切の音」(2014/07/07)より]

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