昼行燈97「私はゴムに 私はコンクリートに」
さて、肝心の全身麻酔をされての体験のこと。
ゼンマをされるのは初めてじゃないのに、麻酔が効いてくる感じがまるで予想と反していた。
予想といっても、子供の頃の麻酔体験しかないから、その時の状態とは麻酔の効き方が違う! と感じていたのである。
徐々に意識が遠退いていくとか、そんな感じではなかった。
体の遠い部分から、体が泥か鉛か、とにかく肉体とは異質な何かへ完全に変質していくのである。
体が重いようであり、しかもさらに重くなっていくようであった。
ああ、もしかして肺も含めた内臓が死んでいってしまう、後戻りできない闇の世界へ落ち込んでいってしまう。
肺もゴムのように、それも弾むことを忘れた死んだ固いゴムのように変貌し、息もできなくなってしまう。
麻酔は脳にも効くのだろうか。
意識が遠退いていくような、それでいて、最後まで明晰(といっても、小生の頭脳がそんなに明晰なはずはないのだが、その時だけは醒め切っているように自分では感じられて)、肺が心臓が麻酔でどうにかなる、その前に意識が遠退いてしまうと思っていたのに、そうではなかった(ように感じられた)のである。
意識だけははっきりしている、その一方で体がドンドン真っ黒な物体に沈下していく。自分の体が何か得体の知れないモノに浸食され死の領分へと捥ぎ取られていくのを無力にも、ただ見守っているだけ。
まあ、実際のゼンマによる手術だと、「手術が終わりに近づくと徐々に、麻酔ガスの濃度を下げてい」くとかで、「この時期がもっとも不安定で、着陸が難しいように、麻酔から患者さんを無事覚ますのが大変」なのだとか。
意識より、ただ肉体のほうが凝り固まったゴムになるのを手を拱いて<眺めて>いながら、自分の体は賦活するんだろうか、このまま事故か何かの異変でこの世に戻って来れないのではと、そんな心配でオチオチ意識を失えない! そんな気分だったっけ。
「手術終了時に麻酔ガスを止め、人工呼吸を続けながら、患者さんが自分で呼吸をし、呼びかけに反応するまで待ちます。患者さんが、自分で十分呼吸でき、呼びかけに反応するようになってはじめて、口の管を抜きます」というが、これまた情けないことに、口から管を抜かれたのかどうか、まるで覚えていない。
覚えていないことばかりだ!
(拙稿「懐かしき(?)ゼンマ明けの朝」より抜粋。画像は、拙稿より。)
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