昼行燈90「藪の中を蠢くもの」
剪定なんて生意気過ぎるか。誰にも庭仕事の初歩すら教わったことがない。庭師などとんでもない。本好きなのに、関連する本は買わない。ネットで幾らでも学べるのに、覗いて調べようともしない。
無手勝流が好きなのだとか、そもそも庭仕事も…その前に植物…いや生き物する好きじゃないのかもしれない。
庭を見渡すと、目立つのはドクダミに紫露草に数知れない楓の小さな木ども。楓は無数の種を舞い散らかして、そこたらじゅうに楓の木が生えてくる。これが紅葉なら紅葉子だぞ。
気が付けば梅の木やら柿の木もニョキニョキ育ってる。松やら杉やら山茶花やら椿やら皐月に躑躅まで。いや、名前も知らない木々が密生してる。幼いうちに除去すればよかったのだろうが、変に仏心が働いたか、それとも勿体ないというケチな心理なのか、あるいは正直ただ面倒なだけだったのか、放置した結果がこれだ。
数年前だったか、庭木にやたらと病気が目立ったことがあった。茶褐色に病変した葉っぱは不気味だったし、変な虫が湧くように蠢いていた。せっせと退治してたが、病気の原因が分からなかった。自分なりに考えだしたのが、きっと過剰なまでの樹木の過密ぶりに違いないと。
風通しが悪けりゃ、木立ちだって息苦しいだろうし、逆に虫どもには居心地がいいに違いないのだ?
腰の重い俺も発奮し、剪定鋏やら高枝切鋏やらバリカンやらついにはチェーンソーだって持ち出したりして。
チェーンソーはさすがに伸び切った枝…幹ほどの太さの枝を伐採する際に出動する。いざという時の秘密兵器だ。
無論、俺自身完全武装だ。つば広の帽子に帽子の中には汗対策のタオル。そのタオルは帽子から敢えて食み出させて埃や虫や葉っぱが耳や頬に当たらないよう顔などを防護してる。口元にはマスク、目にはサングラス、首元にはマフラー。これは埃や虫が首元から侵入しないように。作業用の長袖上着は季節に関係なく着用。長ズボンに靴下に長靴に。分厚い手袋は必需。そうそう、作業前には栄養補給のためバナナを一本。水などを一口、二口。玄関先には小型の冷蔵庫が置いてあって、その中に栄養ドリンクが常備してある。熱中症なのか単なる水分不足なのか、庭や畑で倒れることしばしばなので、水分補給はすぐにも可能なように備えているのだ。これで戦闘開始ってわけである。云うまでもなく、手には剪定鋏やら高枝鋏などの武器。
柘植なのか皐月なのか躑躅なのか分からない藪の中を分け入って生け垣の裏手に回る。
山の中の一軒家なんかじゃない。家の周りが野原か空き地ならともかく周りには隣家が居並んでいる。田舎とはいえ、住宅地。我が家の庭木からの落ち葉もだが、伸びすぎた枝葉が隣家の壁などを擦ったりしかねない。というか、五月も終わりごろになると、ついこの間まで冬枯れ状態だった木々が青々とした緑一色になる。山笑う、山滴る、山粧う、山眠るなんて言葉をつい思い出す。這い蹲って藪の中を蠢く俺は、汗やら鼻水が滴る、膝が嗤ってる。
膝が嗤っても不格好な姿勢に腰が捩れても、とにかく隣家との間の樹木の剪定はマストだ。間を走る水路も一メートル近い段差を飛び降りて、せっせと水草などを底の泥共に手袋をした手で掬い上げ、庭木の根元などに積み上げる。きっといい堆肥になるだろう?
懸命に選定作業を終えて、気が付くと日が暮れている。というか、日暮れが作業終了の合図なのだ。そうでもしないと、むきになる俺は止めどなく作業してしまう。暗くなったら仕事が強制終了ってわけだ。…が、玄関の前によろよろと立って作業現場を見渡すと、代わり映えしない光景が広がってるばかり。何だか不毛だ。これだけやっても無為だなんて。
[画像は、「Amazon | 五十嵐刃物工業 鋼典 調質 花生垣 刈込鋏(大) B-25 | 刈り込みばさみ」実際の作業で使う剪定鋏は、納屋で見つけた錆びついたもの。父が使っていたものだろう。試しに使ったら切れ味が抜群。さすが父だ。]
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