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2024/06/03

昼行燈89「邂逅の瞬間」

Madobe  「邂逅の瞬間

 残業の帰り。遅くなった。といっても日付は変わっていない。景気が悪いせいか、ひ弱な街灯が疎らに浮かんで見えるだけ。町灯り…家々の窓灯りも乏しい。淋しがりや、それでいて人見知りする俺。家の窓灯りが零れているのを観ると、無性に中を覗きたくなる。

 あのカーテンの向こう側に人がいる。家族があって生活がある。どんな暮らしがあるんだろう。この広い世界に俺の知り合いと云える家が皆無だなんて信じられない。

 自分のせいなのだ。人のぬくもりが恋しいくせに、いざ人と居ると気づまりになってしまう。
 人の生活を覗きたい…のぞき見趣味なんかじゃない。ただ恋しく淋しいだけなのだ。


 暗い夜空に星が数限りなく見える。流れ星さえ稀じゃない。田舎町の特権だろう。まして森の中でもないのに街路樹の道を歩くと、時に街灯が蠟燭の焔より心細くなる。今夜は月影もない。新月なのか。昨晩はどうだったろう。夜空を仰ぐ発想などなかったか。


 こんもり茂った常緑の立ち木の中に一軒の家があった。運が良ければピアノを奏でる音が聞こえてくる。練習に熱中しているのか、時折鍵盤を手で叩くような音さえ響いてくることも。その家にはある若い女性も暮らしていることを何故か知っている。後ろ姿が家の生け垣に吸い込まれるのを見かけたことがあるのだ。それは自分が運よく早い時間帯に帰れた時でないとありえない。こんな真夜中では窓灯りだって望めないはずだ。


 なんと拭いきれない期待する心で覗き込んだら、木立ち越しに窓灯りが揺らいでいた。窓辺の影

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 カーテンが、それも遮光カーテンが掛かってるのに、俺はあの女性の姿を追い求め、ついには天蓋の星々に彼女の横顔まで思い浮べてしまった。食い入るように観た。が、何か違う。骨組みだけだ。骨ですらない。点の連なり。連なりでさえもない。星座だ。強いて言うならおとめ座か。

 俺には星座で十分なのかもしれない。陽炎のような彼女。神出鬼没。夢か幻の女。天にあることでその姿を露わにする。俺と彼女との邂逅の瞬間が今なのだ。

 

 

(トップ画像は、「フリー画像|人物写真|女性ポートレイト|シルエット|横顔|窓辺の風景|フリー素材|画像素材なら!無料・フリー写真素材のフリーフォト」より。最後の画像は、「おとめ座 - Wikipedia」より)

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