昼行燈86「神の目を憶する」
「神の目を憶する」
昨夜の仕事は曇天の中で。雨にはならない。下弦の朧月が見え隠れ。一時は天頂かと錯覚するほど高い空に。今さら天蓋なんて表現は野暮か。でも敢えてそう見なすのも一興だろう。天蓋孤独を気取るのも乙なもの。
不意に白っぽい煙が。煙なんがじゃない、靄…霧だ。埴谷雄高の本など読み出したから闇夜に霧と洒落てくれたのかもしれない。
ラインの霧と日本の霧とに何か違いなどあるだろうか。日本のは湿っぽくて、ラインの霧は乾いてて貴賓があるとか? 車を捨ててぶらっと川縁を歩いてみたい。ちょうど松川の桜並木が心細い街灯を一層気弱にしてくれてる。三分だ五分だ散り際だと五月蝿かった時季も過ぎて桜もちょっぴり大人の風情。
人影も疎ら。不景気で繁華街のはずなのに、車も心細気。タイヤの削れる音だけが妙に生々しい。
ふと、太く捻じれた幹の先に謎の影を感じた。痩せ気味のシルエット。こちらに近寄ってくる? なのに一向に姿が大きくならない。遠ざかっていくわけでもない。でも、歩いているのは間違いない。追いかけることも逃げることもできずに、俺は立ち竦むばかりだった。
まるで並木道のあの彫刻のように凝り固まってしまった。あれはあの人の影なのか…
気が付くと霧もとっくに晴れ上がってる。霧に紛れて仕事をサボる…なんて趣向も通じなくなったよ。
[画像は、ヴォルス『Blue Phantom』 (「 三つ子の魂を持つ画家」参照)原文は、「読書メーター日記」より]
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