昼行燈75「首を振って悪夢を振り切る」
富山なのか東京(新宿)なのか。ある場所で老婦人に声を掛けられる。私はタクシードライバー? 何処かへ連れていってと。ご婦人の言うままに走らせていくと、未開発、手付かずの、広い、見知らぬ場所へ。
そこでようやく、婦人は行く先を告げる。済生会病院。正午までに。まだ時間はあるけど、ギリギリ。最初に言ってくれれば楽勝で間に合っていたのに。文句を言っても仕方がない。おおよその方角は分かるが、茫漠とした土地には道がない。彼女を連れ、道を探す。
私には(なぜか車じゃなく)自転車がある。確かナビが付いている。
おおよその方角は分からないことはないが、勘でこっちだという方向へ導く道はない。まずは今いるこの場所から脱出しないと。
小さなナビの細長い窓に行く先の病院名を入力しようとした。慣れた動作のはずなのに、どうやっても簡単な文字が打てない。平仮名のはずが、記号ばかりが表示される。段々焦ってきた。時間ばかりが過ぎていく。
ナビを諦め、婦人を自転車に乗せようとするが、乗らない。彼女を連れ、歩ける道を往く。方角は違うが仕方ない。我々は巨大な更地から、次第にビル群の工事現場に迷いこんだ。新宿。数知れないビルの鉄筋鉄骨が林立している。
コンクリートの山々。その端っこ辺りにいるらしい。山手線なのか、線路が行く手を遮っている。
我々二人途方にくれる。いや、絶望的な気分なのは私だけで、婦人の気持ちまでは分からない。私には彼女を案内する責任があり、彼女は任せきっているだけなのたろう。
無理にも段差を越え、道なき道を行くと、人影を見つけた。作業中の労働者。親切そう。事情を告げて、この鉄骨鉄筋剥き出しのコンクリートジャングルからの脱出ルートを聞く。行く先を聞いて彼は呆れたような表情を浮かべるばかり。何も答えてくれない。見ると、背後にはもう一人作業員がいるようだ。ただ、彼はこちらは全く無視。
四方を見回しても脱出する手懸かりはない。どうする? もう時間がない。間に合わない。責任を果たせない。なのに、立ち尽くしているだけ。私は苦しかった。逃げ出したかった。全てを御破算にしたい。画面を消し去れとばかりに、顔を振った。この場を拭い去るのだ。
そうすれば、悪夢は消え去ると私は知っている?
場面は暗転し逆転し、私はロッキングチェアに体を埋めて、ホッとしている自分を見出だした。逃げ去ることに成功したのだ。ただ、任務を成し遂げることができないまま、現実世界に舞い戻ったことに挫折感を覚えてもいた。
[拙稿「首を振って悪夢を振り切る」より]
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