昼行燈71「戻る場所はいつも…」
…どこを彷徨っていたのか、気が付けば茫漠たる広がりの真っただ中に居た。風…雨…自然の欠片も感じられない。空虚過ぎて光だけが遥かな時空の地平の一点から伸び広がり、私を圧倒していた。眩さが私を焼き焦がしそうで、何もない空間にたった独り放り出された私を孤独に慰撫される暇さえ与えてくれない。
帰らないと…。帰る? 何処へ? どっちへ向かって歩き出す? 私は光の方へ歩を進めた。何処でもない何処かを目指すしかないとしたら、蒼白なる光の焦点に向かうしかない。
私はあまりに遠くに来てしまった。何を求めてほっつき歩いたわけじゃない。ただ、野良犬のように餌を求めて彷徨っただけなのだ。
遠い昔、近所を歩き回っているうちに道に迷って見知らぬ町の風景に途方に暮れたことを思い出した。私は迷子になっただけなのだ。戻るべき場所はすぐそこにある。私などに異邦の世界に踏み惑える胆力があるはずがない。
とにかく、あの一点へ。直感だけが頼りだ。あっちだ!
どれほど光の中を放浪すればいいのだろうと、絶望的な気持ちが潮のように競り上がってくる。
その時だった、見慣れた光景が眼前に広がっていた。冨岩街道を越えると我が村だ。街道から数十メートルも歩くと、馴染みの観音堂が。近所の杉並木と幾つもの蔵に囲まれたた屋敷が。松や杉や山茶花や泰山木やに囲まれた我が家が。
見知った人が行き過ぎている。誰一人ボクのことを気に掛ける人はいない。いつものボクがぼんやり自宅へ帰ってきただけだった。
[拙稿「夢の数々」(2022/03/06)より抜粋]
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