昼行燈84「闇の衣」
ただ、衝動だけは今も胸に波打っている。行かなきゃいけない。何処へなんて関係ない。とにかくここじゃない何処かへ。
家の中は昔ながらの古びた白熱電球で辛うじて歩ける。きっと外のほうが明るいに違いない。ついこの間、街灯が水銀灯か液晶か何かに変わったとか町内会の奴が云っていた。
俺は庭木で埋まった狭苦しい庭を出た。街灯が真っ暗な車道を点々と照らしている。蒼白なくらいに眩い光の連なり。家々の灯りは一つもない。みんな内に閉じ籠っている。歩いてて気付くのは、明るいと感じた街灯が照らし出すのは直下だけってこと。当然なんだろうけど、その照射の枠を外れると漆黒の闇だ。光の眩さがえぐいほど、闇が深まってしまう。気が付くと、街灯の連なりはただの点の連なりになっていた。闇夜に白い綴じ糸。細い糸が微風に揺れている。
歩き慣れた道のはずだった。が、いつの間にか町はすっかり装いを変えていた。みんな塀に囲まれている。建物だってマッチ箱を積み重ねたような。コンテナーを並べたような家々。好きだった作りの家は消え去っている。屋根瓦がない! 真っ暗だから見えないだけ?
あの路地は何処だ。家と家の隙間を縫う秘密の道が好きだったんだ。ブロック塀と板塀に挟まれた謎の小道。その先には竹藪があった。あったはずだ。それとも道を間違えた? 闇雲な思いに駆られて飛び出してはみたものの、行先が分からなくなっていた。遠い約束の時が迫っている。そんな気がしてならなかった。逢わなきゃいけない人がいる。その人は、ガキの頃の俺が秘密基地にしていた場所にいる。そこで待っている。
行かなきゃならない。あまりに長く待たせ過ぎた。が、街灯の灯の連なりもとっくに途絶えていた。右も左も分からない。そこにあるのは茫漠たる闇の海。のっぺらぼうの闇。闇の衣に包まれて息が苦しくなってきた。柔らかくしなやかな衣のはずなのに、俺の体を幾重にも巻いていく。
逢いたい! 胸の中の痛切な叫びも肺腑の中で空しく無音のこだまとなっていった。
漂っていく。幽冥の海を漂っている。闇の衣から魂が絞り出されるように滲み出していた。
(トップの画像は、「白熱灯 - A Incandescent Lamp | 世の中からだんだんと姿を消していく白熱灯。今はまだ国内の中小メー… | Flickr」より。途中の画像は、「<街路灯>LEDで節電のご案内 株式会社セフティランド」より)
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