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2024/03/12

昼行燈79「カップ麺」

Th  「カップ麺

 無限だなんて今更そんなロマンチックな戯言を。奴は知恵遅れの俺を見下すように言い放った。
 俺は奴だろうが誰相手にだろうが、無限なんて言葉を口に出したことなどないはずだ。

 別にその存在を信じてるとかどうかじゃなく、その姿を思い浮かべようがないからでもない。
 神様だって御姿を脳裏に描けない。俺の脳味噌には任の重い仕事だ。

 が、ふと俺は無限と呟いたかもしれない瞬間のあったことを思い出した。四角四面の部屋の片隅で敷きっ放しの布団に寝転んだまま眠れない夜を明かしたあの日だ。

 徹夜仕事が続いていた。窓際族となった俺は責任だけは押し付けられて日々夜半まで居残り仕事していた。帰ってからも知り合いに頼まれた雑用を片付けようと懸命だった。未明の一瞬の微睡だけが居場所だった。真っ赤に燃え上がる意識。俺の日常食のカップ麺の味が胃の腑で煮え滾っている。消化を拒否してやがる。麺がフェイクだったのかもしれない。プラスチックの塊を呑み込んだのか。

 ある日、眠ったかどうか分からないまま、止めては作動する目覚まし音に叩き起こされた。日毎の手先の不毛なルーティン作業。
 時間が切羽詰まっていた。起きなきゃいけない。意味があろうとなかろうと動かなきゃいけない。

 何かに急かされるように起き上がった…体を起こそうとした、その瞬間だった。部屋の四囲の壁が回転し始めた。始めはゆっくりだったのが、やがてグルグルグルグル高速回転し出した。渦を巻く世界の中に俺は呑み込まれていった。吐き気。熱。真っ白なのか真っ赤なのか分からない世界の色。渦巻きは俺の体も心も巻き込んで世界の焦点へ何処までも何時までも回転し続けた。

 俺の体は際限のないほどに引き伸ばされていた。俺はカップ麺だ。気が遠くなる。意識が粉々になっていく。身体が粉砕されて意識の粉塵に紛れ込んでいく。

 が、ある瞬間、奇妙な安逸の感覚が俺を襲った。俺を蕩けさせてくれた。自分は麺汁の中の具、という直感があった。際限なく伸び切った麺。そう、その時だ、俺が何やら自分でも分からない言葉を吐露したのは。ムゲン! それは悲鳴なのか快哉の叫びだったのか自分でも分からない。

 もっと分からないのは、俺の喚きを奴が何故聞いていたかということだ。

                    (03/12 04:07)

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