昼行燈89「邂逅の瞬間」
自分のせいなのだ。人のぬくもりが恋しいくせに、いざ人と居ると気づまりになってしまう。
人の生活を覗きたい…のぞき見趣味なんかじゃない。ただ恋しく淋しいだけなのだ。
暗い夜空に星が数限りなく見える。流れ星さえ稀じゃない。田舎町の特権だろう。まして森の中でもないのに街路樹の道を歩くと、時に街灯が蠟燭の焔より心細くなる。今夜は月影もない。新月なのか。昨晩はどうだったろう。夜空を仰ぐ発想などなかったか。
こんもり茂った常緑の立ち木の中に一軒の家があった。運が良ければピアノを奏でる音が聞こえてくる。練習に熱中しているのか、時折鍵盤を手で叩くような音さえ響いてくることも。その家にはある若い女性も暮らしていることを何故か知っている。後ろ姿が家の生け垣に吸い込まれるのを見かけたことがあるのだ。それは自分が運よく早い時間帯に帰れた時でないとありえない。こんな真夜中では窓灯りだって望めないはずだ。
なんと拭いきれない期待する心で覗き込んだら、木立ち越しに窓灯りが揺らいでいた。窓辺の影。
カーテンが、それも遮光カーテンが掛かってるのに、俺はあの女性の姿を追い求め、ついには天蓋の星々に彼女の横顔まで思い浮べてしまった。食い入るように観た。が、何か違う。骨組みだけだ。骨ですらない。点の連なり。連なりでさえもない。星座だ。強いて言うならおとめ座か。
俺には星座で十分なのかもしれない。陽炎のような彼女。神出鬼没。夢か幻の女。天にあることでその姿を露わにする。俺と彼女との邂逅の瞬間が今なのだ。
(トップ画像は、「フリー画像|人物写真|女性ポートレイト|シルエット|横顔|窓辺の風景|フリー素材|画像素材なら!無料・フリー写真素材のフリーフォト」より。最後の画像は、「おとめ座 - Wikipedia」より)
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